48.
太陽が沈み切る前に、男の死体を〈火〉の魔術で焼いた。
この男の名前は最後までわからなかったし、身に着けているものも特徴的なものはなかった。過去を知る機会を失ったのだ。
だがわかったこともある。
男が最初に言っていた、裏切り者とはどういう意味なのか。これはクロムが―――否、記憶をなくす前のグラムが―――この男を裏切ったということだろう。しかし、男が何に属していたのか、この男とはどういう繋がりだったのかは結局わからない。
この男から逃げ切るには殺すしかないことは確かだったとクロムは思った。だが、この男はクロムの過去を知る人物だった。生かしていれば、なにか秘密をいたのかもしれなかった。
(…いや、こいつは俺を殺す気でいた…はずだ。こいつの言葉をすべて信じるわけじゃないが、先に襲ってきたのは俺の部下だって話だったな。)
(なら、俺は何かの組織に属していたことになる。)
(だったら、これからも俺を襲ってくる奴は出てくるのか?)
(……リュードを巻き込んでいいものなのか。今一度、聞いてみるか?)
男が燃え尽きるまでクロムはその場を離れなかった。
浅い穴を掘って、燃殻を納めた。男の使っていた錘と剣も隣に沿えた。
(……。)
クロムは何を思うわけでなく小さな土の山を見つめ、やがてその場を後にした。
辺りは既に暗くなっていたが、同じく襲撃してきた四人を殺した場所へと戻ると同じように男たちを一人ずつ〈火〉の魔術で焼き、穴を掘って埋めた。
(…俺は。)
(俺のせいで人が死んだときは、あんなに苦しく思ったのに。)
(いざ俺自身が手を掛けたら何も…思わなかったな。)
(どちらも俺が殺した。なのに、この差はなんだ。)
(恐らく、俺が襲われる側だったからか。)
(この部下と言われた奴らを殺しても、あの男を殺しても何も感じなかった。
同じ人間を殺すとは―――こうも簡単で、こうも割り切っていいものなのか?
俺はどういう人間なんだ?人は、こうも…ちぐはぐなのか?)
死体の片付けをすべて終えて、帝都に戻ろうとした足を止めた。
帝都は人の噂が回るのは早い。クロムの纏う〈白輝蜈蚣の外套〉は白抜きの蜈蚣が纏わりついているような紋様が描かれているから、分かる者が噂を聴けば〈白蜈蚣〉クロムだとわかるだろう。ごく短い間だけの噂だとしても、すぐに広まるだろう。そうすればそう遠くないうちに情報屋が詳しい情報を仕入れ、襲撃者たちの仲間に伝わる可能性が高いと思い至った。
(…いや、そうじゃないな。噂が広まってこいつらの仲間が集まるよりも、追われていた俺より先にこいつらが帝都で消えたことが、こいつらの仲間に知られるほうがまずい。
こいつを探しに来る奴がいるとして、もう少し時間はあるとは思うが…いや、駄目だな。すぐに逃げるべきだ。)
(そうだ。リュードをどうするか。)
(リュードがいれば…術士がいれば、戦いや探索は楽になるだろう。リュード自身もまだ成長中だし、もっと強くなるだろう。…もう一月と少しで仲間になるはずだったんだがな。)
(俺がまさか付け狙われる人間だったとは思ってもみなかった。
俺の戦い、俺の逃走にあいつを連れていくわけにはいかない。それは、リュードやディンが望んだ探索者としての人生とは違うだろうから。)
(リュードには悪いが、手紙を出そう。ディンだって何か手を打ってくれるはずだ。)
(どこかで謝らんとな。)
どこへ向かうか迷った。帝国から抜け出すか、それとも帝国に潜んで彼らの正体を探るか。そして、どちらにも有効な場所を思いついた。
西海岸の主要都市、バティンポリス。最南端の主要都市、ナルバ。どちらも都市の規模はセンドラーと遜色ないと聞いたことがあった。
何より、このふたつの都市は霊峰山脈を隔てた東側、プラバ王国とペンタクル連合国へ向かう船が定期的に出ている。
(…近いほうはバティンポリスだな。)
そう決めてから昼夜問わず移動し続け、ようやく村のひとつへたどり着いた。
