24.

 ロンウェー迷宮に着くと、タイデンは早速十七層へと転移していった。十七層から二十六層までを念入りに調べるらしい。

 話を聞いてみれば、タイデンは広範囲に攻撃できる魔術を得意としているほか、攻撃に使うような魔道具を幾つも持っているという話だった。


「クロムさんはここに挑戦したことはありますか?」

「ああ、十層までは何とか。そこで魔獣の分裂の速度に攻撃が追い付かなくなってきてしまって、それ以降の探索は諦めたんだ。」

「わ、わかりました。じゃあ、十層から二十層を周回しましょう。」

「え?」


 クロムが驚いているのも束の間、ディンは迷宮の入り口である浅い洞穴に向かって〈転移〉を唱え、クロムもそれに巻き込まれて迷宮へと入った。


「は、はい。安心してください。ゆっくり二十数えるくらいまで守ってくれれば、ぼくが全部倒します。」

「え、あ、ああ。」


 この階層の群兎は敵意が弱く、こちらを確認してものんびりとした態度でいる。

 クロムは剣を抜き、ゆっくり二十数えるまで寄ってきた魔獣を斬り払ったところで、ディンがぼそりと発声して手を振った。クロムはそれを聞き取れなかったが、次の瞬間、広いはずの部屋は劫火に包まれた。

 それからは十も数えないうちに炎は静まり、十数匹いた魔獣は炭へと変貌した。


「…何を?」


 ディンにそう問いを投げた。

ヴィンター〉と一言ディンが発すると残っていた熱は清涼な風と共に消えた。


「今のは〈業火ディアブロフラム〉です。…〈フラム〉を飽和させて広げるように放つ、派生にあたるような魔術ですよ。」

「なに…?」


 〈火〉の魔術は、クロムの知る限り拳程度の炎を起こすための魔術で、クロムにとっては小指の先程度の炎を起こす魔術だ。間違っても今見たような、魔獣を瞬き数度の時間で焼き尽くす魔術ではない。派生した魔術と入っていたが、ここまで規模や威力が違う事実に背筋に冷たいものが走った。今は味方で良かったとクロムは燃え殻を見て思った。ディンの使った魔術は相当強力なことは、この一部屋の魔獣のすべてが焼き尽くされたことで証明された。

クロムが巻き込まれていないのはなぜかを聞けば、ディンは〈観測オブサーヴ〉の魔術を使って自分たちや魔獣の位置を把握し、〈屈折〉の魔術でクロムと自分を保護し、〈業火〉で攻撃した、となんて事の無い風に言った。

 結局二十層でもクロムがディンを二十数えるまで守り切り、あとはディンが一方的に蹂躙するような魔術で残る魔獣を葬り去ってしまった。


「…これはもうディン一人でもいいんじゃないかな?」

「いえ、その、無理です。発動までに準備の時間が無いと、その、安全に使えないんです。」

「準備?ああ、なんか魔術を使っていたな。」

「はい、〈業火〉は広範囲を巻き込む魔術なので、その、クロムさんの保護に時間が必要で…」

「もしかして、俺を守らなければすぐに使えるのか?」


 ディンは少し考えてから頷いた。


「じ、自分に当たらないよう調製するのも合わせれば、普通に十も数えないくらいで…。」

「ディン、俺の外套は魔術を通さない。俺の保護は不要だ。」

「え?外套に覆われていない部分に当たったら燃えますよね?」

「いや?」


話がかみ合っていない。クロムの知る限り、〈白輝蜈蚣の外套〉は装着者自身を魔術から保護し、同時に自身は〈火〉など体外のマナを使う魔術は使えなくなる。これは外套に覆われていない部分にも効果を発揮する。

そう伝えると、ディンは驚いて目を丸くしていた。


「す、すごいものを持ってますね。これならもっと速く回れます。

でも一応検証しましょう。」


 一度地上へ出て人目のない場所まで行くと、硬貨型の魔道具〈仮初の帳〉を使用した。

 発動してすぐにディンは攻撃しなかったが、少し間をおいてから〈業火〉をはじめ聞いたこともないような魔術を何十と撃ち込んできた。

 魔術の衝撃で轟々と音を立てて砂埃が舞ったが、クロムには届いていない。

 ディンの気の済むまで魔術を撃ち込ませたが、〈白輝蜈蚣の外套〉の〈魔力遮断〉はすべての魔術を打ち消した。


「うーん、どれだけ強力な魔術でも防がれる。これじゃ魔術では歯が立たないですね。」

「ああ、俺も意外だった。」


 普段のディンの表情は笑っていることが多いが、魔術を打ち込む直前の視線は冷徹だったことと、魔術の猛攻は一つでも生身で受けたら死ぬという威力だったこと、そんな致死性の魔術を容赦なく雨霰のように撃ち込んだこと。研究者というものの恐ろしさに、少しだけ恐怖した。


「うーん、じゃあ、〈脱水ディヒドラティゴ〉。」


 ぞわりと背筋が凍るような感覚があり、ディンから距離を取るように飛び退く。しかし着地に失敗し、尻餅をついた。全身に力が入らなかったのだ。そのまま上体も起こしていられなくなり、意識を失った。


―――

「お見事。流石―――、あの程度の魔獣は簡単に倒せるか。」

「…誰だ。」

「私は―――。―――――――だ。」


 女の言葉は聞き取れない。思い出せない。

 だがいつぞどこかで見た、緩く流れる銀の長髪の女。

近づかれて分かったが、背は男の胸程までで、裾の擦れた灰色の外套から少し覗く体は細く非力そうだ。一方持っている大杖は細工が施されていて立派なもので、彼女の今の格好には不釣り合いだが、それが彼女の神秘性を高めていた。

