38.

 ディンを連れて裏通りへと向かう。ディンはこのあたりは全く来ないようで、物珍し気に視線を泳がせていた。

 ある酒場へと入って、目的の男を探す。


「情報屋。頼んでいた情報は?」

「へへ、〈白蜈蚣〉さん。勿論でさあ。でも、まずは…ねえ?」

 金貨を一枚出して情報屋の前に指で進めた。情報屋は大事そうにそれをしまうと、酒を注文した。

「ええと、まずは〈深淵の愚者〉。オセ迷宮探索後はサブナック迷宮とカークリノーラス迷宮を攻略して、丁度帝都へと向かってまさあ。明日あたりに到着する頃かな。

それからあ、優秀な単独か少人数パーティの探索者でしたっけ。魔術のできるってのが随分厳しかったが、これにまとめてありまさぁ。」

 情報屋は不揃いな数枚の紙をクロムへと渡した。

「気になる人ぁいますかい?追加で教えましょ。」

 ディンと紙を覗き込んでいたが、一つの名前に目を止めた。

「あの、この人って…」

「うん?ああ、ラーダは〈水の祝福〉の生き残り。仲間…ってえか恋人の敵討ちをしたいんだとか。健気ですなぁ。」


 クロムも〈水の祝福〉の噂は聞いていた。優秀な回復術士を幾人も抱えた持久戦を得意とする三級パーティだ。そして〈霊峰山脈の悪夢〉の前に散ったパーティでもある。


「……クロムさん。」


 その書かれた名前だけをじっと見ながら、ディンが神妙に口を開いた。

 〈回復〉の使える術士。強力な探索者。そしてあの魔獣の追っている人間の一人。

 クロムもディンも口にはしなかったが、〈悪夢〉が探している人間の一人で、〈悪夢〉を釣るための餌。

 情報屋の男は口元に薄く笑みを浮かべながら酒を口元へ運んでいた。


「お目当ての方ぁいましたかぁ?」

「ああ。このラーダって奴の情報を教えろ。」

「へえ。

 ラーダは〈回復〉を使う、盾戦士で術士。小盾で守り、傷ついたら自前の〈回復〉で癒しながら戦う堅実な戦い方をする。崩すのは…マァ…お二方なら簡単かもなあ。それからい¥くつかの攻撃用の魔術を使う。こっちは詳しくぁ知らねえ。

 〈水の祝福〉の頃ぁ索敵もやってたらしいですぜ。」

「索敵もか。」

「ああ。〈静寂の波紋〉ってえいうザガン迷宮二十八層から出た索敵用の迷宮品があってですねえ。

 〈静寂の波紋〉の持つ〈索敵〉ってぇ効果で周囲百歩の様子を探ることができるんだとか。陰に隠れてピクリとも動かなくても分かっちまうんだって話だあ。」

「ふうん。」

「彼女の話じゃあ、討伐に向けて強力な面子を探してるらしいですぜ。

 問題はお二方じゃあ彼女のお眼鏡にかなわないってぇことだけでぇ。」

「ちょ、ちょっと、待った。ぼくたちじゃ駄目というのはなぜです?」

「これ以上は追加料金。そうだな、銅貨五枚かな。」

「……どうぞ。」


 ディンが財布から金を取り出して差し出す。男はそれを受け取ると、小声で話し始めた。


「…いいですかい、彼女はね、魔獣を殺しに行くんじゃあない。殺されに行くんです。」

「…どういうことだ?」

「最初に言ったでしょう、恋人の敵討ちって。」


 情報屋は既に干した酒瓶を振って、ほんの二滴ほどが杯に落ちた。面白くなさそうに舌打ちしてから、店員に更に酒を注文した。出された酒瓶に直に口を付けて飲んだ。楽しむように淵を舐めとって酒瓶から口を離して、胡乱気な目でクロムたちを見た。その目がクロムを見透かしているように思えて妙に恐ろし気に感じた。


(……なんだ、今の寒気は…。)


「恋人…同じパーティのランバートって男は、彼女の〈回復〉の魔術が効かなくて死んだんでぇ。彼女の最終目標は後を追うことで、〈霊峰山脈の悪夢〉に勝ったうえで戦いの結果死なにゃあいかんと考えているようですよ。

彼女が求めているのは劇的な死。仇討ちを成し遂げられる戦力、しかし自分は死ななけりゃいけない戦力。それが彼女の探している仲間ってぇ…難儀なことです。」

「自棄になって死にたがっている、ですか。」

「情緒もへったくれもないですねえ学者の旦那。

 でもまあ、〈白蜈蚣〉の旦那にはそう言わにゃあわからんでしょうね。」

「……。」

「まあ、彼女がどこにいるかは教える必要がねえ。探索者協会で今日、〈霊峰山脈の悪夢〉の共同討伐依頼に志願したらしいからなあ。」

「ふうん。ところで、他にはいないか?悩んでいる奴等でもいい。」

「…いや、いないねえ。ザガン迷宮で希少種が出たとか噂があって、有力なのはみんなそっちに行ってるよ。」

「希少種?」

 銀貨を一枚取り出して情報屋に聞いた。情報屋は銅貨四枚を釣銭として返す。

「確定情報じゃあねえから安くしとくよ。

 そいつの見た目は牛頭鬼バクカプトに近いようだが、体躯は二回り大きくて、かつ俊敏。武器も持ってる。鎖の先に付いた錘は〈破壊〉の効果があって、武器を合わせると破損するらしい。鎖のほうもなんか妙な能力があるらしいですぜ。

