45.
「ああ、よかった!起きた!」
「クロム!大丈夫か!」
「ク、クロムさん!」
クロムが目を覚ますと幾人かがクロムを覗き込んでいた。
体を起こして辺りを見れば、先程までの薄暗い部屋などではなく戦闘でボロボロになった山中だ。クロムは先ほどの戦闘を思い出した。身体の怪我は既に治療された後で、腕に包帯が撒かれていた。
(さっきのは夢か。ウルクスに似た男が…いや、それより!)
「だ、誰か教えてくれ。ラーダ…は駄目かもしれないが、ガハラは?トーランは?どうなった?」
ガハラはどうせ大丈夫だろう。ラーダは首が落とされたのだから生存は絶望的だろう。トーランは治療こそ受けていたが、安否が気になる。
「お、落ち着いて。まず、ラーダさん、トーランさんの死亡が確認されました。
大きな怪我をしたガハラさん、レラさん、フェムトさん、ジェイドさんは出血がようやく止まって、更に治療中です。他の人たちも多少の怪我はしていますが、無事です。
治療中の人たちは…あとは本人たちの気力によるかもしれません。」
途中から入ってきたサイラスがディンに変わって顛末を話し出す。ディンは治療の手伝いへ戻って行った。
「クロムが魔獣に組み付いてから、ディンが〈業火〉を放ったんだ。
魔獣とクロムを包み込んで、魔獣は転移もせずに暴れていた。フェムトとレラは灼熱も気にせず魔獣に攻撃したんだ。二人の攻撃が通って、魔獣が崩れた。そのせいで二人は火傷を負った。だがそのまま魔獣は力尽きて、クロムだけは無事だった。
クロム、なんでお前は無事なんだ?魔術を無効化するような迷宮品でも持っているのか?」
「…ああ。」
クロムは最初から彼らに〈白輝蜈蚣の外套〉のことを黙っているつもりだったが、ここまで見られて隠す意味もない。
それに、その考えで死人を出す前に早く組み付けばよかったと後悔があった。
「そうだったか。…お前がいなかったら全滅だってありえた。助かった。」
意外な言葉に拍子抜けする。
自分が先にこの迷宮品の情報を伝えていれば、自分がもっと早く魔獣に組み付いていれば、もっと速く動けていればと湧いていた自責の念に駆られていたが、その言葉で拍子抜けした。もっと責められると思っていたのだ。
「皆覚悟を決めて挑んでいるんだ。一人を責める必要はないだろう。」
「そうだな。トーランとラーダの死は悼んでも、しかし悲しむ必要はない。騎士というのは常在戦場の心構えにあり死の覚悟を持っているものだ。探索者もまたそうだろう?
そう気に病むな。」
「…クロム。探索者と死は隣り合わせだ。ライオネルの言う通り、戦いの中で仲間を失うことも、死ぬことも俺達は覚悟している。
ラーダだって同じだったはずだ。その覚悟を蔑ろにするな。」
怪我は既に塞がったのかガハラが起き上がり、クロムを穏やかに見つめていた。その通りと言わんばかりに幾人かが頷いていた。
「自分がしたことに責任を持つのは当然だが、これはお前だけの責というわけじゃあない。
俺がもっと余裕をもって避けていれば、前線はもっと楽だった。サイラスやパトリオットがもっと積極的に前線に加わわっていればもっと戦いが楽になっていた。ライオネルがディンの射線に入っていなければ、アリシアがもっと精密に射ることができれば…とまあ、言い出したらきりがないことだ。」
「うむ。戦い方や思考の違う者同士で、良く戦った。我等は負けたわけではない。
放っておいた方がより多い人間が死んだだろう。それを見過ごすことができず、お前はわざわざ我らを頼り、有り金を叩いて〈深淵の愚者〉を頼り、最後には自ら組み付いたのだろう?
お前を褒める理由はあっても、責める理由はない。」
それらの言葉にクロムの心は幾ばかか楽になった。それでもクロムの心には未だ小さな棘として残っていた。
「…そうか。帝都に付いたら、神殿へ行こう。」
「神殿?」
「ああ。そういう時は闇の神に懺悔するといい。俺は一度しか行ったことはないが…ああいう場所は、秘密を絶対に守ってくれる。
闇の神と、その神官に罪や悩みを打ち明け、赦しを得れば少しは気が晴れるだろう。」
サイラスはクロムの肩を叩きながら言った。元気を出せと言わんばかりだ。
(お前だって、仲間が死んで悲しくないのか?お前たちは仲間が死んで悲しくないのか?)
探索者はその命を懸けて迷宮や強敵に挑む。騎士はその命を懸けて主や民らを守る。
それは確かだ。だが、クロム自身はどうだったかを考え、他の言葉を聞くことができなくなった。
(ディンに言われて金を出して、運よくつながりを得たオルドヴストの騎士団と〈深淵の愚者〉を引き込んだ。突然のことだったし、本当にそうだっただろうか。
……俺は死ぬ覚悟をしていただろうか?)
