34.

 ライオネルの案内で裏庭へと出た瞬間、叩きつけるような殺気を受けて、思わず身構えた。訓練の手を止め、三十人近い騎士たちがクロムを一様に見ていた。中には殺気を隠すこともなく睨んでいる者もいた。

 クロムもまた思わず剣の柄に手をかけて周囲を睨み返した。

 どの騎士もライオネルに引けを取らないような武威が漂っていて、深層の探索者だと言われても納得ができる。クロムではここの騎士たちに囲まれたら到底相手などとてもできないだろう。


「傾注!」


 ライオネルが声を張り上げた。騎士たちは姿勢を正し、殺気を収めた。


「この男はクロム。リュドミラ様の旅に同行する者だ。

 実力は我等とほぼ同等、彼の経歴を見るに人柄に問題なし。

我はこれよりこの男に技のすべてを教える。リュドミラ様を託すに十分な人物と思え。

以上!訓練に戻れ。」


 ライオネルの言葉は騎士たちに困惑をもたらした。誰もが、様々な感情を浮かべながら互いに顔を見合わせていた。

 その中の一人、クロムにひときわ強い殺気を飛ばしていた男が手を挙げた。


「隊長。異議を唱えさせていただきたい。」

「サイラス。言ってみよ。」

「はっ。隊長は問題なしとお思いでしょうが、彼は出自がはっきりしない、数か月前に帝都に流れ着いてきた、そうそう得体の知れぬ男と割れています。

 この男が我等オルドヴスト家の騎士と同等の力を持つとは思えません。もっと言えば、調査したらば探索者となったのもわずか四ヶ月ほど前。それで迷宮深層を攻略できるとは到底思えません。」


(ずいぶんとはっきりという男だな。)


 ライオネルは少し顔を顰めたが、サイラスと呼ばれた騎士は続ける。


「そもそも、リュドミラ様がオルドヴスト家を捨てるなどというのは、婚前で気持ちの不安定である一時の気の迷いに決まっています。

 いや、まさか、隊長はリュドミラ様の奔出に賛成なのですか!?」

「あれほど才に溢れるリュドミラ様を見ようとしない家から逃げたがるのも致し方なし。

 若君が気骨の一つも見せるなら話はまた少し違っただろうが。」

「隊長。それ以上はいけません。

…奔出を勧められるというなら、我等のうちだれかが着いて行けばよいではないですか。」

「ならん。我等はオルドヴスト家に仕える身である。そもそも我等の主はリュドミラ様ではない。現当主であるクドラ様だ。弁えよ。」

「…おっしゃる通りです。ですがせめて、せめてこの男の実力が知りたいのです。

 我等が、私が着いて行くことができないならば、この男が私より強くなければ。」

「案ずるな。我に引けを取らん。これから山明経流の技を教える。」


(あの技、センミョウキョウリュウというのか。言い辛いな。)


 変な関心をしている間に騎士たちは驚いた様子で、しかし規律を守るべく驚愕を表情の身にとどめていた。


「な、な、な…いや、まさか。た、立ち合いを…。」

「やめておけ。お前の能力は認めているつもりだ。だが、クロム殿と戦えば結果は火を見るより明らかだ。」

「そ、そこまで。」

「クロム殿、すまないが何人か叩きのめして静かにさせてくれ。」

「立ち合いを求む。受けられよ、クロム殿。」

「…ああ。」


 サイラスとクロムは向かい合って互いに剣を構える。始めという声と同時に動いたのはサイラスだった。気合いと共に切りかかる。


「はあっ」


 一撃はクロムの剣の腹で止められ、押し込めないとわかるや再び剣を振り上げた。ごくわずかな時間であったが、クロムはすかさず剣を突き出し、サイラスの剣柄を押し込むように打つ。予想外の力のかかった剣が制御を失い、サイラスは仰け反る形で硬直した。


「あっ…」


 間の抜けた声を消すように、サイラスの左腹を剣が打ち据えた。サイラス自身は鎧に守られたとはいえ、腹は弱点だ。二歩ふらふらと下がって軽く咳込んでいる間に、既にクロムの剣が首に添えられていた。


「も、もう一本…」


 クロムは無言で距離を取ると、号令を待った。

 号令と共にクロムが弾かれたように飛び出し、真一文字に振う。これをサイラスが剣でうけとめることで一戦目の攻守が入れ替わった形になった。


(やってみるか。力を込めながら…引く!)


 膠着していた状況は崩れ、力を込めすぎていたサイラスの剣が宙を泳いだ。

 剣先でサイラスの腕を叩き、そのまま首へと持っていく。剣を首に突き付けられたサイラスは絞り出すように声を発した。

「……ま、まいった。」

 剣を納めるとサイラスは木陰へとふらふらと歩いていき、倒れこむように座った。

 それを見届けたクロムは目線で次の相手を探した。いきり立ったような表情をした何人かがいたが、それらを押しのけて出てきた男がいた。

 周りの人間はクロムと同じか、クロムより頭一つ大きい者が多い中で、彼等よりも更に一回り大きな男だった。


「俺はトーラン。オルドヴスト騎士隊の一番槍だ。俺を認めさせれば、他の者がお前に喧嘩を吹っかけることもない。個人の戦闘能力だけならば、俺が一番強いからな。」

「へえ。ライオネルよりも強いのか?」

「さてな。だが、匹敵するとは思っている。」

「ふうん。わかった、早くやろう。」

「うむ。」


 トーランの武器はその身ほどの長さのある棍棒だった。それも木ではなく鋼でできた棍棒だ。相当に重いであろうその棍棒をゆっくりと持ち上げ、両手で中段に構えた。

 クロムは剣では太刀打ちできないと悟り、鎚を取り出した。


「そうだな、良い判断だ。」


(あんな重いものを打ち付けられたら、ひとたまりもない。直撃は避けなければ。)


