35.

 ライオネルに連れられ、庭の更に奥へと進んだところで歩を止めて、剣を抜いた。

 クロムもそれに倣い、剣を構える。


「まさか少し教えただけの〈浅霧〉に、〈逆波〉と〈白波〉まで使えるとは思わなんだ。」

「〈浅霧〉は…なんとなくやったらできた。ほかの技は知らん。」

「…自覚なしか。サイラスとの一度目の戦いで、サイラスの振りかぶりに追撃して動きを邪魔しただろう。あれが〈逆波〉だ。

 それからトーランとの戦いで見せた、相手の攻撃と同じ方向に武器を振い、攻撃を逸らす技。拙かったが、あれが〈白波〉だ。

 それができるなら山明経流の技の習得自体はひと月もかからんだろう。」

「そんなものなのか?」

「うむ。習得してからが本番なのだ。あらゆる技と技の継ぎ目を無くし、すべての技に魔術を乗せて放てるようになり、最終的に揺らがぬ精神より即応できるようになって〈明鏡止水〉の境地に至る。」


 ライオネルがしたり顔でクロムへと諭すが、クロムは苦い顔をしてこめかみを抑えた。


「最初のはわかった。だが俺は魔術はろくに使えないから、それはできん。最後のやつに至っては全くわからん。」

「なに?〈火〉や〈水〉くらいはできよう。基本だぞ。」

「見たほうが速いか。〈火〉」


 クロムの指先に爪程度の大きさの灯った火が少しだけ燃えた。それを見て、今度はライオネルがこめかみを抑えた。それからすぐに〈火〉は立ち消えた。


「……なんだ、これが全力か?ならとんでもなく魔術の才能が無いな。おい、本当にこれが限界か?」

「限界だ。そういえば、以前体外魔力が三で体内魔力は十程度しかないとか言われたな。」

「なんと、一般人の足元程度か。ならば本当に武技だけになるな。

 武具に種々の魔術を纏わせた攻撃こそ山明経流の技をより活かすと我は思っているのだが。」

「それは諦めている。それよりも、最後のは何なんだ?」


 ライオネルは瞑目し少し考えた後、口を開いた。


「水たまりに石を投げ込めば飛沫が飛んで波紋が広がるだろう。」

「…?ああ。」

「〈明鏡止水〉とは即ち波風ひとつ立たぬ鏡のように眩く映す水面の事よ。」

「わからん。」

「身のかすかな動作や、一切の思考と感情を深く鎮め、身の感覚を研ぎ澄まし、水面が移す光がかすかな波風に応じてかたちを変えるが如く技を出す。そういう境地があるという。我は勿論、技と目指す先を教えてくれた師も、その師をも至れぬという、まさに幻の境地である。」

「成程、わからんことだけはわかった。」

「魔術が使えぬなら、ひたすらに技を練り上げるしかないな。」

「そうか。じゃあ、早速技を教えてくれ。」

「…うむ。合わせて三十の型がある。全て使えるようにせよ。」

「ああ。」


 ライオネルは次々にクロムの知らぬ新たな技を出した。クロムはそれを観察し、防ぎ、躱し、ライオネルから良しと言われるまで技を練習した。

 日が暮れるころには、身を引きながら武器を振う〈無月〉、死角へと入って一切の気配を絶つ〈朧〉、伏せた体勢から薙ぎ払う〈地均し〉の三つを新たに習得した。

 元々ウルクスから教わった技は、相手を紙一重でわざと外す〈薄雲〉、大上段から振り下ろす〈落雷〉、武器を極わずかな時間に数度振う〈散花〉、狙いに向けて真っ直ぐに突く〈紫電〉といった。

 わざと外すことに意味があるのかとライオネルに聞いたところ、まれに混ぜると相手が攻撃を避けられるようになってきたと勘違いするのだという。要は相手の攻撃への感覚を狂わせる技だ。


(魔獣相手では使えないだろうが、技としてある以上は人間相手なら使えるんだろうな。)


