オーパーツクロニックラヴ

長月 有樹

第1話

 このままでは太陽が憎くなってしまう。


 いくら夏が好きな人でも猛暑、酷暑が好きという人はいないと感じさせてくれる真夏の真っ昼間。特に日本一熱いという明らかな不名誉を逆に素晴らしくPRにしてる埼玉県のとある市の近くに住む、たぶん僕は、他人よりもっと夏の暑さが嫌いなんだと言って良い権利はあるのだろう。そうじゃないとやってられないと年齢が30を超えてもふて腐れてたくもなる。


 蝉の鳴き声はまるでスクリームみたいな喧しさ。それくらいしか聞こえてこないような辺り一面田んぼにひっそり、しんと存在している墓地に僕こと、山田偉国、ヤマダイコク(キラキラしてないのに変な名前!)はいる。早く帰ってアイスクリームを食べたいな。


 真夏の真っ昼間、盆休みに30代の男が墓地にいる。大喜利のお題だったらあまりにもフツーなシチュエーションなので頭を悩ますかもしれない。けれど大喜利ではなく現実に僕はいる。つまり当たり前の墓参りというものにやってきた。


 大切だった彼女に会うために。いや、それはちゃんちゃらおかしい奇麗なまやかしである事は、分かっている。けれどちゃんと忘れてないよって大切だったもう会えない彼女に伝えるために僕は、毎年来ている。


 そこに誰かがいたら罰当たり、少なくともお行儀悪いと思われただろうけれど、実家からくすねてきた煙草に火を付ける。禁煙をしていたので、軽く一吸い肺に入れただけでくらりとくる。ピースライト。ほんのり甘味を感じるフレーバーの煙草。それを線香代わりに彼女の箱にお供えをする。それが彼女と忘れたくない大切なモノの一つであるから。好きだった地元名菓の白い饅頭も二つ備える。


「陽美子……いや、もしかしたらもう違うのか?お前が言ってた事がホントならもう陽美子じゃないんだよな」


 思い出の中の彼女が言ってた言葉を信じれる程にもう若くは無い。絶対に忘れたくないと強く湿った感情を保ち続けるには、15年という年月の経過は短くなく、渇き始めている。けれどもあの日、時計の針が止まってしまった彼女に合わせるために。僕は、変わってないふりをする。それが僕が考えられる懺悔だから。


「俺もあいつも変わらずに元気だし、なんなら赤ちゃんが生まれたよ!コレがマジのマジでめちゃんこ可愛いんよ。」


 煙草の煙にやられたのか、目がむずむずするのを僕は我慢しながら近況報告をする。


「まだ喋れないし、歩けもしないけどさぁ。なんつーかさぁ。はいはいで色んなとこをうろちょろして危なっかしいんだけど。そのわんぱく感も可愛いのよ。お前にもちょっと似てんのよ、そーゆーとこ」

 若干口が臭くなるのも自分でわかってしまう位に喉が渇いているが、それでも僕は彼女に話しかける。まだ繋がっていることを確かめる。


 数十分程、話しかけてネタも尽きて。喉の渇きが限界を迎えた。締めへと向かう。


「そろそろ帰るよ。俺達は元気だから陽美子も……じゃないのか?まぁとりあえず誰なのかは分からんし、ややこいから……陽美子も元気でな……また会えるといいな」

 無理であるとは分かりきってるけれども信じたふりをして再開の約束をする。じゃあ行くわと言って横付けで路上駐車していたホンダのシビックに戻る。短い時間であったけれどもティーシャツが貼りつく位に汗をかいているので、ソファにもたれ掛かるのは止めて、僕はアクセルペダルを踏んで、その場を去る。


 雲では隠しきれないくらいの晴天。太陽は憎いと思う僕をガン無視して、ガンガン暑さと湿気をもたらしている。



 墓地からたんぼ道を数分車で走ったら市街地に出る。東京へのアクセスだけが売りの特徴が無く、人口が多いだけの県。その中でも一際特徴の無い田舎のベッドタウン。それが僕が生まれ育った街。不便は無いけれども、これといって何も無い街を車で走って、またこれといって何ともない一軒家の前で車を止める。実家だ。


 ガチャリと鍵を開け、帰ったわぁと言いながら靴を脱ぎ、どたどたと風呂場に直行する。

「あら、早かったじゃなーい?ヒミコちゃんにちゃんと挨拶したのー?」とリビングからの母の声を無視して、汗でぐずぐずになって体に貼りついてるティーシャツを脱ぎ、下を脱ぐ。とにかくシャワーを浴びたいという目先の欲望に支配される。パンツと靴下も脱いで洗濯カゴにぶち込んで、風呂場へ向かう。お湯が口に入るのを気にせず、Base Ball Bearを口ずさみながら程良い熱さのシャワーで汗を流す。青!青!アイウォン!アイウォント!


