第16話



 「キミは“死んで”る。それはもう理解できた?」



 …え?



 理解できたか…って?



 できるわけないだろ。



 俺は気が気じゃなかった。


 ほとんどパニックだった。


 どうして傷が塞がってるかも、なんで痛みが消えているのかも、——全部。



 “普通じゃない”ことが起きてる。



 あのおっさんを見てからずっとそうだった。



 『死んでる』



 その言葉の意味が、いまいち分からなかった。


 「死ぬ」っていうのは、多分こういうことじゃない。


 わからないけど、…多分違う



 (仮に死んでるんだったら…)



 そう思う感情のそばで、どうしても拭いきれない疑問点があった。


 それは意識があるとか、想像と違うとか、理由はなんでもいい。


 とにかく、あり得ないと思ったんだ。


 目の前で起きてることがなんであれ、これは「現実」じゃない。


 現実じゃないけど、…だけど…



 「最後に言い残すことはない?」


 「…へ?」




 最後に…?



 …どういうことだ?



 俺はブンブン首を振った。


 彼女の言葉に対してじゃない。


 怖いくらいに頭が冴えざえしてる。


 胸の痛みだって、もうどこかへ。


 首を振ったのは、多分条件反射だ。


 吐き気がするほどの倦怠感が、意識の底をつくように蠢いていた。


 訳もわからない気だるさが、火で炙ったようにはためいていた。


 気持ち悪い。


 腹の底から、何かが込み上げてくる。


 汗がすっかり乾いて、カラカラに萎れた喉が水を欲してた。


 彼女の目さえ、見る気が起こらなかった。


 それどころじゃなかった。


 どうすればいいかもわからなかった。


 手も足も、…意識も、自分のものじゃないみたいだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る