36.

 その翌日は朝の修練だけした後は宿の布団の上でぐったりと横たわり、翌々日にライオネルと相対した。


「良く休めたか?」

「ああ。」

「なら良い。体を休めることもまた修練のひとつだからな。

 では始める。殺す気で来い。」


 ライオネルが硬貨型の魔道具〈仮初の帳〉を投げた。

 硬貨が地面に落ちる瞬間、互いに剣を抜いた。クロムは上段に振り上げ、ライオネルはだらりと腕を下げた。ライオネルの初手は土埃を飛ばす〈浜風〉。クロムは顔をわずかに背けて真っ直ぐに〈落雷〉を放つが、〈滝壺〉で受け流される。流されたとわかった次の瞬間にはすかさず〈噴火〉を放つが、空を切った。


(…〈朧〉か!)


 〈旋風〉を放って周囲を薙ぎ払おうとして、振ろうとした剣が〈逆波〉で弾かれた。

 距離を取ろうと退くが、ライオネルは〈這蔦〉でピタリと距離を詰めてくる。〈無月〉で無理やりに隙間を作り、〈吹雪〉の連続攻撃を放つが、〈漣〉で軽くいなされた。〈煙霧〉を狙ったが、〈波濤〉の退きの要領で躱された。

 クロムも〈浜風〉で土を飛ばしながら、剣を投げる〈礫〉を放つ。

「剣!」

 投げた剣が受け止められた隙に接近し、〈早風〉と〈空蝉〉の合わせ技を放つ。ライオネルが放った〈逆波〉はあてが外れたように空を切り、〈空蝉〉の斬撃がライオネルを襲ったが、ライオネルは伏せて躱した。

(っ〈地均し〉がくる!)

 飛び上がって躱したが、通り過ぎた左手には剣が無く、今まさに右手の剣を振ろうとしていた。〈天岩〉で滞空時間を稼いで回避したものの、距離ができてしまい形勢は互角に戻ってしまった。


「…まあ妥当だな。続けるぞ。」


 互いに〈木枯らし〉から入って剣を打ち付け合う。どちらからともなく〈浅霧〉で引き、クロムは逆手に持ち替えて〈逆鱗〉を放とうとしたが、ライオネルは〈旋風〉で応じたため踏み込めなかった。

 〈氷柱〉に切り替えて突き出すが、〈滝壺〉で逸らされ、剣が右手首へと延びる。


「〈鋼鉄〉っ」


 金属質な音が小さく響いて、クロムの腕は無事だった。左手で剣を再び強く握り〈逆鱗〉を放った。クロムの斬撃は鎧に阻まれたが、互いにようやくまともな一撃が当たった。


「……。」


 互いに押し合って互いに二歩ぶんの距離を取った。


「…お前、騎士になるつもりは?」

「ない。」

「惜しいな。」


 再び技の応酬が始まる。そこからは互いに攻撃が当たらないまま時間だけが過ぎた。

 距離を取り直して再び接近して応酬し再び離れることを三度繰り返した。


(…ライオネルの動きが精彩を欠いてきたかな…いや〈薄雲〉か?)


 再び互いに全身に力を入れ、技を放つ。クロムが放ったのは〈紫電〉だ。ライオネルは〈早風〉を放ち、剣はぶつからなかった。


「フっ……」

「……ガハッ」


 クロムは真一文字に腹を裂かれたが、ライオネルの首にはクロムの剣が深く突き刺さっていた。互いの頭の上に炎が五つ灯り、褪せた世界が戻り互いに怪我が消えた。

 一つ溜息を吐くとクロムは剣を投げ出してふらふらと地面に倒れこんだ。恐ろしく精神が疲弊した気がしていた。ライオネルは剣を鞘に納めて、事もなげな様子で木陰で座り込んだ。


「……引き分け。いや、俺が倒れているから負けかな。」

「クロム、明日もやるからな。明日は魔術を混ぜる。

 休憩をした後にうちの騎士らと混ざって稽古をつける。」

「…わ、わかった。」


 その後多少回復したクロムは騎士団と混ざって訓練をした。この日はひたすらに基礎訓練だったのか、胴や四肢に重りを付けてひたすら走った。ウルクスと過ごした中で似たようなことをしていたから、少し懐かしい気分になった。

 数度の休憩をはさみながらも、日が暮れるまで号令がかかるまで庭を走らされた。全員が走り切ったものの、錘を外した後に立っていられたものはクロムの他に十人ほどしかいない。その中にはサイラスもいた。

