31.
宿へと戻ったクロムはいつものように布団へと寝転がっていた。いつもと違うのは、影獣と戦って得た情報が釈然とせず、普段なら眠る時間を過ぎてなお頭を抱えていたことだろう。
(影獣に攻撃が通ったのだから、〈鋼鉄〉は皮膚に作用していたことになる。逆に〈剛力〉は体内だけに作用しているということになる。
だが〈鋼鉄〉と〈剛力〉を同時に使っていれば、俺の攻撃はもっと良く通じたよな……うーむ?)
〈剛力〉を使っても剣での打撃は通じなかったが、〈鋼鉄〉を使った後の拳ではより威力が上がった。しかし〈剛力〉を使っての物理攻撃は通じないのだが、〈鋼鉄〉を使っていれば〈剛力〉ぶんの筋力上昇は反映されたような威力だった。
それをどう考えればいいのか悩んでいるうちに一度寝てしまった。真夜中にふと起きたとき、これまでごちゃごちゃと考えていたことが繋がった感覚があって思わず体を起こした。
魔獣に当たる場所が、魔術が行使されている状態、より多くのマナを纏っている状態なら物理攻撃でも影獣に攻撃は通る。そして、その攻撃の威力は通常の攻撃と同じ様に作用するのだと、ふと気付いた。
(ディンが殴った時、妙に影獣が痛がっていた。俺よりディンのほうが多くマナを操れるということだったから、今の思い付きが合っている気がする。)
(というか、他に思いつかん。)
(それならマナを帯びた剣なんかがあったら切れるんじゃないか?)
だが、そんな剣は持っていないし、そもそもそんな剣があるかどうかもわからない。
結局自身ができることは、マナだの魔術だのと小難しいことを考えるのではなく、ただ武器を振うことだと思い直した。
(…駄目だな。俺には考えられる力が足りん。たぶん、俺が試しているのを見ればすぐ見抜いただろうな。
それに、それを知ったところで俺に活かせるものでもない。)
(…リュードと探索者として組む、それは俺が思っている以上に俺に都合がいい…のかもしれない。)
魔術ができて常識や知恵を持つ仲間が欲しいクロムにとっても、実家から逃げて探索者として生きたいと思っているリュドミラにとっても、何ならそのリュドミラの進路を紹介するディンや学院にとっても都合のいい結果。それがクロムとリュドミラが探索者として組むことだったのだ。
(…いや、それでも結局のところリュードの家との確執はリュード自身に付き纏うんだ。
俺は困らないかもしれんが、家を飛び出せばそのうちにツケが回ってくるんじゃないか?一応、穏便に済んでいるように聞いてはいるが。
リュードを信じるか。)
溜息を一つだけ吐いて、布団に横になって考えることをやめた。その日は良く眠れなかった。
一日をのんびりと休んでから、マルバス迷宮でウルクスから教わった技を魔獣相手に試した。これまで中層や深層で魔獣を相手にするときは、随分と力押しで戦ってきたから、魔獣相手に技を使う感覚を取り戻したかった。結局、一日かけて感覚を取り戻した。
それから数日の間は、マルバス迷宮で技を磨いた。
休みと決めた日に、帝都の裏通りで情報屋から探し人の情報を聞きまわった。結局どの情報屋でも首を横に振るばかりだった。
(…これだけ粘ったが帝都でも駄目か。春が来る前にここを出て…どこへ行こうか。
いや、だがリュードを連れていくかもしれないからなあ。
一応、迷宮もある、情報も仕入れやすい…なんて場所があるか、情報屋から聞いておくか。)
クロムの探し人、流れるような銀髪の小柄な女性はその影すら見つからない。
帝都に来た当初は、安易に場所を変えれば情報が集まるかもとも思っていたが、実際にこの帝都では帝国各地の情報が入ってきていた。
以前に一度だけ都市シャデアに住む商人ヘルリックの情報を頼んでみたら、わずか十数日のうちに彼の現在が知れた。それを調べた情報屋に聞いてみたが、別に大した事でもないと言われ、なんでそんなどうでもいいことを聞くんだとでも言いたげな、面倒そうな顔をされた。帝都の情報屋は相当に優秀なのだと思い知った。
