37.

(騎士には騎士の悩みというのがあるんだな。それもそうか。)

(しかし実力が伸び悩んでいる、か。)

(そういえば最近はリュードも強くなっていたな。)


 リュドミラはクロムたちと迷宮へ潜っているからか、それともディンから指導を受けているからかはわからないが、目に見えて実力を伸ばしていた。

 クロムと最初に戦ったときのようにむやみに高威力の魔術を使うよりも、精度を重視して魔術を放つようになっていた。その変化はクロムにとってより戦いやすくなる変化だった。

 いつの間にか宿へ着いていた。借りている部屋へと入って布団に横たわる。力を抜いてぼんやりとしながら、先日ディンと会話したときのことを思い出した。


「クロムさん、ど、どこかで話しませんか?」


 ライオネルから技を伝授されていた時のことだった。ブネ迷宮の帰りに、ディンからそう声をかけられた。ディンから会話を誘うことはあまりないから、珍しいと思った。


「あ、俺も行ってもいい…ですか!」

「うーん…すみませんリュドミラくん、今日は依頼の話なので。」

「そ、そうか。じゃあ、俺はこのまま帰ります。」

「すみませんね。」


 リュドミラを先に返し、目についた茶屋に入った。茶を注文したところで、ディンから先に切り出した。


「以前話した〈霊峰山脈の悪夢〉について覚えていますか?」

「ああ。今朝探索者協会に行って、霊峰山脈の入り口でも被害が出たって聞いたからな。

 なにかわかったのか?」

「…はい。遭遇した探索者たちに話を聞くことができました。

 ぼくの見立て通り、そして遭遇した探索者たちの知識や感覚からも、影獣だと。ただし、今ぼくたちが実験で倒しているような浅層の魔獣ではなく、深層の中でも深い層にいるような魔獣だったようでした。」

「ふうん。」

「最近、霊峰山脈近辺で魔獣や獣がよく出ていて、探索者が駆り出されているのは?」

「いや、それは知らないな。ここ数日は協会には行っていなくてな。」


 そうですか、と呟いて簡素な地図をクロムに見せた。センドラーと書かれたところに丸印、霊峰山脈と書かれた場所にバツ印が付いていて、その間にはいくつもの日付が書き込まれていた。


「……これは?なんの地図だ?」

「探索者が〈悪夢〉と遭遇して以降の、魔獣の発生状況を整理したものです。

 霊峰山脈だけで二十件。霊峰山脈から帝都までの間で四十二件。これは昨年の魔獣発生状況の三倍近い数字です。」

「この一月程度でか?」

「は、はい。恐らく〈悪夢〉は霊峰を下っています。自分に傷を負わせた探索者、つまりはあの日霊峰に挑んだ者たちを探しているのだと思うんです。」

「確か一撃加えたのは〈乱れ焔〉だったか。…執念深いな。あるいは逃したことを悔いているのか。」

「わかりません、確かなことは帝都に来るのが時間の問題ということです。

 そうなる前に探索者には動いてもらい、可能な限り多くの貴族家を頼って討伐隊を編成しなければ…。

 検証の結果はすべて公開することになりますが、試行回数はクロムさんのおかげで百近くになります。根拠としては十分です。」

「そうか。じゃあ、これから貴族家とか探索者協会に依頼するんだな?」

「はい。もしこれで放って置いたら…いずれ襲い掛かられても不思議ではないです。それがすぐか、一月、二月後か、それとももっと先かも。」

「そうか。なら強い奴らを集めよう。」

「た、例えば?」

「オルドヴスト家の騎士。学院のフレイアとタイデン。それから強い探索者はごろごろいるだろう、なにせここは帝都だ。こちらは金を摘まないといけないだろうがな。半端な額だと半端な奴しか集まらん。そいつらを狙わないといけない。」

「オルドヴスト…は、リュドミラくんの実家ですね。貴族家はよほどのことが無ければ動きませんよ。

 それからフレイア教授たちは……多分手を貸してくれます。

 探索者は…いるに越したことはないと思います。」

「あの魔獣の噂はそれなりに広まっている。腕利きの探索者のなかで挑んでみたいと思っている奴はいるんじゃないか?」

「そう、だといいですが。」


 探索者協会へと戻って、無期限の依頼として〈霊峰山脈の悪夢〉の討伐依頼を出した。前金に金貨四十枚、成功報酬に金貨七百枚を出した。その場での査定の結果は高難度ではあるが緊急では無いと判断されて三級依頼として張り出された。

 マルバス迷宮産の丸薬型迷宮品もほぼすべて売り払いようやく報酬金を用意できた。


(あれは何人もの猛者を倒してるんだよな。仇討ち、腕試し、報酬に目が眩むことはまあないだろうが、どれだけいるか)