 風呂場から出て、思えば着替えを持ってきてない事に気づいて、素っ裸で二階に上がって親父のタンスから着替えを拝借する。地元県で一番有名なアニメの白い犬がプリントされてる激ダサティーシャツとチノパンに着替える。


 キッチンに向かい冷蔵庫から三ツ矢サイダーとHaagen-Dazsを立ちながら食べる。季節限定のチョコレートミントのフレーバーは、ミントのシャキッと感と甘ったるさもどっちもあって、とても美味しい。


 食べ終わるとコンロの上にある換気扇のスイッチを入れて、くすねていた親父の煙草に火を付ける。


 それに気づいたリビングのソファーにもたれてテレビを観ていた母親(僕の変な名前の名付け主!)が注意をする。

「ちょっとあんた、小っちゃい子生まれたのにまだタバコなんか吸ってるの!」

「家じゃ吸ってないし。これ親父の」と子供みたいに返す僕に。

「ホントにあんたって子は……イヨちゃんに怒られちゃうよ、そんなんじゃ………」とくどくど長ったらしい説教を始めたのであーだやうーだと生返事をしながら、換気扇に吸い込まれるように煙を吐く。


 そんな母親と小競り合いをしているとテレビの情報バラエティ番組から聞き慣れた街の名前が聞こえてくる。


「大ニュースです。今年、国指定文化財に指定された○○市の縄文時代の遺跡で前代未聞の大発見が確認されました」とアナウンサーが感情籠もった声で伝える。


「あれ、コレ!イヨちゃんが言ってたヤツじゃない!?イコク?」と母親が少しテレビにつられて興奮気味に聞いてくる。


「あー……なんか市の遺跡が、国に認められたって聞いたなぁ」と市役所勤めの彼女が話してた事を思い出す。


 それだけじゃないけれどもと内心で呟きながらキッチンから煙草を吸いつつテレビに視線を向ける。


 テレビからは遺跡の説明がされる。今年、市の縄文時代の遺跡が国指定文化財に登録されること。その遺跡が関東最大級の広さの遺跡で珍しい事。水場が近いこともありタイムカプセルみたいに当時の時代の生物の化石や生活が分かるモノがたくさん残されている事。ここまでは自分も聞いてた事だ。かなりスゴいらしいとながらで観ていら。


 時が止まった。


 アナウンサーの感情のチューニングが高くなる。


「何と今回新発見が確認されました!!!この時代には考えられない、けど専門家が調査したらこの時代にあったとしか言えないモノが───」


 テレビに映し出されたモノは見覚えがあった。


 いや忘れるわけがない、忘れられない。僕たちの大切なモノ。


「まさにオーパーツがこの○○市の遺跡で見つかりました!!!!」


 テレビに映ったモノは。

 

 黒い金属製のボロボロの箱とボロボロの紙。


 縄文時代には考えられないオーパーツと興奮気味アナウンサーが伝える。歴史に残る大発見と。


「あら、なになに〜〜イヨちゃんが言ってたあの遺跡、なんかすごいみたいね!イコク!!」


 と母の言葉が聞こえなくくらい心臓が高鳴る。鼓動がドクドク喧しい。目はテレビに釘付けになる。


 テレビに映し出されたボロボロの紙は保存状態が良いのか字が見えた。

 僕らにも分かる現代の文字。


 それを見たとと同時にカバンをつかんで玄関へ走り出す。靴を急いで扉を開ける。


「あら!なにあんたどこ行くの?」

「ウチに帰る!!!」と叫んで、驚く母親を、無視して扉を開ける。

「え?なになに?もう帰るの?何よ慌てて〜」と遠のく母の言葉にリアクションはできずに、車のドアを開けて、エンジンを起動させて促発進させる。


 ドクドクとまだ心臓の高鳴りは収まらない。落ち着け落ち着けと運転に集中しようとする。


 けれども先ほどのテレビに映し出されたボロボロの紙に書かれた文章が脳を埋め尽くす。


「マジでまじなんかよ」と独り言。


 自然とハンドルを握る力が強くなる。


「お前の言ってた事、マジなんかい。陽美子」


 先ほどのテレビに書かれた文章は知っている。


 ずっとずっとずっと一緒にいたい。死んでもまた会いたいくらいイコクが好き。だから死にたくない。


 あれは、陽美子の手紙だ。陽美子が僕に書いたラブレターだった。


 そして、閃光みたいな速さと眩しさであの頃の記憶が駆け回り始めた。

──────────────────


 地球温暖化って言葉がニュースで入り始めた頃、まだ日本一の暑い市なんて馬鹿げて戯けたプロモーションをしていない頃、15年前に僕と陽美子は出会った。中学3年生の夏休み前という微妙なタイミングで陽美子は引っ越してきた。


