40.

 ディンとアリシア、〈霊峰山脈の悪夢〉の情報を叩きこまれたガハラと合流して、オルドヴスト家へと向かった。

 道すがら、ディンとミーアはずっと魔術談義をしていた。途中までジェイドとアリシアが加わっていたが、より専門的になったのかアリシアはそっと離れていた。ジェイドは魔術や魔道具に造詣が深いらしく、すっかりディンと打ち解けていた。レラとガハラは特に何かをしゃべることはなく、黙ってついてきた。パトリオットも黙っていたが、何かを考えるような仕草で時折一人で首をかしげていた。

 オルドヴスト家の門を叩くと、すぐにアールが現れた。


「これはクロム様。後ろの方々はどなたでしょう?」

「ライオネルに用がある。こいつらは、俺の仲間になる奴らだ。顔合わせにと思ってな。」

「ああ、成程。了解いたしました。ご案内いたします。」


 アールの案内でライオネルのもとへと通された。

 ライオネルたちは今日も鍛錬に精を出していた。


「…おお、クロム。今日はどうした?」

「突然で済まん、今日は顔合わせだ。討伐を手伝ってくれる強力な味方を紹介する。」


 それを聞いたライオネルはサイラス、トーラン、ケーニッヒを呼びつけた。更にコガナという小柄な騎士とフェムトというひょろりとした騎士を呼びつけた。どちらも弓術と魔術に秀でた騎士だという。

 騎士たちの紹介が終わり、〈深淵の愚者〉を紹介した。


「…む?その鎧兜、見覚えがあるな。」

「ケーニッヒ。」


 ケーニッヒがパトリオットに視線を移し、その兜をまじまじと眺めて、視線を強めたところをライオネルが諫めた。

 何か因縁でもあったのだろう、とクロム以外の者たちが思った。


「申し訳ない。忘れてくれ。」

「構わない。謝罪を受け入れる。」


 ケーニッヒの謝罪はパトリオットに受け入れられ、その後は恙なく話が進んだ。

 騎士隊から討伐に向かうのはライオネル、サイラス、トーラン、コガナ、フェムトの五人だ。

 ライオネルが向かう以上は、ケーニッヒは立場上帝都を離れられないという。隊長、副隊長だけでなく、更に指揮をできるトーランやコガナまで不在になるのは組織として良くないとの事だった。 

 〈深淵の愚者〉を紹介して、最後にラーダを紹介した。


「盾戦士のラーダだ。〈悪夢〉に襲撃されたパーティの生き残りだ。

 今回は彼女の知識に多く頼ることになる。」

「ラーダだ。よろしく。みんな強い奴らみたいでよかった。

 あいつに挑むには…どれだけ強い奴等でも何人かは死ぬかもしれないと、私はそう思っているんだ。…この戦力なら、死ぬ奴も少ないだろうと思ってる。」


 ラーダの言葉に少しの間誰もが口を開けずにいたが、サイラスが昏い雰囲気を茶化すように口を開いた。


「そうだな、この中で最初に死ぬのは俺かな。ここに居る奴らは俺より強い。覚悟しておこう。」

「違いない。サイラス、死ぬなよ。お前が死ななければみんな生きている。」

「はは。違いない。」


 軽口を叩けるのは良い傾向だとクロムは思った。周りの雰囲気が軽ければその分気持ちは暗い方向に向かなくなる。思えばオセ迷宮で〈深淵の愚者〉と潜った時、上層部と下層部でいくらか気持ちの持ちようが違った。クロムの勝手な思いだったが、〈深淵の愚者〉と潜っていた時は気持ちが前向きになって、いくらか落ちついて戦えていた気がする。


「ああ。そうだ、騎士隊にも手伝ってもらうか。」

「む?何をだ?」

「明日からマルバス迷宮で薬を得に行くつもりだ。迷宮に興味があるとか言っていたし、少し一緒に行ってみないか?」

「うむ、行こう。」

「隊長が行くのでしたら、私はいけませんな。…サイラス、トーラン、行ってこい。確か明日明後日は、フェルムは主殿の敬語で、コガナは幾人か率いて近隣の村の野獣駆除だったな。その後は一日の休みだな。」


 フェルムとコガナはそれぞれ頭を下げた。


「はい。どうしても警護任務ばかりは抜けられません。また、急な話ですので…。」

「申し訳ありません。ですが必要があるならば。」

「ああ、よい、よい。当主殿の警護は必要だ。コガナは恋人の住む村まで行くのだろう。会うのは久しぶりになるだろう、それを邪魔するほど野暮でもない。」

「申し訳ありません。」


 結局明日にマルバス迷宮へは三つの班に分けて潜ることにした。一つはサイラス、トーラン、クロム、ガハラが。一つはアリシア、ミーア、ライオネル、ラーダが。最後にジェイド、ディン、パトリオット、レラで潜ることになった。

 それだけを決めてから、ケーニッヒから地形図を提供してもらい、ディンの推測とラーダの生の情報を合わせながら探索経路の策定を進めた。このときディンは地形図の精密さに大層感動していた。

