第15話
…傷が、…無い…?
血は滴り落ちている。
剥き出しになった胸の辺りは、真っ赤だ。
溢れ出てくる血が、左半身の肌を覆うように流れていた。
ズボンも赤く染まってた。
大量の血が流れていることは、一目瞭然だった。
けど…
「穴」が、無い
それは「視覚」から得た情報というよりも、むしろ体の内側から得た情報だと認識すべきだった。
激しい痛みが頭の片隅には残ってた。
ほんの数秒前のことだ。
記憶が立体的な形状を保つだけの時間は、まだ、そこにはあった。
ただ、それ以上にはっきりと浮かび上がる感覚が、体の内部から押し寄せていた。
まるで津波だった。
大量の水飛沫を帯びながら、圧縮された「堆積」が、細やかな密度を運んでくる。
——熱い
皮膚の上側には、ナイフが触れた時の感触が残ってた。
鉄の硬い質感。
研ぎ澄まされた手触りが、体の深くに残っていた。
杭が胸の奥に食い込んでいるような太さだった。
抜こうにも抜けない違和感。
そして、息苦しさ。
「…なんだ…これ…」
唖然としたのは、穴が空いていたはずの胸が、綺麗に塞がっていたことだった。
目を疑った。
何度か瞬きをして、できるだけそれを近くで見ようとした。
血は止まってた。
止まってるっていうか、傷口がなくなってることで、大量に流れた血の跡が不自然にさえ見えるほどだった。
鮮明に見えたわけじゃない。
辺りは暗い。
すっかり夜が来て、外灯の灯りがほのかに周りを照らしているくらいだ。
ちょうど真上に灯りがあるおかげで、なんとか目視できるくらいだった。
傷口だって、はっきりと塞がってるかどうかは、実際に手で触れてみないことにはわからなかった。
ただ、“わかった”んだ。
なんとなくとかじゃなく、ましてや、「見た目」とかじゃなく。
それは感覚よりも、ずっと近いところにあった。
さっきよりもずっと、意識がはっきりしてる。
何もかもが鮮明に見える。
その“明瞭さ”は、自分が知っている感覚とはまた違う場所にある気がした。
ある意味不自然だった。
捉えどころのない”距離感”。
もしくは、印象。
例えば、——そうだ
パズルのピースがハマった時のような。
紐と紐が綺麗に結び合わさった時のような。
近づいてくる景色があった。
確かな重量と感触があった。
真っ平らな景色の淵に浮かび上がってくる何か。
その「何か」を、手のひらに掬う。
“届いた”のは濃艶だった。
限りなく“濃い”なにか。
はっきりとしていて、かつ、——繊細な。
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