47.

「いや、生きているかどうかはどうでもいい。今はクロムと名乗っているのか?ふざけた偽名を使いやがって。」

「…お前の事など知らんのだが。」

「変わらん、変わらんなァ!そのぶっきらぼうな口の利き方!どうでもいいものを見る目!関心のない素振り!グラム!ふざけるのもそこまでにしろ!」


 目の前の男は怒り狂いながらクロムを糾弾する。しかしクロムからすれば、目の前の男が気になって仕方がなかった。


(この男は、俺のことを知っている!)


「…グラム…が俺の名前なのか?」

「き、貴様っ!馬鹿にしてっ!」

「お前には聞きたいことができた。」

「俺は無い!」


 男は剣を抜くと中段に構える。一拍遅れて他の者たちも剣を抜いた。クロムも剣と呟いて中段に構える。シャデアで誂えた剣だ。手によく馴染む柄を強く握った。

 男がクロムに剣を突き付ける。

 それを合図に、追手のうち二人が物凄い速度でクロムを追い抜き、翻ってクロムに向かってくる。それと同時に残る二人がクロムに躍りかかった。

 銀髪の男は動く気は無いようだった。


(…こっちからだな。)


 クロムは右後方の男に距離を詰めて〈無明〉を放った。距離感を崩された右後ろの男は攻撃に移ろうとした体勢のまま、呆気にとられた顔で首を飛ばされた。


「おおおおおおお!」


 背後から来ていた男が気合と共に真っ直ぐに突きを放つが、〈滝壺〉で流され返しの一撃が首を深く裂いた。残る二人が向かってくるが、洗練された探索者や騎士たちの動きに比べればもはや動きは闇雲に見えた。


(息が合ってないな。)


 〈突進〉か何かで高速で向かってきた男には〈地崩し〉で踏み込んだ足を砕いて転倒させて、〈紫電〉で後から来たもう一人の左胸を貫いた。倒れた男が何とか片足で立ち上がろうとしていたが、〈落雷〉で頭を潰して命を絶った。町で〈火〉の魔術を使ったのはこの男だと、漏れた声で気付いた。


「まったく動揺しないのかよ。先達も戦友も殺して。ここでお前の元部下を殺し。それでいて眉一つ動かさない。

 だが反則じゃないか。こいつらは力任せの戦いをするお前を倒すために連れてきたのに、いつの間にそんな軟弱な戦い方をするようになった?

 グラム、お前はもっと無関心に傲慢に、愚直で圧倒的で純粋な力でねじ伏せる戦いだっただろうが!?」


 男はつまらなそうに、憎悪を隠さず、苛立たし気にクロムに問いかけた。男が何を言っているかはわからないまでも、クロムはこの男が、過去の自分を知っていると直感した。


「こいつらのことなど俺は知らん。グラムというやつも知らん。そしてお前は誰だ?」


 その言葉に男はわなわなと震えて剣を握る左手に力を込めていた。


「俺のことも教えてくれ。」

「馬鹿にして馬鹿にして馬鹿にして!クソ、裏切者如きが!許さねえ!死ねっ!」


 男が右手を動かすのを見て、言葉と同時に後ろへと飛ぶ。鎖のついた錐がクロムのいた場所を通り過ぎた。錘は相当に重いのか、地面にぶつかった時激しい砂埃を上げた。


(いつの間に…)


「チッ。」


 着地と同時に〈浜風〉で土石を巻き上げる。それと同時に更に距離を取る。


「しゃらくせえ!」


 男が土石に構わず真っ直ぐクロムへと向かってくる。左手で錘を振り回しながらクロムを追う。更に距離を取るように、その場を離脱した。


(なんだあの武器は。やりづらいな。)


 〈礫〉の要領で剣を投げてみたが、錘の鎖に弾かれて届かない。


「弓!矢!」


 素早く一本番えて放ったが、それも回転する錘の鎖に弾かれた。

 二本、三本と放つが同様の結果に終わった。その間も少しずつ距離を詰められ、再びクロムは更に後退した。


「逃げるなァ!」


 盾を念じて取り出したのは小盾だが、あの錘を弾くには十分な大きさだ。盾で左側からの攻撃を防げるようにしながら男目掛けて突進する。

 クロム目掛けて勢いのついた錘がクロム目掛けて飛ばされた。攻撃は振られた盾に弾かれたが、盾に無数の亀裂を入れた。


(っ…迷宮品か!)


