32.

(なんだこいつは!)

(深層の魔獣みたいな攻撃力をしやがって!)


 ライオネルはゆっくりと剣を構え直している。クロムは盾を構えたまま剣を抜いて接近し、剣を突き出した。ライオネルは剣の腹で攻撃を受け流した。

 ライオネルが反撃しなかったのはクロムの攻撃を受け流した瞬間、クロムが盾に隠れたからだろう。


「そんなものか?」

「そんなものに構っているくせにか?」

「減らず口を。」

「フン。」


 互いに押し合って数歩下がると、ライオネルは上段に剣を構え、クロムも半身を盾に隠すように正面に盾を構えて、互いに全身に力を込めた。


「〈突進ラッシュ〉!」


 強力な推進力を生む、移動のための魔術。不意に突撃されては恐ろしいが、正面から堂々と来るならばやりようがある。恐ろしく強力な推進力を生むが、この魔術は正面にしか動くことができないのだ。


「逃げるな!」


 安い挑発だったが、クロムはそれに乗った。このまま正面からぶつかると押し負けると思ってはいたが、退いたら負けだと思い、構わず盾を正面に構える。

 ライオネルの剣とクロムの盾がぶつかった。〈突進〉の推進力の分ライオネルの攻撃には威力があったが、数歩押されながらも猛進を止めた。


「〈水〉!」


 魔術による大量の水がクロムを押し流すようにあふれたが、その魔術は〈白輝蜈蚣の外套〉が掻き消して通じない。

 押し流せないとわかるや再びライオネルは距離を取った。


「ヒィ…そ、そこまで、これ以上はやめてくれ!」

「次代のオルドヴスト当主に目を付けられたら本当にやばいから!ここで終わってください!」

「お願い勘弁して!給与が…給与が…修理費にっ…!」


 職員の数人が遠くから何か叫んでいたが、いつの間にか賭けを始めていた探索者たちに阻まれて誰もクロムたちの間に割って入ることはできなかった。

 睨み合いが続く中、ライオネルが小さく溜息を吐くと二歩下がって中断に構えていた剣を下段に変えた。怒りに溢れていた瞳は鳴りを潜め、クロムを値踏みするような視線へと変わっていた。


「魔術は効かん、単純な力ならお前のほうが上か?ならば、技ならどうだ?」

「魔術まで使って、今度は技か?」

「…せめて儂よりも強くなくては姫を預けることもできん。」

「……?いや、姫とは誰だ。」

「ゆくぞ。」


 ライオネルが腕を返し逆袈裟に剣を振う。速くはない攻撃で、軽く避ける。剣先が高く上がり、鋭い踏み込みが床を割る。

 真っ直ぐに振られるライオネルの剣の正面から横へと逃げる。剣が床を穿つかどうかまで迫り、クロム目掛けて急激に跳ね上げられた。その攻撃を剣で受け止めて、クロムが上から抑え込む形で競り合いになったのはわずかな時間だけだった。

 競り合っていたはずのライオネルの剣は競り合う感触だけを残して引かれており、クロムの剣先は床へと落ちる。視界に入ったライオネルは次の一撃を繰り出そうとしている。


「〈鋼鉄〉っ」


 刺突がクロムの肩を襲ったが、〈鋼鉄〉によって守られたクロムは勢いに押されて転がるように下がった。クロムを貫けなかったことにライオネルは驚いていたが、それもごくわずかな時間で立ち直り、クロムとの数歩分の距離を一息に詰めて横薙ぎに振う。その一撃を受け止めて反撃しようとしたが、攻撃が防がれる瞬間ライオネルは後退し、クロムから距離を取っていた。


「…逃げるのが早いな。怖いのか?」

「違うな。技と言え。」


 今度はクロムから距離を詰め、剣を振う。

 クロムの剣に三度衝撃が走り、攻撃が弾かれた。今度はクロムが大きく退いた。

クロムの攻撃を弾いた技といい、刺突の技、振り下ろしにも、ライオネルの技には見覚えがあった。そして、今の連撃がそうではないかと薄ら思っていた疑念を確証に変えた。

 思考に気を取られている間にもライオネルは急接近し、横薙ぎに剣を振う。対してとっさに剣を三度振い、攻撃を弾いた。先ほどライオネルの防御と同じ技だ。ライオネルの目は驚愕に見開かれ、引こうとしていた足が止まった。