そんな彼らが一切の足跡もつかむことができないのは高位の貴族や王族、それから表に出ない人間くらいで、今回の件はどうやら通常ではありえないことらしい。そんな依頼を持ってくるクロムは情報屋にとっては厄介な依頼を持ってくる探索者として記録されていた。
(…いないか、裏にいる人間か、王族か、高位の貴族か。いずれにしても情報は出てこないか。行き詰ったな。)
裏通りを出て、その後は帝都を宛てもなく歩きまわった。途中鍛冶屋を見かけて立ち寄り幾つか武器を買った。構えの大きな店だけあって質が良く、その分値段も張った。使い捨てにするにはやや惜しいと思うが、頑丈さはウルクスの武器にも並ぶだろうから心配はしていなかった。
別の通りにあった道具屋で幾つか旅の道具を購入し、服屋で衣類をいくらか買った。全て〈収納袋〉に放り込んでいるから、運ぶのには全く困らなかった。
酒場の多い通りを通った時は、探索者らしい格好の連中が元気に酒を飲んでいるのを見ると、かつて〈深淵の愚者〉たちから勧められた酒で意識を失ったときのことを思い出して急に気分が悪くなり、速足で通り過ぎた。
そのうちに行きたい場所もなくなり、探索者協会へと足を運んだ。依頼や魔獣素材の売却以外でここへ来ることはほとんどなかったし、必要が無ければ訪れることが無いのだが、この日は何か予感を覚えてその戸を開けた。
いつもは戸が閉まっていても騒がしい雰囲気が伝わるのだが、この時は静まり返っていたから、妙な違和感を覚えた。
戸が小さく音を立てて開いたとき、クロムに視線が集まった。手練れの探索者たちの視線や探る気配がクロムに集まり、わずかな時間の後にひそやかな話声がそこらじゅうで上がった。
「あ、あいつだ。」
誰かがクロムを指さして言った。
その声に奥で静かに殺気を放っていた壮年の男が立ち上がり、クロムへと近づいた。立ち上がると長身のクロムよりも頭一つぶん背が高く、幅もある。細かい傷が刻まれた鎧と机に置かれた兜、そしてまさに騎士が使うような立派な装飾の剣を吊り下げている。そして動作に隙が無いことが、一層手練れだと思わせた。
「その外套、お前が〈白蜈蚣〉だな?」
「…さあな。」
その返しに少しだけ周囲が騒めいた。中には顔をひきつらせた探索者もいる。壮年の男はクロムの態度に一瞬だけ苛立ったような表情をしたが、すぐに取り繕って続ける。
「…ふてぶてしいな。」
「そもそもお前は誰だ?」
「…我が名はライオネル・フエゴ。オルドヴスト家の騎士だ。」
「ああ、なんか聞き覚えがあるな。それで何の用だ?」
周囲のざわめきが更に大きくなった。協会職員が寄ってきて、おずおずと間に割って入ってきた。
「あ、あの、すみません、奥に!ここでは騒ぎになりますので、奥にお願いします!
クロムさんももっとその、言葉遣いとか態度とかをですね、少し畏まって!」
「知らん。ところで何か迷宮品なんか売りに出されていたりしないか?」
「ヒィッ…オルドヴストと事を構えないで……」
「〈白蜈蚣〉。貴様のその態度は目に余る。ここで成敗し…姫を正気に戻させてもらう。」
ライオネルが剣をゆっくりと抜いた。職員は慌てて逃げ、それに合わせて周りも一歩引いた。
「ヒメ…?…待てよ、オルなんとかいうのはどこかで聞いたな。」
「舐めた口を。」
クロムの首目掛けて剣が放たれた。クロムは身を斜めに逸らして躱し、盾を取り出す。
引き戻されて再び振り下ろされた剣を、今度は正面から盾で受け止めた。
迷宮深層の魔獣から繰り出されるような強打に、クロムは思わず体勢を崩して大きく数歩退いた。
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