 盾を捨てながら距離を詰めたクロムに男が剣を振った。〈白波〉で軌道を逸らし、しかし勢いのまま男の脇を走り去る。錘を引き寄せる動作をしていたため、攻撃すれば相討ちになると判断した。

 去り際に〈礫〉―――剣を投げつけ、男はそれを剣で叩き落とした。その間にクロムと男は十歩ほどの距離ができた。


「ンだ、テメエ…!」


 男は怒りに身を任せているように見えるが、その実冷静に攻撃を繰り出している。

 感情と技を切り離しているのか、それとも感情が技の冴えに出しているのか、はたまたあの怒りは演技か、クロムにはわからない。しかし近距離、中距離と対応する戦い方はクロムにとって難しい相手には変わりなかった。


「強いな。」

「ああああ!うるせえ!なんなんだテメエ、いつも上から言いやがって!」

「上から?いつもそうだったのか?教えてくれ。」


 男が歩を止め、怪訝そうにクロムを睨んだ。先ほどの怒りはまさに演技だったらしい。しかし直後、男は怒りを思い出したかのように叫んだ。


「クッソやっぱテメエふざけやがる!あの時もそうだった!」


 クロムにとって目の前で怒り狂う男は情報の塊だ。出来るだけクロムの過去を教えてもらいたいが、男はクロムを殺す気で戦っている。命を懸けている以上、生かして捕らえるのは困難だろう。


(…殺さないための技なんか知らないんだが。手足を折ればいいのか?)


 男が錘を飛ばす。それをクロムは剣で弾いたが、弾くと同時に剣は盾と同じ様に罅割れて砕けた。


「…〈夜叉の太刀〉。」


 〈夜叉の太刀〉には損壊しにくくなる〈頑丈〉という特性がある。これなら受け止められるかもしれないとクロムは考えた。

 次の攻撃に備えて構えると、クロムの手にある武器を見た男は呆けたような、信じられないような者を見たかのような目を見開いていた。


「……な、なんで…?」

「?」

「いや、馬鹿な。なんでテメエが。森林神よ、何故…?何故奴に…?」


 今度は演技臭くない、本心で困惑しているのか、男はゆっくりと三歩後退り、勢いよっく回転していた錘が勢いを失い力なくだらりと垂れた。わなわなと震える剣先をクロムへと向けた。


「…お前ばかりずるい。ずるい、ずるい!オイ、なんでそれを使える!?なんでオマエがそれを持っている!」


 クロムは何のことかわからず問おうとしたが、男は手をかざして問いかけを止めさせた。


「なんにせよテメエを殺さにゃならねえ。折角死に物狂いで強くなって、お前らよりも強くなって、森林神の使徒になれたってのによォォオ!

 聞けばオマエの代わりだ?それでテメエがそれを持ってるってことか?

 ああ、ふざけやがって。ふざけやがって!あの野郎!

 やっぱり俺はテメエの……っ!」


 男が乱暴に剣を捨てた。錘を振り、今度は鎖を両手で操り始めた。ごうごうと音を立てながら錘が回り、次の瞬間からクロムを襲い始めた。

 軌道が急に変わった錘を、とっさに〈夜叉の太刀〉で防ぐ。錘に当たった〈夜叉の太刀〉は〈頑丈〉の効果なのか、盾のように罅割れずに攻撃を弾いた。錘はすぐに男の手元に引き戻され、再び次の攻撃準備に移っていた。


(やっぱりあれは軌道が読めない。だが、この武器なら防げる。)


 クロムが逃げても近付いても錘がクロムを襲った。クロムは何とか攻撃を受けずにいたが、同時に攻めることもできなかった。錘は複雑に動き、不自然な軌道を取ってクロムを襲った。男の内心が荒れているのか、それとも演技なのかはわからないが、兎角攻撃は激しい。


「クッソ…なんで当たらねえんだよ!」


 弾き、避けて、防ぐ。その度に数歩ずつ着実に距離は詰めているが、男はそれに合わせるように数歩下がるため結局ほとんど距離が変わらない。


(……〈鋼鉄〉の丈夫さを信じて突っ込むか?)

(やろう。やるしかない。)


 クロムは動きが大きいため少しずつ着実に体力を奪われている。だというのに男はほとんど動いていないから体力に差が開いている。しかし盾が砕けたり地面にぶつかるたびに激しい砂埃を上げる攻撃を見ていると、耐えられるかは怪しい。

 再び弾いたとき、クロムは男へと急接近する。


「〈鋼鉄〉」


 小さく呟き、背中を守るように発動した。案の定男は鎖を引き、クロムは右に跳びながら回避し、更に前へと駆ける。万一当たった時にと思っていたが、今回は当たらなかった。

 銀髪の男は器用にも後ろを見ずに滑るように下がっていく。クロムはそれを追うように接近するが、追いつくことはできない。

 またも攻撃を弾いている間に距離を取られた。距離は詰められないまま、集中力と体力が削られる。この事実がクロムを思いのほか苛立たせた。


(…いや、こうなってはいかん、落ち着け。)