 クロムには全くわからなかったが、この場のほとんどの者はその話についていけていたからこれも恙なく進んだ。最後までわからないでいたのはクロムとガハラだけだった。


「成程。遭遇する確率は高そうだ。各員当日までにすべての準備を終えておけ。

 フェルムとコガナは後で必要なものを届け出るように。」


 ライオネルの号令に騎士隊の者たちは背筋を伸ばして返事をし、それがその日の解散の合図ともなった。

 翌日。総勢十二名でマルバス迷宮へと押し掛けた。

 初めてマルバス迷宮に潜る者が多いため、全員が一層からの攻略となった。

 一層、二層でつまずく者はおらず、クロムと一緒だったトーランやサイラスも問題なく魔獣と戦っていた。

 短い時間で三層まで到達したが、サイラスがやや苦戦するようになってきた。


「お前、なんか動きがおかしいぞ。当てが外れたみたいな動きをしてるな。」

「…わかってしまうか。魔獣の動きはどうにもわからないんだ。」


 サイラスのぎこちなさに最初に気付いたのはガハラだった。


「もしかして人間と同じ動きを期待してないか?それじゃ無理だよ。」

「…確かにそうだ。だが、難しいな。」

「見てな。」


 目の前に現れた色鹿にガハラが切りかかる。色鹿は魔術を使い、炎を噴き出した。

 ガハラはそれを予想していたかのように紙一重で躱し、その首筋に剣を突き立てて色鹿を倒した。


「敵の狙いは複数予想しておけ。お前は目が良いから、考えてなかったことをされると体が動かなくなるんだろうな。あらかじめ考えておいて、実践で考えすぎず、見てから対応するようにするといい。」


 ガハラの一言を受けてから、サイラスは魔獣と対峙したとき距離を取ってよく観察するようになった。

 戦いを重ねるごとにあっという間に動きの不自然さは減っていき、三層を突破する頃には見違えるほど立ち回りが上手くなっていた。


「ガハラ…。」

「うん?」

「お前、まともなことも言えるんだな。」

「この野郎!」


 トーランは変わらず魔術を乗せた棍棒を振り回して魔獣を屠っていた。真正面から立ち向かうようなその戦いぶりは豪快で、見ていて清々しく、頼もしい。


(こういう奴だから、切り込み隊長とか呼ばれているんだろうな。)


 トーランに対しては、ガハラは何も言わなかった。よく見ればトーランの腰には小さな短剣が差してあった。一度だけ棍棒の内側に潜り込んだ大跳蛙に、いつの間にか抜いた短剣を突き刺して仕留めていた。

「うーわ、怖ぇなあ。うっかり踏み込めねえ。」

「なんだ、今のは。俺と戦ったときはあんなもの使われなかったぞ。」

「クロム、お前あいつとも戦ってたのか。いいなあ、俺も戦いたい。」

「…おいおい、俺のこの早抜きは魔獣相手か、余程の相手じゃなければ使わんと決めている。」

「こだわりがあるのか?」

「あまり見せる技じゃないということさ。タネが割れると困る。」

「ああ、そこは詮索するつもりはない。それはそれとして俺と一戦やってみないか?」

「ガハラ。トーランが困っている。やめてやれ。」

「ハア、すまん。…右方向から数体来る。」

「…右?」


 ガハラの言った通り、右方向から複数の気配を感じた。

 ガハラが最初に飛び出し、クロムは盾を取り出しながら、気配のした方向へ走る。さらに遅れてサイラスとトーランが追ってきた。

 気配の正体は色鹿の集団だった。ガハラが一目でその数を叫んだ。


「…十二体!」


 クロムたちに気付いた色鹿たちが一斉に魔術を放った。クロムの盾と〈白輝蜈蚣の外套〉で魔術を防いだ。

 手近だった二体をガハラが切り払い、トーランとサイラスが一体ずつ倒した。


(ひと際強い炎の魔術を放った奴がいたな。…確かあいつか。)


 取り巻きの魔獣よりも一回り大きい色鹿が、再び炎の魔術を準備した。それを合図にするように幾匹がそれぞれに魔術を放つ動作をした。

 クロムは一息に近づき、魔獣に盾を押し付ける。腰に佩いていた剣を抜き、魔獣へと突き刺す。それと同時に魔獣の炎の魔術はクロムを襲い、一拍遅れていくつかの魔術が飛んできた。

 誰かが叫んだ気がしたが、構わず再び剣を真っ直ぐに振り下ろす。振り下ろした剣は色鹿の立派な角を打ち、剣の勢いのまま捻られて首から嫌な音が聞こえた。

 それに瞬き一つ分遅れて、魔獣の眉間が砕かれた。


「大丈夫か!」


 いつの間にか駆けてきたサイラスが魔獣を斬り裂いたのだ。


「大丈夫だ。あと何体だ?」

「二体だ。」


 その二体も、ガハラとトーランがとどめを刺そうとしているところだった。


「ふう。…二匹取り逃がしたな。追うか?」

「いや、いい。迷宮で深追いしすぎるのは危険だ。」

「そうか?ならやめておこう。」


 クロムが首を折った色鹿はまたかすかに息があった。クロムが剣を突き立てて息の根を止めると、丸薬型の迷宮品に変じた。

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