村人を一人捕まえて聞いたところ、この村には宿が無かったが、旅人は村長が泊めてくれるという。村人から村長の家を聞き出して、すぐに金を払って泊めてもらうことになった。
「それから、手紙は帝都に出せるか?それと、紙は貰えるか?」
「手紙?ええ、あります。近いうちに麦を売りに行くので、そのついでに持っていけましょう。」
「わかった。すぐに書く。明日、書いたものを渡すから。」
「わかりました。送り先は?」
「…何か所かある。金は多めに払うから、この金で探索者協会で配達を依頼してほしい。」
「わかりました。現金収入は、この村では助かりますな。」
その返事に村長は気前よくクロムに紙と筆を貸した。クロムは早速、拙い字でオルドヴスト家騎士隊に一通、ディンに一通、そしてリュドミラに一通、計三通を書いた。内容は同じで、急な出立の謝罪と彼らを巻き込むことができない事態にあることだけを簡潔に書いた。
少しだけ考えてから、リュドミラ宛ての手紙には約束を破ったことの謝罪を記した。
(探索者になる決心をしていたリュードには悪いが……俺がこれから進む道は決して華々しい活躍の道でも、平穏無事な道でもない。泥と血と、苦難に満ちた道だ。あいつをそれに巻き込むわけにはいかない。ライオネルも、ディンも望んではいない。)
(……これを出したら、リュードはどうなるんだろう。進む道への梯子を外されることになる。そうなれば…あいつは、望んでいなかった道に進むことになるかもしれん。それはあまりにかわいそうだ。
…リュードのことだから、探索者として活動は十分できる実力はあるし、俺が同行できるとは到底思えないが。)
クロムはもう一度リュドミラへの手紙を開くと、今は西に向かう、とだけ書いた。
更にしばらく考えて、「お前は一人でも探索者として活躍できるだろう」と書き足して、しばらく手紙を睨みつけていたが、やがて目を逸らした。
(…なんて偉そうな。俺は一人でも生きられるか怪しいというのに。
………リュードには、たまに手紙を書こう。)
翌朝、クロムは三通の手紙を村長に託すと、水と食料を買ってから西へと歩き始めた。
―――
「まったく…愚か者。今、無理して私に味方する必要はなかった。私はきみにそれを望んではいなかった。」
「そうか?」
「ああ。私は確かにきみを――にしたかったが…まさか、こんなところで了承されるとは思わなかった。」
「冬至までに決めろ、とか言っていたじゃないか。」
「約束を守る、良いことだ。だが、グラム、きみは良かったのか?
…きみはいつか、仲間を殺すか、仲間に殺されるか選ぶ必要が出てくる。」
「構わない。こいつも、俺も、あいつらも覚悟している事だ。今更言うな。」
銀の髪の女は無言で俯いていたが、やがて顔を上げた。
目の前には損傷の激しい死体が一つ転がっていた。彼は神殿騎士の一人に列せられた傑物、黒い男―――グラムに〈鋼鉄〉を教えた師の立場の男だった。
グラムは最後に男の瞼を閉じさせ、小さく祈りをささげた。
「さて、俺はこれからここを出る。その前に、あんたに頼まないといけないことがある。」
「なに?」
「俺はこれからも―――になりそうな奴を殺す。きっと奴らは俺を追ってくるだろう。
…もし俺が逃げ切ったときは、俺の記憶を封印してくれ。」
「…できないわけではない。だがそれは…」
「いい、言うな。だが、そこまでやった後で、奴らの目をごまかすにはそうするべきだ。頼む。」
「…わかった。だが、完全に消しはしない。
…一定の力を得たとき、少しずつ封印が解けるようにする。それでもすべての記憶は戻らないだろう。」
「構わん。その時はすまんが、もう一度俺を――――――。」
「…不遜な奴だ。だが、わかった。一定の記憶を取り戻したとき、また会おう。
―――使徒グラム。」
―――
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