 数歩後ろへと下がって距離を取る。錘はクロムを追ってこず、男の手元へと戻っていた。


 ――――――わかったな?じゃあ逃げるぞ。今の装備じゃあ相手にできん。


 ふと昔を思い出した。ウルクスと山奥へと入った時に、猪の様な魔獣を見てすぐに逃げるよう言ったときのことだ。


(ああ、成程。これが、逃げなきゃいけないとわかる時、か。)


 男とクロムの実力はそう大きく離れていないだろう。しかしクロムが攻めきれないのは、武器の攻撃範囲に加えてその巧みさだろう。一目して今のクロムでは勝つのは非常に困難に思えた。

 そう考えている間にも、男が数歩分を詰めて攻撃を飛ばす。クロムはそれを躱しながら後退した。


(…うん?なんであいつは近づいた?鎖にはもう少し長さがあるのに。)


 更に数歩後退して、身を翻して走った。〈夜叉の太刀〉を〈武器庫〉へと仕舞い、クロムと男の移動速度はそれほど変わらない。


「オイ、逃げるな!臆したかァ!」


 罵声が聞こえたが、男が追ってくると確信があった。理由はさておきあれほどクロム―――彼が言うにはグラム―――に執着するような様子を見せる男が、何の準備もしていないクロムよりも有利な状況を、むざむざ放棄するとは思えなかった。


(扱える範囲に限りがある?)


 そんな罵声を背に、クロムは全力で走った。男は背後で殺気を散らしているから、追ってきていると見ずともわかった。

 クロムが逃げ込んだのは傍の林だ。視界が悪くなるが、木々が障害物となって真っ直ぐに錘を飛ばすことができない。ただし、クロムも木々に視界を遮られて錘を避けられない可能性もあった。


(あの錘の攻撃力は異常だ。木々が盾になるとは思えないが、足止めにはなるだろう。)


 男は何か叫んでいたが、それにも構わず走り続けた。山中を駆けまわっていた頃に比べれば、クロムにとって障害とは成り得ない地形だった。

だが男には違うらしい。錘を飛ばし、激しい爆発と共に木をなぎ倒す。その木を飛び越えても、枯葉に足を取られることなくクロムを追ってきた。


(…勝負するならここか?)


 クロムが念じて取り出したのは〈マルバス万能薬〉だった。これは服用したとき身体の調子を戻すための迷宮品で、少しは疲労も解消される。疲労を取るためよりも怪我や病気に使ったほうが効率的な迷宮品だが、腹は背に変えられない。効果は強くはないが、確かに息が楽になった。

 対して男はクロムを追ったせいか随分と消耗しているようだった。クロムはもう一度身を翻し、男へと〈夜叉の太刀〉を向けた。


「さあ、もう一度だ。」

「――――クソッ!」


 なぜ男が毒づいたのかはわからなかった。男との距離は十歩ほどだ。

男は錘を振り抜き、クロムを牽制しようとした。


「〈滝壺〉」


 クロムの技は錘を捉え、軌道を逸らす。姿勢を低くしたクロムの頭上を通り過ぎ、木へとぶつかり制御を失った。男との距離はもう五歩もない。

 男が短剣を引き抜く。あと三歩。クロムも再び次の一撃のために構える。

 クロムが〈夜叉の大刀〉を振う。男は防ぐべく短剣をぶつけようと振り―――当てることができなかった。


「ナッ!?」


 〈空蝉〉によって投げられた〈夜叉の太刀〉は左手へと送り、逆手に取った武器は軌道を変えて男の武器とは接触しなかった。

 男の剣が空を斬った直後、全身の力を反転させて突き立てる。〈夜叉の太刀〉が男の右胸を貫いた。

 男がうめき声をあげたが、膝は付かず震える手でクロム目掛けて探検を振り下ろした。


「〈鋼鉄〉」


 剣は左胸に当たったが弾かれた。クロムが〈夜叉の太刀〉を振り抜き、もう一度振って男を裂いた。


「クソ…最後まで……勝てねえのか……」

「死ぬ前に言え。俺はお前にとって何だったんだ?」

「…教えて、やらねえ。テメエの…、手助けなんかしねえ。」


 男が話すたび声は小さくなり、呼吸はどんどん浅くなっていった。口元だけはクロムを馬鹿にしたように歪んでいた。

 クロムは〈マルバス万能薬〉を男の口元に押し込んだが、吐き出された。


「……。」

「飲め!」

「……い、や、だね。」


 もう一度押し込もうとしたが、男は短剣を再び持ち上げた。

 思わず男から距離を取った。それは間違いだったと後から思った。

 男は自分の喉に短剣を突き刺した。鮮血が噴き出して枯葉を濡らした。


「待てっ!」


 男の口元に再び〈マルバス万能薬〉を押し当てようとしたが、男は既に事切れていた。

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