 僕は普通な少年だった。勉強がそこそこ出来て、数学が少し得意で。運動は割かし出来なくて、体育の授業のマラソンが苦痛で。


 けれども名前が変で薄ら浮いていた。当時は、偉国という名前をつけた母親が難かった。後に、母に自分の名前の由来を聞いたが、苗字が山田だからパンチの効いた名前を息子につけたかったとの事。なら山田家に嫁ぐなと思ったし。母だけで無く父にまで憎しみの想いが、当時伸びていた。


陽美子はヤバかった。転校初日の自己紹介という初っ端から片鱗どころか丸ごとヤバいと分かった。


「静岡から転校してきました大和陽美子です」

 丸い眼鏡に長い黒髪、前の学校の制服を着ていた彼女は、感情が読み取れない無表情で言葉を続ける。


「ただの人間には興味ありません。何故なら私はマリーアントワネットであり、紫式部であり、ナイチンゲールでもあり福田留子でもありました。なので私はただの人間には興味はございません。


 しんっ……と瞬間でクラス全体の空気が凍る。たぶんその場にいた全員、何が何だか全然分かりませんと心の中で繋がれていたと思った。吹雪、フブキが吹き荒れる氷の世界だった。静岡からの転校生は激ヤバであると。


 そうであろう中、僕は福田留子って誰だろうとぼんやり頬杖をつきながら大和陽美子を眺めていた。


 大和陽美子は変なヤツだった。やっぱり僕もすこーし変なヤツであったんだろう、名前以外も。今なら冷静に受け止められる。


 だって僕はこの時から彼女に惹かれていた。

 

 僕の心の中には、吹雪じゃなくて奇麗なクリスタルが散りばめられていた。


 ガタッと勢い良く僕は立ち上がった。クラスの視線が僕に切り替わる。陽美子も僕の方を眺める。


 普段集まらない視線に一瞬怯んだが、僕の感情の蛇口は洪水状態だった。もう自分で自分を抑えきれなかった。


「山田偉国です。好きな食べ物は焼きそば。好きな服はユニクロ、好きな音楽はORANGE RANGE。好きな言葉は普通の普通の15歳です、大和陽美子さん!!」


 陽美子と視線が重なる。相も変わらずレイアヤナミばりの無表情。


 スウッと空気清浄機のようにクラス全体の濁った空気を吸い取るみたいに深く息を吸う。吐き出す。気合いを入れる。


「あんたはヤバい!!!!!!!」腹に力を込めて、言葉をぶつける。丹田。

「……………………」陽美子は無言と無表情を継続している。

「あんたはつまんなそうな顔して、何を言い出すんだと思ったら自分がマリーアントワネットだの紫式部だのいう宣い始めて、マジヤバい。激ヤバ。つか福田留子って誰?」


クラスの視線は何も感じられない位にバグっていた。もう君しか瞳に入ってこなくなっていた。つか入れたくない。

「けど今の僕の感情も負けてないくらいにヤバい。マジでヤバい。激ヤバ。もう止まらん。君が気になる。気になりすぎる。君を知りたい。君のことをもっと知りたい。もっと教えて欲しい。教えてくれ、教えろ!!!!!!!!!」

「……………………………」陽美子の瞳は変わらず凍てついたままだった。


それに反比例するように僕の熱は上がっていった。


「だから僕と!!!!!!!!!!!!」

 急に新たな感情が来た。…………あれ言うのマジ怖い。

「………………………僕と友達になってよ」

 

