41.

「しかし先ほどのサイラスの動きは素晴らしかったな。

 〈突進〉の魔術を使いながら、擦れ違いざまに三体の魔獣を切り裂いてクロムの元までいったのだ。」

「ああ。俺の目の前で、動いていた魔獣の眉間を綺麗に貫いた。そうそうできることじゃないぞ。」

「いや、無我夢中で良く覚えていなくて。」


 その後も幾匹か魔獣を探し出して倒した。トーランは安定した強さを発揮していたが、サイラスは〈突進〉の魔術で移動しながらすれ違いざまに斬りつけようとして失敗し、首をかしげていた。


「うーん、うまくいかないな。」

「〈突進〉の魔術はジェイドに聞いてみるといい。ただ、それで斬れるようになるかどうかわからんが…。」

「ありがとう、後で聞いてみよう。」


 その日は十四個もの薬を手に入れた。地上へと戻ると、他の者たちも次々と出てきた。


「お、お前ラも今出てきたのか。」

「ああ。どうだった?」

「ディンの魔術とオレの動きかったが合わなくて苦労した。」

「ハハ、俺らは四層まで進めたぞ。」

「おお、我等も四層を少しだけ探索したぞ。いや、迷宮とは難しいな。」


 オルドヴスト家に戻り、この日集めた迷宮品を出し合った。全部で四十個の丸薬や傷薬が手に入ったが、まだ少し心許ない。連携の練習のつもりで、明日ももう一度潜るつもりだった。

 今日の反省会をし、明日以降の予定を合わせた。それが終わってからサイラスがジェイドとレラを捕まえて質問攻めにしていたのを背中で聞きながら、クロムは先に帰ろうと扉を開けた。


「あっクロムさん!」

「…リュードか?」


 開けた先にはリュドミラがいた。学院の卒業が近いからなのかはわからないが、何冊もの本を抱えて表情は少しやつれていたが、クロムと顔を合わせると表情は明るくなった。


「今日は何しに…あ。

 …失礼しました。お客様方、どうぞごゆるりとなさってください。お茶をお出しします。」


 完璧な作り笑顔で礼をし、そっと扉を閉めた。

 すぐに近くの使用人にいくつかの指示を出してから、クロムのほうをゆっくりと振り返った。

 クロムの知る普段のリュドミラの態度と今見たものが結びつかず、妙なものを見た気持になった。


「クロムさん、あの人たちは?」

「〈深淵の愚者〉だ。たしか二級パーティだったはずだ。」

「わあ…。し、知り合い?」

「ああ。」

「ええ、凄い!クロムさんも普通の付き合いとかできたんだ!」

「おい。」

「あの人たちに話とかせがんでも大丈夫かな?じじいと甲冑の人はなんか少し険悪そうだったけど。」

「そうかな?大丈夫だろう。俺は帰る。また会おう。」

「ああ、おやすみなさい。」

「おやすみ。」


 翌日迷宮に来た〈深淵の愚者〉たちは少し疲れた様子でいた。夜遅くまでサイラスやリュドミラから質問攻めにされていたらしく、律義に答えていたという。レラに至っては高速で動き回りながら切りつける動きができるものだから、何度も動きを見せるようせがまれたのだという。


「そりゃお疲れ様。」

「ま、やる気があって何よりってんだ。」


 ディンとラーダはあの後うまく逃げたらしく、元気そうだった。この日クロムはラーダ、ライオネル、パトリオットと迷宮に潜った。

 昨日、ライオネルとパトリオットが険悪そうだとリュドミラが言っていたことを思い出した。二人とも特別会話はしなかったが、戦いの間は互いに気にかけて戦っている。関係が険悪なようにはクロムから見えなかった。

 ラーダは盾戦士らしく最前線で魔獣の攻撃を引き付けていた。盾の使い方はクロムと違い、攻撃を受け流すように盾を扱った。視野が広く、乱戦に強いように思えた。

 この日も四十の薬が手に入った。全部で八十個であり、万全に戦えると思えるほどの数だ。


「明日よりフェムトとコガナが合流する。必要と言われていた物資類は既にこちらで用立てておいた。後ほど遣いの者に運ばせる。

 明日、明後日はブネ迷宮で仮想的である影獣と戦う修練を行う。今日はもう休むように。止めきれなかった我も悪いとは思うが、昨日の二の舞にはなるんじゃないぞ…。」


 ライオネルの注意で、そのままその場で解散した。

 翌日新たに騎士二人が合流し、ブネ迷宮へと潜った。影獣への攻撃の手ごたえを確かめながら、十四層まで潜った。大人数だったことと、浅層の魔獣は対して強くないためそこまで苦戦しなかった。

 クロムは最初から〈夜叉の太刀〉で戦った。中層の影獣にも一定の効果があったが、上層の影獣よりも効いていないように見えた。この階層の影獣にも魔術は十分通用するようで、ディンのいう大して強くない程度の魔術でもよく効いているようだった。