後から考えるほど、それを否と自答した。
クロムは死ぬ覚悟などしていなかったし、流されるまま行動していた。結局、ディンや騎士たちの言う後からの人々を助けるとかいう正義感も無ければ、自身が戦いで死ぬ覚悟もなかった。むしろ勝って当たり前のように思っていた。
クロムがクロム自身の情報を出すのを嫌ったせいで死んだ人間がいる。その思考がクロムを苦しめた。
木陰に身を隠しながら一日を治療に使って、怪我をした者も出血は止まった。〈回復〉が使える者たちが酷く疲弊したが、元気のある者で彼らに肩を貸して下山し、数日かけて帝都へと戻った。
帰り道、クロムの飯を食べる量は大きく減った。到底食べられる気がしなかった。誰も何も言わなかった。
帝都に戻ってすぐ、オルドヴスト家の騎士達とは別れ、探索者協会で、魔獣の首を出した。〈霊峰山脈の悪夢〉を討ったことは、これを見ていた者たちからすぐに広まった。同時に、死んだ二人のこともまた話の一端として広がった。
クロムがそれを噂で聞くたびに胸が痛んだ。
(……帝都を離れ…いや、リュードとの約束があったか。あと…どれくらいだったかな。)
リュドミラが魔導学院を卒業するのは一月と少し後だ。連れていくと言った以上、それを守らないわけにはいかない。探索者は信用がないとやっていられない仕事だ。一度した約束を破るわけにはいかないが、辻の酒場や探索者協会まで〈霊峰山脈の悪夢〉討伐の話題となればクロムの心は磨り減るばかりだ。
そんな状況であってもクロムは変わらず依頼を受け、オルドヴスト家騎士団の訓練に参加した。だが以前ほどの活力を発揮できているわけではなかった。
顕著になったのは、サイラスとの模擬戦で三度負けたことだ。
「クロム、最近精彩に欠けるな。」
「…ああ。」
「まだ、引き摺っているのか?」
図星だったが、その問いに答えることはできなかった。どう答えても自身の気持ちは晴れることはないとわかっていた。
「…ケーニッヒ副隊長。これより半日の休暇を頂きたい。」
「うん、どうした?怪我でもしたか?」
「いえ。クロムを連れ出します。」
「そうか、私情だな。明日の練習量は倍だと思え。」
「はい。クロム、行くぞ。」
「え?」
サイラスに手を引かれ、訓練の場を後にする。
無言で手を引かれるまま道を歩く。幾度か道を曲がり、クロムがこれまで立ち入ったことのない区画へと出て更に歩いた。
「着いた。」
「…ここは?」
「神殿だ。光の神、闇の神をはじめ、あらゆる神を祀っている。クロムの信奉する神は誰だ?」
「…いない。」
「なに?成人の儀で信奉する神を決めたんじゃないのか?」
クロムは曖昧に首を振って、サイラスの招きのまま神殿の門を潜る。
手入れの行き届いた夏の盛りの庭を通り抜け、よく清掃された階段を上り聖堂へと至る。
扉を開くと通りすがりの女がクロムたちを見止めた。
「あら。礼拝にいらしましたか?」
「ああ。それと、こっちの男は懺悔かな。」
女は少し首を傾げながら、クロムたちに待つように言って奥へと消えた。
少しして、クロムが夢の中で見た司祭のような服装の初老の男が現れた。
「こんにちは。私は闇の神に仕える神官で、タウと申します。
懺悔をしたいと聞きましたが、そちらの貴方で良かったでしょうか?」
「ああ。俺は礼拝だけだ。懺悔はこっちの男のほうだ。」
サイラスがクロムの背を押し、タウのほうへと押しやった。
「お、おい、俺は…」
「どうぞこちらへ。礼拝は案内の者が参りますので、そちらに掛けてお待ちください。」
タウに誘われるまま奥の部屋へと歩を進めた。
奥の部屋に着くと、部屋の中心に向かいに構えられた椅子に座らされた。タウはそのまま部屋に入らず、クロムへと穏やかな様子で椅子を勧めた。タウは扉を閉めてから、クロムの向かいの椅子へと座った。
部屋の壁には小さな像がいくつも飾られ、中央の椅子を見つめるように配置されていた。
「…汝が闇の神の許しが得られますよう。」
軽く握った左の手の甲を右手で包むように握って少しの間瞑目し、目を開いてからはクロムを真っ直ぐに見つめた。
「クロムさん。どうぞ、お話しください。ここには私とあなたしかいません。
また、貴方の信奉する神もおわすでしょう。
後悔、苦悩、愛、虚言、他の者等に打ち明けられぬような事でも良いのです。
そして私は決して他言することはありません。どうぞ、お話しください。」
タウの口調はあくまで穏やかで、真摯で、真面目さを感じられた。
(…いくらかは話してみるか。)
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