 翌日、翌々日をオルドヴスト家の騎士隊に混ざって訓練をした。ライオネルと話す時間があったので、〈霊峰山脈の悪夢〉の話をした。ライオネルがケーニッヒやトーランをはじめとした実力者たちを呼んだためその中で話すことになったが、やはり協力は難しいとの事だった。最初に口を開いたのはケーニッヒだった。


「…探索者で何とかできんのか?」

「難しいと思う。見立てではその魔獣は影獣だから、魔術が使える上に近接戦もできる奴らを集めないといけない。

 それに実力者たちが一度潰走しているから、実力を弁えている奴は食いつかないだろう。」

「だから魔術も近接もできる我等か。」

「個人としては参戦したいところだが、オルドヴスト家の守護や治安維持もある。おい、ケーニッヒ。何か案はないか?」

「治安維持の観点で行けば良いでしょう。

 近頃の魔獣の発生率が高くなっていることは明白。軍事訓練の一環として帝都近辺の魔獣を一掃すると言いましょう。

 現当主でも、今回の場合は武家の習わしと思って納得してくれるでしょう。」

「他家を巻き込むべきか?」

「やめておきましょう。他家の騎士はほとんどが対人専門です。対人には一定以上の強さを持ちますが、もしたかが魔獣と侮っていればむしろこちらが危ない。」

「ふむ。では近々魔獣相手の戦闘訓練を行うと申請しておこう。

 参加は志願制とし、通常の任務を行うための居残りも決めておけ。」

「わかりました。」

「探索者クロム、出立の日付がわかり次第教えろ。こちらは明日中に演習要員を選定する。」

「わかった。」


 前衛のクロムの他に、魔術が使えて深層の探索者にも引けを取らない騎士たち、強力な術士としてディンが加わる。

 強力な布陣だが、この戦いに強力な魔術が使えないクロムは深く関われない。今のクロムには〈夜叉の太刀〉があるから一応の攻撃手段になるが、魔術攻撃の出来る騎士たちのほうが活躍できるだろう。

 その夜、情報屋が多く屯している酒場へ向かい、あることを確認した。情報はすぐに貰えるだろう。

 オルドヴスト家で話が着いた翌朝にディンがクロムのもとへ押しかけて来た。


「……すみません。失敗しちゃいました。」

「どうした?」

「〈乱れ焔〉フェイジュに協力を取り付けに行ったんですけど…しばらくは、その、霊峰山脈に立ち入らないそうで……。」


 〈乱れ焔〉は最初に〈霊峰山脈の悪夢〉と対峙した探索者の一人だ。〈回復リトロヴォ〉の使える彼がいなければさらに数人死んでいたと聞く。

 魔術の使える実力者で、〈霊峰山脈の悪夢〉を知る者として目を付けていたのだ。


「仕方ないな。騎士隊と俺達でどれだけ戦えるか…」

「騎士隊?」

「オルドヴスト家の騎士隊から数人来てくれることになったんだ。」

「なん…え…?」

「オルドヴスト家の騎士隊から数人来てくれることになった。」

「オ、オル…?」


 言葉が咀嚼できないのか、ディンが妙な顔をして固まった。目を少し泳がせて、目を瞬いて、怪訝そうな顔でもう一回、というかのように指を一本立てた。


「オルドヴスト家の騎士隊から数人来てくれることになった。」

「……オルヴヴスト…もしかしてオルドヴスト家?応援が来るんですか?」

「そう言っている。」


 ディンはようやくクロムの言葉を理解して、希望が見えたときのような顔をした。


「ああ、これなら前衛も後衛も解決しますね!で、ですが、まだ足りない、と思うんですよ。」

「まだか?」

 ディンは集めた情報の他に、噂で聞いている話を聞いているとどれだけ戦力を揃えてもいいと考えていた。臆病な性格がその考えに拍車をかけた。

「まずは索敵…これはクロムさんだけでは難しい。騎士隊には影獣と戦うために温存させたいと思います。」

「ああ…それは確かに。」

「それから、ええと、消耗しないように魔獣を探すルートを選びたい、です。」

「ああ。」

「それから強力な術士。〈回復〉ができるとなお良いでしょうね。」

「影獣は魔術に弱いからな。ディンだけじゃだめか?」

「自信が無いです。大人数がいるなら、ぼく一人だと魔術の発動が遅くなります。」

「そうか。」


 クロムはディンの魔術の攻撃力は迷宮深層の探索者にも匹敵すると思っていたが、それでもまだ足りないのだという。


「あとは…ああ、食料とかの運搬とか…。」

「それは〈収納袋〉の限界までいろいろと入れていけばいいだろう。」

「あ、あるんですね。流石です。

 あとは…それを踏まえて、やはり連携が取れる人たちがいいですね。」

「今、情報屋に〈深淵の愚者〉という二級パーティの居場所を聞いている。そろそろ結果が出るはずだ。一緒に行こう。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る