 影獣はこの階層で初めて〈変化〉の魔術を使ってきた。猿のような姿、鳥のような姿、蛇のような姿など様々な姿に変わった。

 フェムトとコガナは魔術に秀でた騎士だと聞いていたが、実際に戦う姿を見て二人とも魔術の使い方が巧みだとディンが言っていた。


「彼等、凄いです。魔術の作動が早くて、狙いも正確です。強力な魔術と少ない威力の魔術を使い分けていますから、練度は相当高いですよ。もう事前に全部決めてるんでしょうね。教員に欲しいくらいです。」

「ふうん。良いことなのか?」

「ええ。突発的なことにも丁寧に対応していますし、命中精度もいい。敵と味方の動きも把握できている。そこまで完璧にできる術士は、実は多くないんです。」

「ふうん。」


 翌日に十八層まで潜ったが、ついに〈夜叉の太刀〉が通用しなかった影獣が現れた。

 コガナとアリシアの攻撃でその陰獣の足元を崩し、ミーアが仕留めた。影獣は革鎧に変じた。これは〈深淵の愚者〉が持っていた。


(…やっぱりか。)


 〈夜叉の太刀〉は結局、通用する影獣と通用しない影獣がいた。その違いがまったく分からないまま二十層へ到達し、次の階層へ向かうための半透明の柱へと近づいた。


「―――クロム!」


 不意に影獣が襲ってきたところをガハラが察知し、反射的に〈夜叉の太刀〉を横薙ぎに振った。魔獣にぶつかった感触と弾いた感覚を覚えた。


(こいつも通じない奴か!)


 威力が高くない牽制の魔術が放たれたが、影獣はそれをひらりと躱した。再びクロムへと飛び掛かった。それを盾で受け止め、魔術が背後から放たれるがそれも大して当たらずに回避された。

 他の者に近づかれると危ない。そう直感して、剣を振り下ろした。


(くそっ…通ってくれ!)


 クロムはその攻撃が通じないと思っていたが、攻撃は影獣の前足を切り裂いて動きを封じた。直後、二つの強力な魔術が影獣を包み燃やした。


「大丈夫ですか!」

「大丈夫?」


 ディンとミーアがクロムに声をかけた。先程魔獣を包んだ魔術は二人のものだった。


「ああ。大丈夫だ。ところで、最後、攻撃が通じたんだ。」

「え?変ですね?何ででしょう?」

「通じた個体だったのではないか?」


 思い返したが、〈夜叉の太刀〉を振り回す時、何かが違ったのか。

 何か攻撃の時に特別なことをしたのか。何か雑念を抱いていた気はした。技は使っていないし、それまでに〈夜叉の太刀〉が通じない魔獣には技を使おうと使わなかろうと攻撃は通じないでいた。


「ふーむ…〈夜叉の太刀〉がそもそも通じなかったことが我には不思議だ。例え物理無効とて、この剣の効果は通じるはずだと思っていたが。

 迷宮ではあることなのだと思っていたが、違ったのだな。」


 ライオネルが言うには魔獣である以上は通じるはずだ、という話だった。実際にライオネルは巌狒々ロコパヴィアーノという物理無効という特性の魔獣をこの武器で叩き切ったことがあるという。

 結局何もわからないまま、〈霊峰山脈の悪夢〉の討伐のために帰った。

 明日、霊峰山脈へと向かう。若干の緊張を持ちながら、その日は眠った。


 ――――

「どうだった?貸したそれ。」


 豪奢な椅子に偉そうに座った男が、にやにやと笑いながら男の持っている武器を指した。黒髪の男は少し考えた後、悪くなかったと言った。


「だが、鎌は使い辛いな。それから、効果が発動しなかった魔獣もいた。あれはどういうことだ?」

「迷宮品の神威……付与されている効果が発揮されない場合は確かに有る。

 使う者の格が、その迷宮品より下であること。

 使う相手が、迷宮品の格より圧倒的に下であること。

 そうでない場合は、迷宮品が使い手を認めていない場合だ。」

「待て、迷宮品は道具だろう?意思があるのか?」

「基本的には、無い。だが、その鎌が〈鑑定〉でなんて名前か知っているか?」

「……〈冥界神の鎌〉。」

「そうだ。神の名前、あるいは格の高い魔獣の名を冠するような武器は一定の実力が無いと効果を発揮しないときがある。」


 その言葉に黒髪の男の眉間にしわが寄った。握っていた拳が白くなった。


「俺の実力が足りていないと?」

「ああ?お前の実力と認められるかどうかの実力ってのは別のモンだ。

 〈収穫〉の神威が発動しなかっただろう?まだ認められていないということだ。」

「…わからんが、まあわかった。」

「そいつはお前の悪いところだな。まあ、認めさせるような何かをすればいいさ。」

「冥界神は何をすれば認めてくれるだろうか?」

「個人による。

 …おい、そう険しい顔をするな。俺の場合は知らん間に問題なく使えていた。」

「…冥界神の神官戦士が良く言う。」


 黒髪の男の、面白くないというようなつぶやきに、偉そうに座る男は小ばかにしたようににやりと笑って言った。


「それとは関係が無いぞ。俺はそれも、〈炎神の直刀〉も〈鋼神の鎚〉も〈五光玉虫の鏡盾〉も使えるからな。」


 ――――

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