 少しだけ休憩した後に集合がかり、その日は解散となった。

 ライオネルから全ての技を習得して二十日が経った。

 ディンとリュドミラと一緒に迷宮へと潜る日以外は毎日のようにオルドヴスト家の騎士たちと訓練をした。昼前は錘や荷を背負ってひたすら走り込み、昼後は引き続き走り込むか、ひたすら乱取りをする。


「クロム。今日も手合わせ願おう。」

「…ああ。」


 サイラスはクロムに対抗心を持っているのか、毎日のように手合わせを申し込んできた。今のところクロムが勝っているが、それでもサイラスはめげずに挑んできた。

 剣を合わせているとサイラスは守りを重視しているような動きをする。守っている間は山明経流の技の練習台扱いだったが、未だぎこちない技と技の継ぎ目を狙って放たれる刺突の技は恐ろしく鋭い。


「…今日も俺の負けだ。探索者とはみんなこう強いのか?」

「さあな。強い奴は強いからな。」

「そうか。」

「興味があるのか?」

「ないわけではない。…が、もしお前のように迷宮で鍛えた者たちが束になって襲ってきたらと思うと、な。」

「…む。そんなことがあるか?」


 クロムの問いに少しサイラスは考えたそぶりをしていたが、少しだけ目を伏せて口を開いた。


「……いや、なんだ、騎士とは探索者だって取り押さえなければならないこともある。正直今まで取り押さえてきたような探索者は大抵問題なく抑えられた。犯罪者だって、たまに厄介な魔道具や迷宮品なんかを持っていることもあったが、それでも取り押さえらえていた。

 …だからかな、少しお前たち探索者というものを甘く見ていた。

 思えば、深層に潜れるような探索者は迷宮とか、未開の地ってところにしか興味ないんだろう。

 だがもしお前の様な強いのがごろごろいるなら、当主殿や…皇帝様を襲う輩が出てきても不思議ではない、ならば、いつか対峙することになる。

 俺たちはもう一段か、二段か、あるいはもっと強くならなければならない。

 だがどうやって強くなればいいのかと、そう、思っただけなんだ。」


 サイラスは言い切ってから、弱ったような、どうすればいいかわからず思い悩んでいる風な表情をした。


「……迷宮で鍛えないのか?」

「俺たちは忠義によって奉公しているが、もっと有体に、現実的に言えば雇用関係だ。

 当主殿…探索者ふうに言えば依頼主か。ともかく雇い主の意に反したことはできないだろう。」

「ああ、そうだ。道理や信条に反しなければ、基本的には従わなければならん。」

「俺達もそうだ。騎士とはいざ有事の鎮圧や主や関係者、その財産の警護に役目としての巡回や揉め事の調停なんかもある。その本分を疎かにして迷宮に行くことはできん。」

「もしかして今まで一度も迷宮に行ったことがないのか?」

「当然だろう。」


(こいつら、迷宮に潜ったら手の付けられない化け物になるんじゃないか?)


「まあ、気にしないでくれ。迷宮で戦う練習ができればと思っただけさ。」

「いや、お前たちは十分強いよ。迷宮に入れば、中層だって楽に攻略できるだろう。」

「はは、そうかな。」


 クロムの頬に冷たいものが走った気がしたが、何食わぬ顔で別れを告げてその場を後にした。

 

 ―――

 黒い男が剣を振り抜く。力任せに振られた刃は熊型の魔獣を引き裂いて赤い飛沫を撒き散らした。

 魔獣はそれでも抵抗を続けたが、男は淡々と剣を振って魔獣を追い詰めた。

 最後の抵抗もむなしく切り払われ、魔獣は息絶えた。

 これ以上魔獣が動かないことを確かめてから、剣を一度振って付いた血を飛ばした。


「また力任せに倒したの?」

「……。」


 男は火打石で枯葉に火を点けると、魔獣の死骸に沿えた。まだ瑞々しい死骸には火は中々移らないまま消えた。


「貴方が武器の技の一つでも覚えればいいのに。」

「それは俺の都合じゃない。魔獣を殺せる力があるなら人間もまた同じだ。」

「その理屈は良くないわ。人間は魔獣より強い者もいる。」

「すべて踏み潰す。それでいいだろう。」


 枯れ木を集め、死骸に乗せた。再度火を点け、枯れ木に移り少しずつ死骸に燃え移っていった。


「…はあ。それでは後で私が困るのだけれど。」

「困らないようにしてやる。そう決めた。」


 男は立ち上がると、坂を下って行った。

 ―――

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