 恐らく南極よりも氷の世界になってしまった教室の沈黙にさっきまでの勢いが嘘みたいにかき消されてしまった。やっちまったと僕は後悔みたいな感情に急に襲われる。


 沈黙を破ったのは陽美子だった。

「ヤマダイコク君だっけ?名前?」

「うっ……うん、そうだけど」と何とか返す。


 ニヤリと悪い笑みを浮かべて陽美子は答える。


「…………………………………合格」


 コレが僕と陽美子の短いけれど長い物語の始まりだった。


 そこから僕の心のヤバいヤツである大和陽美子への想いは、心のクリスタルキング期→めちゃくちゃすきやっちゅうねん期→好き好き大好き超愛してる期をフルスロットルでシフトしていった。許してくれ、僕もガキで運命ってヤツにやられてみたい年頃だったんだ。


 僕と陽美子はすぐに仲良くなった。それは運命という言葉じゃなくて、シンプルに学校という小さい社会で生き抜いていくためには、繋がらないと厳しいからだ。人は一人では生きていけるかもしれないけれど、一人では無い方が生存確率が高まる。


 僕らは運命共同体というにはまだ色んなところが足りなくて。ビジネスパーソンというには機能的ではなくて。互助会みたいな?足りなすぎる二人が足りなすぎる人専用穴みたいなものに?すっぽりはまったから二人でいる。そんな関係なんだ。どんな関係なんだとも思う。



「イコ君。私何歳だと思ってる?」

「……………………は?」


 夏休み。陽美子の家。二階の彼女の部屋で僕らはアイスキャンデーを食べていた。ベッドに座りながら彼女は謎の質問をしてきた。


「いや………同い年だろ」

「そうなんだけどー……」しゃくりとソーダ味のアイスキャンデーをかじりながら、彼女は言葉を続ける。

「そうでもないの」


 よし無視しようと思ったらキーンと頭が痛くなる。こんなに彼女の意味分からない言葉は自分にダイレクトに脳を痛めるのか!?では当然なく、アイスキャンデーの冷たさによる痛みだった。いや、別の意味でもイタいんだけれどもと。


 陽美子の部屋にはエアコンがついておらず、酷使してるが扇風機ガオオオッと悲鳴みたいにぶんまわっている。


「だって私はマリーであり、式部であり、福田の富子だったんよ」

「…………ソッスカ」

「その他諸々の人生も加えてうんびゃく?ウンゼン?歳だよん」陽美子はピースをしていた。

「だよんて…………」僕はピースダセぇなと思ってた。

 陽美子は痛い。けれどももう慣れたもんな痛さだった。

 どうやら彼女曰く、彼女はマリーであり、式部であり、福田の富子であった。


 彼女は、色んな時代の色んなところの色んな人間の人生を繰り返してるとの事。


「だって私ギロチン超痛えじゃん。全然一瞬じゃないじゃんとかって、思って死んでったら、今度生まれた先がめちゃんこヒコーキで爆弾落とされてるんだよ。ハード過ぎない?私の人生?」

「激ヤバ」(お前がな)と内心で手慣れたツッコミをする。

「でしょ!激ヤバで私。激ヤバ」ととてつもないスプリングのパワァがあるベッドでぽいーんぽいーんと激ヤバ!激ヤバ!と笑いながら飛び跳ねてた。マリオやネットでみた狩猟民族みたいなギャル二人やどっかの宗教団体の教祖よりもぽいんぽいんと飛び跳ねてた。


 無邪気で激ヤバ激ヤバ言いながら飛び跳ねてる陽美子を見て、激ヤバなのはおめえの頭ん中だよってツッコミたいところだった。


 しかし出会った頃のレイアヤナミばりの作り物の氷の仮面は見事に溶けて、夏の暑さにやられたのもあったのか寧ろ真逆のケラケラ笑いながら飛び跳ねている彼女が。


 とても可愛いとドキドキしたし、パンツも見えてしまって、バクバクにハートビートの音色が変わっていった。

 そんな瞬間湯沸かし器が如く茹で蛸状態に頬を染めた僕を見て「イコ君。パンツ見えただけで顔真っ赤になるとか、童貞ソーヤングすぎる〜〜」とツボに入ったのか爆笑された。


「どどどどど怒怒怒怒怒怒怒怒、どどどどど童貞ちゃうわ!!!!!!」我ながら童貞お決まり返しをする事しかでぎず、くぅ〜〜〜〜クソダセえええええええと心で慟哭した。


「でもね!!!!!!!!」とベッドのスプリングだけではとうてい実現できないような高さを陽美子は飛び跳ねた…………と思ったら彼女は自分の真上に来た。まーたパンツ見えてんじゃんと一瞬思ったらすぐに僕の方へと落下する。


