44.
「戦闘用意!」
ライオネルの通る声で騎士たちが武器を抜いた。〈深淵の愚者〉が散開し、クロムとラーダが前へと出る。ディンが小手調べとでもいうように〈土〉の魔術を放つ。それが開戦の合図となった。
魔獣は難なく魔術を躱すとラーダ目掛けて駆け出す。ラーダは盾を構えて攻撃を受け止めようとしていたが、魔獣は大盾を構えて〈突進〉したジェイドに弾かれ、トーランが地面に当たることも構わず地面ごと棍棒を振り抜いた。とっさのことに対応できなかったのか、魔獣が宙を舞った。
「〈
「〈
「〈風〉!」
いくつもの魔術が魔獣を捉えた。苦しそうな呻き声を上げながら、魔獣が着地した。
「〈
着地点で拘束するための魔術をフェムトが使い拘束した。動けない魔獣にサイラスとレラが、一拍遅れてガハラが魔獣に切りかかった。それぞれの剣に魔術が乗っている。首を落とせると、誰もがそう思った。
「は…?」
「ガッ…」
突如魔獣が吠えて、まとわりついていた魔術を残して魔獣が消えた。レラとサイラスの攻撃は〈絡蔦〉の魔術だけを切った。
遅れて出たガハラは推進の勢いは止められず二人を巻き込んで転んだ。
「後ろ!」
「うおっあっぶねえ!」
直後ガハラの後ろに現れた魔獣の爪攻撃をガハラが剣を盾代わりに受け止めた。
しかし予想外に強力な攻撃だったのか剣は弾き飛ばされ、後退しているガハラは腹を切り裂かれた。
「ガハラ!」
アリシアが叫びながら魔術を乗せた弓を射る。真っ直ぐに魔獣のもとへと到達したが、魔獣はそれを躱さずに払った。その小さな隙にクロムが魔獣に接近し剣を振う。魔獣はそれを躱し、クロムを次の獲物というように見据えた。サイラスたちからは距離ができ、レラはガハラを抱えて後退した。
距離を詰めていたラーダとサイラスがその退避を援護した。
〈回復〉の使えるコガナ、ミーアは彼等の治癒に動く手筈だ。ラーダも〈回復〉は使えるが、基本は戦線を支えるために動く。パトリオットが盾を構えて治療に専念できるように守っているが、当然魔獣を攻撃する手数は少なくなる。
「…〈吹雪〉」
「〈吹雪〉」
その時の対策にクロムとライオネルが息も吐かせぬような連続攻撃を繰り出す。攻撃の合間を縫ってディンやフェムト、アリシアが魔術を放ち援護をする。
魔獣はじっと耐えていた。その攻撃は通じているのかはっきりとはしなかったが、ライオネルの魔術を伴った攻撃でも毛皮に阻まれているように見えた。
嵐のような連続攻撃を耐え忍んでいた魔獣が再び吠え、姿を消した。
「どこに…」
「後ろ!」
ディンの声に反応して〈旋風〉を放ち背後を横薙ぎに攻撃する。
攻撃は魔獣には当たらなかったが、飛び退かせることには成功した。
着地を狙ってアリシアが弓を射た。しかし弓は刺さらずに地に落ちた。
(…今のは、確かあの兎がやっていた。〈転移〉だ。)
魔獣は身震いすると淡い光に包まれて、微かについていた魔術の痕をみるみる癒していった。
(魔獣も〈回復〉が使えるのか!いや、攻撃は少しずつ通っていたのか。)
再び接近し斬り付ける。しかし魔獣の毛皮に阻まれて刃は通らない。
魔獣がクロムを睨んだ。
(まずい!)
魔獣と目が合う直前に、直感に従って仰け反るように一歩引いた。直後、額に微かな衝撃を感じた。一拍遅れて痛みと熱さを感じた。
魔獣が驚いたような表情でクロムを見ていた。避けられたことが余程意外だったのだろう。
クロムは再び攻撃を仕掛ける。魔獣の背後にはライオネルとトーラン、レラが位置取っていた。ジェイドが盾を構え、背後にサイラスを隠している。ディンはフェムトとコガナが守っている。
クロムのやることは魔獣を引き付けることだと思うと、自然と次の動作をした。
魔獣の左目目掛けて〈紫電〉を放つ。嫌でもクロムに注意が引き付けられると、そう思っていた。魔獣はそれを無視するかのように身を翻してトーラン目掛け突進した。
トーランは片手で〈火〉を纏った棍棒を振り抜き、もう片手で短剣を抜き突き出していた。それと同時に魔獣もトーランに爪攻撃を繰り出していた。
次の瞬間、ギャン、と初めて魔獣の悲鳴らしい声を聴いた。
トーランの短剣が魔獣の右目を貫いていた。同時にトーランの腹が裂かれ、その顔は苦痛に歪んでいた。
「〈脱水〉!」
「トーラン!」
サイラスが飛び出し、魔獣に攻撃する。魔獣は攻撃を受ける前に十数歩離れた場所へ転移し、忌々し気にトーランを睨んだ。短剣は深く突き刺さっているようで、魔獣が〈回復〉らしい動作をしても抜けずにいた。
「ラーダ!トーランを頼む!」
「ああ!」
魔獣は再び吠え、姿を消す。
(ど…どこに…まさか!)