 今度は肩を狙って突きを繰り出す。当然鎧に阻まれるが、一撃は無理やりライオネルの身体の向きを変えた。

 ライオネルが体勢を整え身構えたときには、クロムの剣の先は天を向き、力強い踏み込みと共にいままさに振り下ろされようとしていた。


「〈忍耐の盾〉っ」


突如現れた壮麗な盾がクロムの攻撃を阻んだ。攻撃の負荷に耐えられなかったのか、クロムの剣が砕けた。


「チッ…剣。」


 今度出たのは先ほど買ったばかりの剣だった。これならばすぐ折れる心配はしなくていい。

 二人は再び睨み合った。その間にわずかな時間のあとライオネルが口を開いた。


「…貴様の態度は気に食わんが、貴君を甘く見ていたことは謝罪する。受け入れよ。」

「謝るならまず武器を下ろしたほうが良いんじゃないか?」

「…その通りである、だがその傲岸な態度が気に入らん。やはり貴様に姫は任せられん。」

「だから、その姫とやらは誰のことだ。」

「オルドヴスト家の姫と言えばリュドミラ様に決まっておろう!」


 何故そんなことを今言い出すのだと、ライオネルが苦々し気に言う。

 そこでようやくクロムの脳裏にリュドミラの家のことが思い出された。


(ああ、そういえばリュードの家は貴族だとか言っていたな。他の話は難しくてよく覚えていないが…。)


「…ああ、リュードの事だったか。すまん、気付かなかった。

だが探索者同士が誰と組もうとも自由だし、リュードもまた探索者として生きるつもりでいる。それから、親とも話し合ったとも。違うか?」


 ライオネルの額には青筋が浮かんでいたが、数度大きく呼吸をして怒りを納めた。


「それは理解している。貴族諸侯や我等騎士と違い、探索者とはそういうものだ。

 貴方が弱ければ無礼討ちとして姫に考え直すよう説得しようと思っていた。

貴方のその態度こそ気に食わないが、我と渡り合えるほどに強かった。ならば姫がみすみす死ぬことも無かろう。」

「…なんで俺に目を付けたんだ。」

「姫が共に戦う探索者として貴方を選んだからだ。

主やその家族をみすみす死地に赴かせるようなたわけた騎士などいてよいわけがない。そして粗悪な輩の手に渡り、迷宮で命を失われれば、見極めなかった我等は主様にも若様にも面目が立たない。それこそ我等は死を以て償うほかなくなる。

…我は、姫が言う探索者がどれほどのものか知りたかったのだ。」

 ライオネルは兜を取り、頭を深く下げた。クロムはしばらく睨むようにその姿を見ていた。その間もライオネルは微動だにしなかった。

「我ライオネル・フエゴは探索者クロムに対し、一時の感情で斬りかかったことを謝罪する。闇の神の名の許に、どうか寛大な赦免をいただきたい。さもなくば我が命で手打ちとし、これまでの約束通り…リュドミラ姫と共に探索者として活動してほしい。」


(こいつ、いきなり襲い掛かってきたのに。)


 今度はクロムに怒りが湧いてきた。許す必要があるのか、と最初こそ思った。しかしこの男の行動はリュドミラのことを思ってのことで、命を賭してでもクロムを見極めようとしていたことは先ほどの謝罪でもわかった。

騎士や貴族に理解の乏しいクロムにとって忠義というものは理解しがたく、探索者でいう雇う側と雇われる側と辛うじて理解していた。その間には金銭と能力の交換であり、互いが互いに得をする関係だと思っていた。

 だが目の前で年齢が半分にもならない男に対して腰を折ったまま微動だにしない男は、その雇い主の娘を憂いて憤り、単身クロムのもとへと現れた。そしていざ戦って実力を認め、その命で非礼を詫びようとする覚悟を持っている。

 彼の話を聞いてみて、行動や考え方に共感や理解こそできなかったが、この男の覚悟や心の在り方が見事だと思ったことも事実だった。それを認めたとき、怒りはすぐに収まった。

リュードから聞いていた家族関係は悪いようだったが、これほどの男が慕うリュードの兄や親がどのような人間か少し興味を持ったし、何より先ほどの戦闘で見せた技はウルクスから教わった技の源流だと確信していた。それはなぜか、聞いてみたい気持ちも湧いてきた。

クロムがライオネルの申し出を受け入れることに決めるにはそう時間はかからなかった。


「…わかった。謝罪は受け入れる。ただ、リュードが探索者となることと…あと、先ほどの技を教えてほしい。それで手打ちにしよう。」


その言葉を聞いた周囲の驚喜のざわめきと安堵したような職員たちが抱き合ってへなへなと座りこんだ。


「寛大な処置を感謝致す。我の使える剣の技はすべて教える。型だけならば貴方ならすぐにすべてできるようになるだろうし、実戦で使えるようになるにも時間はかからないだろう。

 明日、オルドヴスト家の門を叩くがいい。我が名を出せば通すように言いつけておく。」

「ああ。ところで、オルドヴスト家はどこにあるんだ?」

「……明日の朝、遣いを出す。」


 そう言ってライオネルは探索者協会を後にした。戸が閉まった時、急に空気が弛緩した。賭け事で勝った探索者は喜び騒ぎ負けたものは阿鼻叫喚といったふうだった。職員たちは恐怖と安堵と困惑を混ぜたような微妙な表情で仕事に戻って行った。

 

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