33.
「おはようございます、クロム様。」
「…誰だ?」
いつも通り型稽古をしていると声がかかった。手を止めて声の主を見ると、慇懃な態度で頭を下げた男が立っていた。衣類の生地は庶民のものと違って皴や染み一つないほど綺麗で上等なものだとわかるが、飾り気は無い。そして眠そうな目以外にはあまりに特徴の少ない顔だった。
「はい。私めはオルドヴスト家の伝令係で、アールと申します。本日はオルドヴスト家が騎士ライオネルよりクロム様の案内を賜っております。」
そう言い切って腰を折る。貴族の遣いといえど、ただの探索者に取るような言葉遣いや態度ではない。本当に一人の客人として扱っているのだろうと思った。
「ああ、そういえば遣いを出すとか言っていたな。今すぐに行くのか?」
「いえ。クロム様の良い時にご案内致します。」
「そうか。じゃあ、少しだけ待ってくれ。型稽古が途中なんだ。」
「承知いたしました。拝見していてもよろしいでしょうか?」
「見ても面白くはないと思うぞ。好きにしろ。」
アールがありがとうございます、と言葉にするより早く、クロムは修練に戻っていた。
振り下ろし、翻して跳ね上げるように振って手を止める、今度は逆袈裟に振い、上がった剣先を天に向けて強く踏み込んで一閃する。当然地面に剣先は付かない。振り下ろした体勢のまま剣先を真っ直ぐに突き出す。
昨日ライオネルが見せた技を一通り真似てみたが、どうにもきれいにつながらない。それは見様見真似なので当たり前だが、思いのほか運動を制御できないでいた。
技一つ一つを試してみたが、それ自体はそう難しいものでもない。しかし威力を乗せて振った後に、ライオネルのように次の攻撃に繋がらないのだ。
あがるにはいつもよりもやや体を動かしていないが、集中が切れ始めていたからやめることにした。
「待たせた。オルドヴスト家に連れて行ってくれ。」
「はい。ご案内いたします。」
アールに案内されたのは帝都の西の外れにある巨大な庭園と屋敷だった。
門には兜と剣の意匠が描かれていた。後からこれはオルドヴスト家の家紋だと知った。
庭園の端に白銀色の尖った花弁を見た。どこかで見た気がしたが、思い出せなかった。
屋敷へと通され、アールは別の使用人に声をかけていた。声をかけられた者は頭を軽く下げ、急ぎ足で屋敷の奥へと入って行った。クロムはアールの後を黙って着いて行き、部屋へ通された。
「お待たせいたしました。こちらの部屋でお待ちください。
別の者がすぐにお茶を用意いたします。私めは騎士ライオネルを呼んで参ります。」
アールはそういって部屋を出ていった。そのあとすぐに茶が運ばれてきて、勧められた。
出された茶は冷たく、渋みがほとんどなかった。聞けば茶葉を氷水に入れて時間をかけて淹れることで渋みを抑えるのだという。氷が溶けないように魔術を使って淹れていたらしい。
クロムが二杯目の茶を飲んでいると、戸が開いた。ライオネルが鎧姿のまま部屋へと入ってきた。
「探索者クロム、良く来てくれた。出迎えられなくて悪いな。」
「いや、いい。そんなことよりも、あの技のことを聞きたいんだが。」
「…貴様に言いたいことは多いが、まあ、落ち着け。
まずは詫びの印しとしてこちらを渡そう。
貴様から許しは既に得ているが、あのやり取りの間に剣が砕けていただろう。これを代わりに使ってくれ。」
ライオネルが従者に一本の剣を運ばせた。まず珍しい片刃で、その刃は妙に妖しい輝きを放っている。刃渡りは八節と少しあるだろう。クロムの持っている剣の中でも長い部類だ。細身に見えていたが、実際に持ってみると全体的に重みがあって驚いた。
「それは〈夜叉の太刀〉と呼ばれる、東大陸南部のアーレンスという国にあるハーゲンティ迷宮四十二層から得られた迷宮品だ。夜叉とはどうやらあのあたりでは森林神デトロダシキを表すようだ。我等に伝え聞くデトロダシキは短剣を持っているが、そこでは違うらしいな。
これの持つ効果は〈魔獣特効〉、そして〈頑丈〉の二つだ。」
「どういう効果なんだ?」
「〈魔獣特効〉は魔獣に振ったとき、威力が上がるという効果だ。〈頑丈〉はこの剣自体が壊れにくく、かつ消耗しにくくなる効果だ。
どちらも魔獣を相手するときに大きな助けになるだろう。」