 他に以前ライオネルとの戦いで見た、競り合いを外す〈浅霧〉、牽制の〈木枯らし〉、一撃離脱の〈波濤〉も同時に習得した。

 三十の技のうち、十の技を覚えたことになる。


「やはり素養が良いな。明日は四つか五つか、技を覚えてもらう。」


 そんなに早く覚えられるものかと心の内で思ったが、疲労と新たな攻撃方法を覚えた達成感で否定の言葉を発することができなかった。

 その日はアールの案内で宿へと帰り、軽い夕食を食べてから泥のように眠った。

 翌朝、新たな技を加えて型稽古を済ませたところで、アールが馬車でやってきた。


「朝は修練されていますので、少しでも体をお休めください。倒れられては大変です。」


 変わらず慇懃な態度で頭を下げるアールに何も言えず、馬車へと乗り込む。

 オルドヴストの屋敷へ着くやライオネルと庭の奥へと向かい、そこでまた修練が始まる。

 この日は相手の攻撃と同方向から武器を振い軌道を逸らす〈白波〉、相手の攻撃動作に合わせて呼吸を妨害する〈逆波〉のほか、武器を逆手に持って貫くように突く〈氷柱〉、跳んだ勢いのまま横薙ぎに振う〈旋風〉、中段に構えて相手の攻撃を細かい動きで防御する〈漣〉、弱く牽制の突きを放った後別部位に本命の突きを放つ〈茨〉、奮った武器の軌道を変えて攻撃する〈戯雨〉を習得した。

 翌日は身体を大きく捻り下から斬りつける〈巻雲〉と相手に張り付くように移動する〈這蔦〉の二つの技のみ徹底して何回も練習して、ようやく使えるようになった。


「元々できていたものもあるとはいえ、もう十九の技を習得したか。やはり素養があるな。今の二つは少し難しい技だったんだが。」


 ライオネルは喜んでいるようだったが、クロムとしてはいまいち喜ぶことができなかった。幾度も繰り返し練習して、ようやくできたものを当然のように受け止めている。クロムはこんな技は無茶だ、と叫びたい気分になったことも何度もあった。

 その翌日は騎士団の用事があると言って、ライオネルはクロムへ休みを言い渡した。

 ディンとリュドミラも丁度ブネ迷宮へ向かおうとしていたところに行き会い、共に迷宮に潜って浅層で影獣に通じる攻撃の検証を重ねた。

 魔術を纏わせた武器での攻撃は影獣に通じたが、剣自体は影獣の毛皮に弾かれた。

 不思議なことにライオネルからもらった〈夜叉の太刀〉で影獣を斬りつけると、刃は通らないのに影獣は痛がるそぶりを見せた。

 数度確かめたところで、影獣の骨がばきりと嫌な音を立てて折れた。

 そこでようやく、物理攻撃自体は無効化していたが〈夜叉の太刀〉のもつ〈魔獣特効〉がこの魔獣に効いていたことがわかった。


「へえ、物理攻撃は通らないと思っていました。こんな効果のある武器もあるんですねえ!」


 ディンは興奮しながら〈夜叉の太刀〉を眺めていた。リュドミラもしきりに感心していたが、どこか焦る様子が見られた。


(…ああ、俺が物理攻撃を通さない魔獣に対する攻撃手段を持ったから、要らないとか言われることを懸念しているのか。

 ライオネル、お前のせいだぞ。)


 その翌日から再びライオネルから技の指導を受けた。攻撃を受け流す〈滝壺〉、威力を抑えた連続攻撃〈吹雪〉、相手の攻撃を躱しざまに手首を打ち付ける〈煙霧〉、踏み込みの足を切り払う〈地崩し〉、追撃に武器を投げる〈礫〉、武器で地を突いて足の代わりにする〈天岩〉を叩きこまれた。一日では満足に技を繰り出せるようにならず、四日かけてようやく習得した。

 この頃にオルドヴスト家に出入りしていることをリュードに知られた。ようやくこの四つの技を習得した頃にリュードが押し掛けてきた。


「ク、クロムさん!じじいとずっと剣の技の練習とか正気!?」

「ああ、俺から頼んだ。俺が知っていた技をライオネルが知っていたから、気になったんだ。」

「へえ、ええ?嘘だろう?わざわざライオネルから!?」

「ああ。」

「この男は大変技の習得が速い。もうすぐすべての技を覚えます。修練を積めば、よほどの手練れでなければ敵なしになるでしょう。」

「うへえ、凄い。流石だなあ。やっぱり私を連れて行ってもらわないと。」

「…姫様、少し危ないのであちらにいてください。」

「わかった。すこし見せてもらうぞ。」

「……探索者クロム。さあ、再開だ。残り五つの技も今日教えてしまおう。」


 ライオネルの口元は笑っていたが、目は笑っていなかった。


「なに、すぐだ。」


 残り五つの技、腰だめの体勢から抜き打ちの攻撃をする〈早風〉、片手で振った武器を途中で放しもう片手で取って振う〈空蝉〉、無音の一太刀を放つ〈無明〉、地を滑らせるように武器を振って砂を巻き起こす〈浜風〉、逆手に持ち替えて振り抜く〈逆鱗〉をひたすら叩きこまれた。四日かけてこの技を覚え、すべての技を習得したことになる。


「覚えるのが早いな。よし、明後日は技を使っての戦いをするぞ。全ての技を使えるようになったかそこで確かめる。

 明日は休むといい。」

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