 号令がかかり、トーランの棍棒が振り抜かれる。なかなかの速度だが、重さゆえにサイラスの剣よりは遅い。二歩退いて回避するが、棍棒はすぐに止まってクロムを追撃する。身をかがめながら回避するが、更にもう一撃がクロムを襲う。これを鎚で殴るようにして逸らしたが、トーランに驚いた様子はない。小手調べのつもりなのだろう。


(あれほど重いだろうものを軽々、それも細やかに振り回せるなんてなんて膂力だ。腕が長いのも厄介だ。幸いに図体がでかいから横に振られる攻撃は回避できそうだが…あの速さで制御できるから、うっかりすると叩き潰されそうだ。)


 七歩分の距離を取って鎚を構えると、つい言葉が漏れた。


「…恐ろしいな。」

「今ので顔色一つ変えないか。これはどうだ。〈火〉!」


 トーランの棍棒が炎を纏う。

 騎士が魔術も使うというのはライオネルとの戦いで知っていた。だが、武器が炎を纏ったのは初めて見た。


(あれは…物理攻撃なのか?魔術なのか?魔術は外套が防いでくれるが、棍棒の攻撃は無理だろう。)


 鎚を握る手により力が入る。

 トーランがその場で真一文字に棍棒を振う。棍棒が纏っていた炎が、その勢いに乗るかのように広範囲に撒き散らされるように飛んだ。クロムは真っ直ぐに距離を詰め、炎を受けながら鎚を振りかぶった。


「おっ…!」


 全力で振ったはずの鎚は、いつの間にか引き戻されたトーランの棍棒に防がれた。トーランが一歩も引かず全力の攻撃を受け止めていたことに、思わず笑いがこぼれた。


「おおっ…おおおっ!迫る魔術に怯まぬ精神力!俺を押し込められる膂力!俺と並ぶほどの…素晴らしい!」


 驚いた表情に歓喜を混ぜて、トーランが爛々と目を輝かせ、牙を剥き笑顔を見せた。気の小さい者なら恐怖で委縮して動けなくなるような凶暴な表情だが、クロムは今の鎚での一撃が防がれたことに驚きを隠せなかった。


「…まさか防がれるなんて思わなかった。」

「光栄だな。次は何を見せてくれる?魔術か?それとも別の武技か?」

「…〈剛力〉。」


 小さく呟くと全身に力があふれてくる。先ほどの攻撃の倍以上の攻撃力で押して駄目ならば、いよいよこの相手は倒せない。


「〈強化プリフォティゴ〉!」


 どちらからともなく踏み込み、真一文字に鎚を振う。互いに直接相手に当てるつもりはなく、互いの武器に当てた。どちらの攻撃も当たればただでは済まないと、先ほどの応酬でわかっていたからだ。

 武器同士が激しくぶつかった音と痺れるような衝撃が止んだとき、クロムは武器を振り抜いた状態で制止した。そしてトーランも同じく棍棒を振り抜いた姿だった。違う点は二つ、クロムの鎚の錘が衝突で千切れ飛んで地面に転がっていたこと、トーランの棍棒が手から零れて地に落ちていたことだ。


「そこまで。この勝負はトーランの負けとする。

トーラン、今腕を痛めただろう。すぐに〈回復〉をしてもらってこい。」

「……ぬ…う…わかりました。クロム、今の一撃見事だった。真っ向から力負けしたのは、久しぶりだ。」


 トーランは棍棒を取ろうとしたが、痛みに顔をゆがめた。トーランは棍棒を持ち上げることを諦め、クロムに向かって軽く頭を下げた。


「…ああ。俺も力勝負でこんなに拮抗したのは…あの白い蜈蚣以来だ。」

「はは、お前が倒したとかいう希少種か。ははは、そうかそうか、実に愉快だ、はははは。」


 トーランは何がおかしかったか笑いはじめ、ひとしきり笑ってから屋敷へと下がって行った。


(……俺の膂力はかなり強いほうだと思っていたが、世の中は広いなあ。)


「さて、諸君。まだ戦いたい者はいるか?」

「隊長。今の三度の試合を見せられて、まだこの探索者を試そうと思う輩はいません。

 その実力は十分と認めていいでしょう。」

「うむ、最初からそう言っているだろうに。」


 騎士たちは口ではそういうが、実際に戦えば己の方が強いと言いたげな雰囲気を出していた。クロムも幽かに残る殺気としてそれを感じ取っていたが、口に出すことはない。


(…魔術があんな風に使えるなんてなあ。〈白輝蜈蚣の外套〉が無かったら、そもそも近づくことができなかっただろう。

もしああいう攻撃ができれば、ライオネルのなんとか流いう技というのももっと厄介になるんだろうな。)


「…うむ。では探索者クロムよ、これからお前は我と修練だ。

他の者は訓練に戻れ。ケーニッヒ副隊長、怪我人が出ないようしっかり見張るように。焚きつけられたのが何人かいるからな。」

 ケーニッヒと呼ばれた鋭い目つきの顎髭の男が頷き、騎士たちに号令をかけ始めた。立ち姿から彼も中々の強者だろうと思った。

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