「消耗しにくい、というのは?」
「剣は下手に振えば曲がったり、刃が鋭ければ欠けたり、うまく使っていても徐々に切れ味が悪くなったりするだろう。」
「ああ、そういうのはこまめに手入れがいるな。」
「うむ。だが、この効果はそれを抑えるものだ。手入れした後の状態が普通の剣よりも長く続くと思えばいい。」
「成程、わかった。だが本当に貰っていいのか?」
「無論。我の普段使う剣は別にある。これは昔、我が魔獣の討伐に赴いたときに大枚叩いて買ったものだ。」
「そんなものを、いいのか?」
「とうに目的の魔獣は倒してしまったから、もうほとんど使わんのだ。気にするな。」
「そうか。じゃあ、貰っておく。」
許可を貰って、庭先に出て〈夜叉の太刀〉を振り回す。思いのほか重量があって扱いには力が要るが、この剣で攻撃すれば魔獣でなくともいい威力が期待できそうだった。
〈頑丈〉の効果がどの程度のものかライオネルに聞いたところ、この刃で盾や岩に斬りかかっても刃こぼれしないほどで、鎚で剣の腹を殴っても折れぬほどだという話だった。
「満足してもらえたようでよかった。さて、本題は技の話だったな。」
「ああ、そうだ。忘れるところだった。あの技は何なんだ?」
「その前にお前はあれをどこで覚えた?まさか、我の動きを見様見真似で、などとは言わんな?」
「ああ。俺はウルクスという鍛冶師から教わった。元探索者だ。」
「ウルクス…?確か………ああ、思い出した。シャデアで聞いた名前だ。」
「よく覚えているな。相当古い話だったと思うが。」
「オセ迷宮が発見されて、シャデアが急速に発展していた頃だ。
先代伯爵の命で調査をしたが、その時に共闘したこともある。」
「へえ。もう少し聞いてもいいか?」
「うむ、確か二十層のあたりだったかな。迷宮内で偶然鉢合わせて、そこからしばらく共闘したのだ。我の剣術に強く興味を持っていたから、少し教えてなあ。その礼だとか言って剣を二本貰った。一本は帝国樹立の戦いの中で折れてしまったが、もう一本は今も使っている剣だ。」
そう言ってライオネルが腰の剣を机の上に置いた。断って剣を持ってみると、クロムの知るウルクスの武器とは少し違った雰囲気を感じた。しばらく観察してからライオネルへと返した。
(重さ、というか素材かな。物凄く良い素材を使って…かなり丹念に鍛えて、仕上げているみたいだ。随分と磨り減ってはいるが…何十年も使っていればそうなるか。)
「ウルクスから教わったのなら、知っている技の半端さは納得がいく。すべて教えたわけではなかったからな。そして、技の精度の良さも少し納得がいった。」
「精度?」
「騎士同士の戦いは剣と盾のやり取りだけではない。槍や弓、鎚、果ては魔術や拳のやり取りまである。しかし結局、最後に決着をつけるときは剣を使う騎士は多い。鎧を着て盾を構えたとき、片手でも無理なく使える中型の剣は万能と考えられているからな。
その中でどの技を使うかという話だ。例えば槍で〈散花〉を使うか?」
〈散花〉はごく短い間に三度剣を振り抜く技だ。クロムは槍で三度振うことはできなかったが、ウルクスの手本に倣って石突側を利用することで三度振うことにしていた。
「…できないわけではないが、まず使わんな。」
「何故?」
「…槍は距離を取りながら戦う武器だ。回して石突を使えば三度振うことはできるが、それでも剣と違って長く持ち、一度強く振れば制止は難しい。散花のように何度も振る技には向いていないと思う。」
「お前、意外にもきちんと考えるのだな。
その通りだ、技の特徴を加味して適切に使えるかという話だ。あの時は剣と盾を使っていたから、誘導のための技である〈木枯らし〉から〈落雷〉〈噴火〉〈散花〉〈紫電〉に…〈滝壺〉と〈浅霧〉も使ったか。」
「〈浅霧〉とかいう技。あれがまったくわからん。」
「あれは相手の剣に合わせられたときに力を入れながら引き、競り合っている剣を突如外すことで相手の力を逸らす技だ。」
「成程、わからん。」
「…見込み違いか?まあいい、裏へと行くぞ。まずは剣の技を一通り教えてやろう。」
「ああ、頼む。」
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