クロムが振り返る。トーランを治療するラーダの背後に、魔獣はいた。
「ラーダ!後ろ―――」
振り返ろうとしたラーダの首が落ちた。派手に血が噴き出る中、トーランは魔獣の前足を掴んだが、魔獣は前足だけを〈転移〉で移動させて拘束を逃れると、トーランの首を裂いた。
背後からサイラスが攻撃を仕掛けたが、サイラスの攻撃を受けて爪を伸ばす。魔獣の攻撃は割って入ったジェイドが防いだが、鉄製の盾だというのに深く爪痕が刻まれた。
クロムが魔獣に追いつき、再び剣を突き立てる。攻撃は魔獣の後足に当たり、小さな傷を与えた。
レラがトーランを引き摺って後方へ下げているのを横目で確認しながら、ライオネルが魔獣を斬りかかったが、〈転移〉で再びクロムたちから距離を取った。
クロムの目線の先に魔獣は現れた。
不服そうに低く唸りながら、クロムだけを睨みつける。
「クロム。あいつの動きを抑え込めるか?」
ライオネルが耳打ちする。クロムは魔獣を睨みながら、難しいとだけ答えた。
「〈夜叉の太刀〉で斬れないなら、〈物理無効〉とは別の特性を持っているのかもしれぬ。しかし魔術は効いているらしい。」
「ああ。やってみよう。」
再び魔獣へと駆け出し、〈夜叉の太刀〉をだらりと構える。切っ先と刃は地を向いており、そのまま振るっても斬ることができない。クロムはそれを承知でそうしていた。
魔獣はそれをじっと見ていた。目線の先はクロムではなく、自身を貫いた刃の先だ。
魔獣とクロムが僅か三歩の距離になった時、クロムが刃を魔獣に向け、魔獣が身構える。
クロムは剣を振り―――抜くことなく手放した。
その行動に魔獣が一瞬困惑したのか、はたまた好機と見たのか体を硬くした。
「〈鋼鉄〉」
接触の瞬間クロムはそう呟き、魔獣の両前足を掴んだ。魔獣はクロムの左肩へと噛みついたが、〈鋼鉄〉で防御された皮膚を食い破ることはできなかった。
「今だ!」
「〈業火〉!」
じっと術を練っていたディンがついに魔術を放った。
クロムごと焼き尽くさんとする灼熱は魔獣も襲った。〈転移〉を使って逃げようとしたが、〈白輝蜈蚣の外套〉が魔術を掻き消したせいで不発に終わった。万力の様なクロムの握力が魔獣を離さない。覚悟を決めたか、魔獣はいよいよクロムへと噛みつきを強めた。
(熱いっ!痛い!だが、こいつが死ぬまでは離しはせん!)
そう決心したクロムは炎の中魔獣と格闘し、やがて意識を手放した。
――――――
肩に感じる痛みと魔獣の力が弱まった、気がした。
(うぐっ…左肩が痛い…だが、魔獣はどうなった?)
目を開けると、どこかの屋内にいた。
薄暗いように思えたが、精密な彫刻が梁や柱に施されているのが解る。相当に手の込んでいる建物だと、ぼんやりと思った。
クロムのいた場所は廊下のようだった。
(ここは何処だ?)
あたりを歩き回って見ようと思い、すぐそばの扉に手をかけた。扉に触れようとしたがクロムの手が透け、取手を掴むことができなかった。
諦めて角を曲がると、その先には幾人かの男たちが歩いてきているのを見て、とっさに柱の陰に隠れた。男たちはクロムに気付く素振りもなく楽しそうに談笑しながら歩いていた。
目を凝らして彼等を見る。見えた横顔に、クロムは何か記憶の引っかかりを覚えた。
(…あの坊主頭と茶髪は…見覚えがある気がする。)
クロムは男たちの後を追った。
男たちは幾度か建物内の廊下を曲がり、その先にあった部屋へと入っていく。クロムもそれに続いた。
そこは巨大な石柱―――否、石像が並んでいた。
(…なんだ、ここは。)
石像はそれぞれに何か武器や道具を持っていた。豪奢なものもあれば、簡素なものもあった。男たち既に口を噤み、静かな足取りで進んでいく。
部屋の奥には一人の男がいた。町で見かけた司祭の様な格好をしていた。その男が振り返り、男たちの姿を見て静かに歩み寄った。
幽かに入ってくる光にその顔が照らされたとき、クロムは驚愕した。
ウルクスによく似た男が男たちの前に現れた。
―――
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