ベッドで崩れ落ちる。僕を覆いかぶせるように。陽美子は見下ろしながら微笑んでいる。ぺたりと長い髪が顔に貼りついてる姿に同い年とは思えない艶めかしさのような雰囲気を醸し出していた。


「………………………でもね、イコ君」

 降りてる彼女の長い髪が僕の顔を撫でて、こそばゆい。

「なっ……ナンダヨ」見下ろし、微笑み、囁きかける彼女にどぎまぎが押さえられず顔を横に向け、僕は返す。どぎまぎドギーマン山田だった僕は。


「私、今がね。今が一番楽しいんだよ。今がね今までの人生で一番なんだよ。イコ君といるこの今がね。一番好きなんだ」

「………………………おめぇの人生、さぞかしつまんなかったんだな」と童貞ソーヤングによる悪態をつく

「生意気」と彼女は呟き。顔がゆっくり僕に近づいてく。


 この時の僕は。ちょっ!!!!!!!待てよ。待ってくれ。え?え?この後、てか3秒後、僕って男は!?……………いったいどうなっちゃうんでしょうかーーーーーーーーーー?????(トムブラウン布川風味)と見事にバグっていた。合体????(トムブラウンみちお風味)。


「……………何やってるの?あんたら」


 バッと僕と陽美子は示し合わせずとも飛び跳ねて二人の距離を取る。そして声の聞こえるドアの方へと視線を向ける。


「イイイイイイイイイイイイイイーーーーーーー。イヨちゃん」とシンクロ率バリバリのハモリをぶっかます。


「…………………………あんたら何やってるの?」とSNSで他姓をクソみたいな口でクソみたいな脳でクソみたいな理屈でクソみたいな文章で批判してるヤツを見たときくらいに冷たい視線で、一葉は僕と陽美子に質問をする。


「い………いや、何ってベッドでぽいーんぽいーん」陽美子は焦っており、現在バグっていた。

「ぽいーんとね」一葉は冷静だった。

「………………………合体?」僕は陽美子の数倍バグっていたし。真っ白になっていた。


 一葉が投げたスポーツバッグと陽美子の拳が僕の顔面に当たる。漫画的に僕の顔面にめり込んだが、漫画的な表現のため、かなり痛いだけだった。


「サイテー」と今度は姉妹がハモった。


 大和姉妹宅を背景に右上の青空あたりに丸い小窓に僕がいて、アイスクリームのダブルみたいなコブを作って、トホホと漫画表現でひとまずこのエピソードは終わる。



 けれど僕と陽美子、時々一葉の夏休みはまだまだ終わらなかった。過去も恐らく未来でもあれより一番長く幸せな時間は無いと少し前ならば断言できた。それくらい幸せな時間だった。


 陽美子はとてもよく食べた。一緒にハンバーガーチェーンに入ると5種類のバーガーにポテトLとナゲットまでもつけていた。(僕はてりやきセットのみ)


「いや、わたくし、マリー時代にパンがないならお菓子を食べればいーじゃない的な発言をしてると思われるほど飢饉に悩む時代を過去生きておりまして……」


「俺、歴史あんま知らねえけど、わたくし様は贅沢放題だったんじゃねーの?えれえ、なぁマリーさんよぉ……」とツッコむ気力も無く、目の前の彼女をマリーとして受け止めて言葉を返す。ぐむむとフィレオフィッシュをマリーこと陽美子は頬張る。


「そうじゃなくて、とーもかく大変だったの!!それに富子時代もね!私ねちょー大変だったんだから!!!私ね戦争で死んだんじゃないよ!!!お腹がね!!!何も食べれなくて!!!死んだの!!!あれ、ちょーしんどいから。髪の毛抜けるし」


「富ちゃん時代はマジで可哀想だな」と僕は少し涙ぐむ。まさか福田富子がそんな可哀想な背景だったとは。


「だからね!私はね太く短く!!……….じゃなくてね、可能な限り長〜く生きる!て決めたの!こちとらマリーや富子の人生を背負ってんの!だからね、食べたい時には食べるてき・め・て・る・の!」とふんすと握り拳で陽美子は持論を説く。


その後、紫式部時代は性欲がヤバかったというエピソードを、聞いてムラッときた。なので帰り道の夜の公園で初めてのキスをした。とても唇が油で艶やかで、かつマクドナルドの味がした。スマイルは糫ゼロ円だった。




