46.

 クロムはこの男と闇の神とやらに、〈霊峰山脈の悪夢〉討伐以来、胸の内に渦巻いていたことを打ち明けることにした。

 クロムがとある迷宮品の持つ効果を仲間にも隠して強敵に挑んだこと。

 戦況を最も前で支えるべきだったのに、全うできなかったこと。

 仲間が死んでからようやくその役割を全うしたこと。

 クロムが最初からその迷宮品の効果を教えておけば、誰も死ななかったかもしれなかったこと。

 ところどころぼかしながら話をした。タウはそれらを穏やかに聞きながら、クロムがすべて話し終えるのを待った。全てを話し終えるとタウは少し考えるそぶりを見せ、それから切り出した。


「…ふむ。探索者というのは難しい職ですね。確か、共に戦う仲間であっても信用することはないと聞きました。ですから、貴方が自身の力の一端を伝えなかったこと、というのは不自然ではありません。その手の秘め事は、自分の身を守ることに繋がるものもありますから。

 しかし、聞けば共に戦った者たちは貴方自身が集めた猛者たち。貴方はもっと、彼等に寄り添うべきでした。クロムさんは彼等を信じていたのでしょう?」

「ああ。」

「伝えなかったことは疑心からでしたか?」

「それは違う。」


 オルドヴスト家の騎士たちも、〈深淵の愚者〉も、クロム自身が選んだ者たちだ。ディンは一緒に迷宮へと潜り、信頼関係を築いていた。ラーダだって、クロムたちを信じていないわけではなかっただろう。背を預けることを疑う理由などない者たちだった。


「ならば、クロムさんは…恐らく、彼らのことを信じていたのでしょう。

 彼らがいたら、その迷宮品に頼らずともその強敵を倒せる。いざというときの切り札として取っておける。それだけ強力な味方だと、そう思ったからこそいう必要が無いと思ったのでしょう。そして、その敵ですら倒せると。

 探索者は仲間を信じることができなければなりませんが、しかし己を一番に信じなければなりません。どうか、貴方自身の判断を信じてください。」

「…そうかな。」

「結果的に二人が亡くなりました。これは決して変えられぬ事実です。

 しかし、彼等の犠牲の上に霊峰山脈は安寧を取り戻し、これから挑む者たちが生きて戻る可能性を引き上げました。それもまた変えられぬ事実です。」

「……。」


 これは以前にもかけられた言葉だ。クロムは先の事などわからないが、あの魔獣による死人がこれ以上は出ないのも確かだ。


「また、こうも考えられます。貴方はこれから強敵と戦うとき、この経験を糧により死人が出ぬ戦い方を模索できると。これからは己を信じ、仲間を信じなさい。確信をもって仲間を信じられたとき、貴方のために真に力を貸してくれる仲間というより大きな力を得られるでしょう。その力はきっと、貴方の行く道を照らす導となるでしょう。」

「…あんたの話はわからんが、まあ、わかった。

 今度こそ、仲間を信じてみる。打ち明けられるだけ打ち明けてみるさ。」


 クロムの迷いを含んだ返答を聞いて、タウは穏やかな笑みを浮かべた。それでよいと言うように頷くと、再び手を組んで瞑目した。


「過去の過ちは無くなりませんが、未来の過ちを無くすことはできます。

 どうか、忘れないでください。貴方を信じている者を、信じることを。」

「…少し、気が楽になった気がする。感謝する。」

「それは良かった。他に話したいことはあるでしょうか?」

「いや、ない。それに、俺が決めないといけないことだからな。」

「やはり貴方は強いかただ。貴方の道に闇の神の加護があらんことを。」


 奥の部屋を後にし、タウの案内でサイラスと合流した。クロムの顔がここへ来る前よりも少し明るくなっているのに気付いたのか、安堵したように笑った。


「クロム。…なんだ、少しは良くなったみたいだな?」

「さあな。」

「いや、良くなったように思うぞ。連れてきてよかった。

 …神官殿、こちらは寄進だ。どうか受け取ってほしい。」


 サイラスが小さな袋をタウに差し出す。頭を下げながらタウがそれを受け取り、大切そうに懐へと仕舞った。


「ありがとうございます。神殿の修繕や子供たちのために使用させていただきます。」


 タウはそう言って、別の男にクロムたちの案内を任せて下がっていった。どこか急いだ様子でいたから別の仕事があるのだろうと思った。


「さあ、どうする?少し中を見ていくか?」

「是非どうぞ。御案内致します。」

「いや、俺は…。」

「では、門までお送りいたします。」


 神殿の庭を見ながらサイラスとたわいもない話をしていると、日も傾き始めていた。神殿を出て、覚えのある区画まで出てからサイラスと別れ、クロムは街を歩いていた。


(…結局のところ、タウに言われたことは真実なんだろう。ラーダもトーランも、皆覚悟を決めて挑んだ。サイラスもライオネルもコガナもフェムトも皆俺を信じてくれたのだ。そして俺を許してくれた。それもまた確かなことだ。

 だが、俺の間違いもまた真実だ。もう繰り返してはならない。

 次こそは、仲間を信じてやる。それでいいはずだ。)


 考え事をしながら歩いていたせいか、あまり通ることのない人気の少ない通りへと出てしまった。

 幾人か探索者風の者たちが立っているだけだ。

 そう思ったとき、違和感を覚えた。


(……なんで、ここに居る奴らは…顔を隠しているんだ?なぜここで突っ立っている?)


「もし。そこの黒髪のお方。」


 背後から声をかけられる。振り返ると、老人らしいしわがれた声をした男が立っていた。この男も、顔を隠していた。異様さに思わずクロムは一歩下がった。


「落とし物ですよ。」


 そう言った次の瞬間、男は突如〈火〉の魔術を放った。それはクロムには通用しなかったが、それを合図に背後で幾人もが動く気配を感じた。それを感じ取ったと同時に、弾かれたようにクロムが魔術を放った男の横をすり抜けて駆けた。


「待て!」

(…五人。)


 声を振り払うように通りを走り、大通りへと出る。顔を隠した者たちはクロムの後を追ってきている。

 大通りを駆け、裏通りを横切って撒こうとしたが、クロムを追う気配は減らない。


(どうする?このまま宿には帰れない。撒けるだろうか。

 戦うにしてもここでは…数の上でも俺が不利…そもそもあいつらはなんだ?)

(帝都から…出るか。適当に森に逃げ込もう。)


 通りを何本も横切り、見えたのは帝都の南門だった。門番の制止を振り切り、手持ちの金貨や銀貨をひと掴みばらまいて叫んだ。


「くれてやる!」


 じゃらじゃらと音がして地面に落ち、それが金貨銀貨だと見たもののうち幾人かがそれを拾おうと群がりかがんだ。クロムを追ってきていた覆面の者たちが、人々に阻まれ、大きく迂回するのを見ながら、更に距離を開けた。

 目指す先は無いが、クロムはとにかく逃げることを優先した。

 帝都を飛び出してからはひたすら走ったが、日暮れ前に追いつかれた。

 対峙してみれば五人の追手のうちそのうち四人は大したことが無いように見えたが、一番前を走る男は飛び抜けた手練れだと気付いた。

 追手と対峙する。周囲に障害物の無い荒野だ。乱戦ともなればクロムが不利だが、追手は男が手を挙げるとその場で止まった。


「…やっぱりテメエか。何故生きている?」


 銀髪の男は酷く憎々し気にクロムを睨みつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る