 それから、傷ついてもすぐに傷が塞がるほど再生力が高いんだと。

 交戦した〈常闇の翅〉が言うには初めて見る種類だそうだ。希少というよりも新種かもしれんが。散開してやり過ごして、なんとか逃げてきたんだとさあ。

しかし最近やけに希少種の出現が増えてる気がするなあ。」


 ザガン迷宮はザガン鉱山洞窟にある未踏破迷宮だ。四十八層までは探索されているが、洞窟型の迷宮のため探索する者は少ない。出てくる魔獣は蝙蝠や蛭、いくらかの虫型の魔獣が主で、時折牛頭鬼と馬頭鬼エクカプトといった種類もいる。

 大抵どこの迷宮でも牛頭鬼や馬頭鬼は上位の魔獣だ。それの希少種は更に強くなるのだから、相当厄介だろう。


「……クロムさん、そっち行きませんよね?」

「他の探索者が行っているんだろう?それに、魔獣は迷宮から出ない。〈悪夢〉のほうが急いで討伐するべきだろう。」

「よかった。じゃあ、まずはラーダさんを味方に引き入れましょう。」

「ああ。」


 ディンと目配せして、席を立った。去り際に情報屋が酒瓶を傾けながら声をかけた。


「あ、そうだ、〈白蜈蚣〉の旦那ぁ。」

「うん?」

「俺達ぁね、情報を売ることもしますけど、買うこともしますからあ。

 なんかいい情報あったら売ってくださいよ。なんでもいいんでぇ。」

「覚えておこう。」



―――

 探索者協会でラーダを探した。職員に聞けばすぐに見つかった。


「お前が〈霊峰山脈の悪夢〉を追っているラーダか。」

「あなたがこれの依頼主?」

「そうだ。」


 ラーダはクロムより頭一つ半は小さいが、戦士らしくかなり筋肉質な女性だった。小さな盾の他に短剣や杖を腰に差して、いつでも戦いに出れるような姿でいた。


「……〈白蜈蚣〉の噂は良く聞いている。最近はオルドヴスト家に出入りしていることも。だがそっちは?」

「あっ、ぼ、ぼくはディンです、ええと、魔導学院で教授をしています。」

「ふうん。で、戦えるのかい?」

「人見知りする奴だが、ちゃんと迷宮の深層で戦える奴だ。安心しろ。」


 ラーダは少し考えていたが、やがて口を開いた。


「わかった。それで、いつ討ちに行くの?私はすぐに行ける。」

「もう少しだけ待ってください。」

「なに?」

「ひっ…ええと、その、索敵できる人手が足りないんです。」

「なんだい、女なんかに怖気づいて。それに索敵の人手なんていらないだろう。私が居るんだから、〈悪夢〉は私目掛けて走ってくるだろうさ。」

「いや、その、他の魔獣が。」

「…他?二合目くらいまではここ数日の間に大規模な討伐がされたから、そうそう合うことはないよ。」

「人数が多いからな。まず魔獣がお前目掛けて襲うと決まったわけではない。それに、〈回復〉が使える術士が欲しい。」

「私だけじゃダメかい。」

「駄目だ。」


 ラーダがクロムを睨んだが、それに動じるクロムではない。先にラーダが目を逸らして、わかったよ、と小さく呟いた。


「だが、早いうちに討伐に行きたいのはお互い様だろう?いつまで待てばいい?」

「本当に数日、待ってください。逆に言えば、事態は性急です。十五日、それ以上待つこともできません。なるべく早めに行くつもりです。」

「…それならいい。それまでに準備しておく。」


 ラーダが荷物を持って場を離れようとしたが、この後クロムはオルドヴスト家騎士隊に紹介するつもりでいたから引き留めた。ラーダはそうかと言って、クロムから少し離れた場所に立った。

ラーダと合流できたから、もう一つの用事を済ませることにした。他の志願者たちの選定を行うことが一つの目的だった。

 職員からは、クロムたちが出した討伐依頼に他に何人か志願していると言われたが、すぐに合える数人に合ってみたが実力が足りていないと感じて断った。


「…今の人たちも三級パーティだったんですが。お眼鏡にかないませんでしたか?」


 四組目のパーティを断ってから、職員がおずおずと問いかけてきた。


「ええと、その、戦闘と魔術と索敵のできる人たちが欲しいんですけど、その…それすべてが満足できないなら今回は連れていけないです。」

「は、はあ。次は〈深淵の愚者〉っていう二級パーティです。昨日帝都に来たばかりのパーティで…」

「あれ?それって。」

「手間が省けたな。そいつらと会わせてくれ。」

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