 夏休みの終わりが迫り、僕と陽美子は彼女の部屋で山積みに残ってた宿題をしていた。一葉はベッドで寝ころびながらDSをしていた。ラブプラスをやっていた。


 余りに膨大なストレスが突然やってきて、痺れを切らしたのか!タイムカプセルをやろうと陽美子が提案してきた。

 僕も現実逃避をしたく「タイムカプセルを丁度埋めたい気分なんだ」と言った。「え、ちょ、私は凜子とイチャつきたい」と嫌がる一葉にも「うるせえ、やるぞ」と強制的に巻き込む。


 埋める場所は、地元の古墳だ、歴史あるものだとうっすら言われてはいるけど。見た目はトトロに出てくるただの林みたいな所にしようと陽美子が提案する。


 深夜3時をすぎた頃。僕ら三人は、地元の人間ですら知らない古墳と言う名の林に忍び込む。紐上のバリケードをくぐり抜け容易に侵入できた。僕らは無意識に犯罪をしていた。


 ザクリザクリとシャベルで穴を掘り、持ってきたクッキー缶に手紙を入れる。しかし、手紙を書いたのは陽美子だけだった。何で?陽美子だけ?と聞くと彼女は人差し指を口元に近づけ、「秘密」と微笑むだけだった。


 僕と一葉の二人で穴を掘り、陽美子がその秘密の手紙が入っているクッキー缶を埋める。


「この時間が止まれば良いのにな」

 空一面に輝く星空を見上げて、呟く陽美子は神々しく、美しく。そして寂しそうだった。


「まだずっといたいな。ずっと………ずっと永遠みたいに君といたいな」


 陽美子と僕の長い夏休みは終わった。そしてそれは続かなかった。


 次の日の登校日の朝。陽美子は死んだ。通り魔に包丁で刺されて。この埼玉の田舎では聞いた事ない大事件だった。


 残された僕と一葉は、嘘みたいに陽美子があっさりといなくなってしまった事実を受け止めることがでぎず、呆然として、時が経ち号泣した。そして更に時が経ち、僕らは手を取り合った。


───────────────────


 回想が終わる。現代に戻る。テレビに書いてあったボロボロの手紙にはあの時の陽美子の想いが書かれていた。


<ずっとこのまま永遠にイコ君とイヨと入れますように>

 そして僕らにしか意味が分からない言葉が続いてた。


<続きはぽいーんな場所の引き出しの上にある>


 僕は同じ街にある県営住宅の自宅に帰ってきた。はやる気持で家の鍵を開けて、息を切らせながら「ただいま」と雪崩れ込むように入る。


「おかえりなさい」と僕が帰ってくる事が分かっていたかのにように玄関で彼女は立っていた。


 一葉とそして抱えてるのは、僕と一葉の子供、赤ちゃんの女の子。だうーと無垢な笑顔で抱えてる一葉に手を伸ばそうとしてる。


 赤ちゃんとは裏腹に一葉の顔は真っ青で、そして微かに震えていた。


「イヨちゃん!!!テレビのアレって、陽美ッ……」と叫ぶ僕を遮り、薄汚れた封筒を眼前に持ってくる。封筒には一葉へとイコ君へと並べて書かれている。僕もドクドクと身体全身で震え始める。

「何コレ?」

「待って!私も分からないの!本当に分からないの!けどあったの!!!お姉ちゃんの形見のベッドの引き出しの上に!この二枚が貼られてたの」

 と一葉が崩れ落ちそうになる。僕は急いで支える!!!赤ん坊が大声で泣く。一葉をそっと座らせて、僕は赤ん坊を肩で抱き変える。頭が混乱しながらも震える手で封筒を強引に開ける。


 何が起きている?薄らと自分の中では信じられない答えが出そうになっている。手紙を読む。


《イコ君とイヨ。本当はずっとずっと二人といたいのですが、私は明日死んじゃいます。未来の私じゃない私がこの事件を知ってたからです》


《そして私はめーーーっちゃ狩猟とかウホつきながらしてる夢を最近観るので、たぶん次の時代はすっごい古い時代です》


《私は考えました今日埋めるタイムカプセルも一緒に次の時代に来て貰おうかなと。強引ですが私はすんごいので出来ます。そして私はメッセージを残します》


「私はヒミコとしてまた夏に戻ってくるよ」

と抱きかかえている生後数か月の自分の娘が流暢に喋りだす。


 僕と一葉の娘、日美子が。あの時の陽美子と同じ微笑みで。


「ただいま。ずっとずっと一緒だよ。イコ君」

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オーパーツクロニックラヴ 長月 有樹 @fukulama

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