何かを話しているが、二人の会話はクロムには聞こえない。


「なら、私の使徒になれ。―――を壊したいのだろう。」

「……今すぐお前を信じることはできない。考えさせてくれ。」

「それでいい、次の冬至まで待とう。それまでに答えを出すといい。

 だが―――、色よい返事をしてほしいと思っていることは本当だから。」


―――

 目が覚めるとディンが覗き込んでいた。気絶していた時間はそう長くなかったようだった。


「あ、起きましたね。」

「…ああ。最後の魔術は…?」

「〈脱水〉という魔術です。〈脱水〉は対象に直接作用する魔術で、木や植物、食料の乾燥に使います。生き物にかけると体内に魔術が発生して水気を奪っていくので、直接体内に発生する魔術はその装備では防げないのだと思います。」

「そ、そうなのか。魔術攻撃が防げなかったのは初めてだ。〈脱水〉の魔術は恐ろしいな。急に力が入らなくなった。」

「も、もっとも、ぼくの魔力量だからこうなっただけで、普通、〈脱水〉は木の枝を折ってすぐの状態でも三、四度使ってようやく乾かせるくらいなんですよ。

 帝国南西の寒村に細々と伝わっていた魔術ですから、ほとんどはこの魔術の存在を知らないでしょう。

 ですがこういう魔術もあることを知っておいてください。」

「覚えておく。どう対策すればいい?」

「ふ、普通の規模の〈脱水〉は急に渇きを覚えます。違和感を覚えたらとにかく逃げ回ってください。動き回る相手を捉え続けるのは非常に困難ですから。」


 その後もいくつかの検証を行ってから、ロンウェー迷宮へと戻り、十層から再び探索を開始した。

 クロムが十程数える間ディンを守り切り、ディンは強力な魔術で魔獣を殲滅する。クロムを保護しなくてよくなったから、今度は物凄い速さで二十層へと辿り着いた。本当なら群兎たちの肉や毛皮を採種するのに時間がかかるが、ディンの魔術ですべて炭へと変わっていたため、採取せずに進んだ。

 この日は十四周したが、追われ兎らしい魔獣は見つからなかった。


「…今日は引っかからなかったかみたいだな。」

「みたいですね。」


 次は明後日にまた潜る約束をしてロンウェー迷宮を後にした。

 翌日、クロムはマルバス迷宮へと潜って薬品の迷宮品を集めた。ロンウェー迷宮での鬱憤を晴らすように、見つけた魔獣を片っ端から倒した。一層、二層を何周もしたため、大量に手に入れることができた。半分は売り払って金にしようと査定を待つ間、近くの卓で数人の探索者が集まって騒いでいた。少し聞いていると、気になる話題が出てきた。


「ところで、ロンウェーに希少種が出たって本当か?」

「何だっけ、追われ兎だったか?確か本体は雑魚だって聞いたかな。」

「らしいなあ。だが奥に進まにゃならんって思いこむらしいぜ。俺らも気を付けにゃあ。」

「現に三級パーティが何組も攻略してるだし、〈常闇の翅〉が調査に潜ったって聞いたぜ。しばらく寄らなきゃあいつらが解決してくれるさ。」

「確か術士が二人もいるパーティだったな。何回だっけ?ロンウェーの攻略数。」

「去年は六回だったかな。それより前は覚えとらんが、奴らならあの迷宮を良く知っているじゃろう。杞憂じゃ。」

「だが前にも〈古金の鎖〉がいなくなっちまってるしよお…気になるじゃねえの。」


 〈常闇の翅〉は帝都に拠点を置く、迷宮探索を主軸にする一級パーティだ。クロムが帝都に来てから、よく聞く名の一つでもあった。彼等は確か強力な術士を二人抱えており、他の四人もそれぞれ優秀な戦士だと聞いていた。


(ふうん。そんなに強い奴らが潜っているなら案外すぐ騒動も落ち着きそうだな。)


 探索者として珍しい経験や戦いをしてみたい気持ちもあり少し残念にも思えたが、今回は既に被害が出ているためそんなことに拘っている場合でもない。

 更に耳を傾けていると、他にも三級探索者たちが潜っているという。本当にすぐに終わりそうだな、とまたぼんやりと考えていた時査定が終わった。

 幾らかの金を貰って、宿へと帰った。


 翌日、ディンと二度目のロンウェー迷宮周回を行ったが、成果は出なかった。タイデンにもその帰りにタイデンとも会ったが、成果は無いようだった。

 その翌日に三度目の周回を行った。その日の八周目、二十層へと降り立った時、部屋にいた大量の魔獣がすべて熔けるように崩れて消えた。


「む?今のは魔術か?」


 ディンを見ると首を振っていた。

 迷宮の魔獣が消える現象は、死体となって一定時間が経ったときや階層に誰もいなくなった時以外には、最下層の魔獣が倒されたときだけだ。


(そういえば〈常闇の翅〉が攻略しているんだったな。確か、ここを何度も攻略しているんだったか。)


 迷宮の主が倒された後は迷宮内に魔獣は発生しないし、〈階層〉は地上にしか〈転移〉できなくなる。そのまま迷宮を出ればしばらく休眠期間に入り、迷宮自体入れなくなる。


「こ、ここで終わりですね。誰かが攻略したんでしょうか。」

「そのようだ。」

「じゃあ、帰りましょうか。〈階層〉……え?」

「どうした?」

「つ、次の…二十一層が…あります。」


 クロムも〈階層〉を唱えると、確かに地上の他に二十一層が存在した。そして、十九層までは〈転移〉できないのか見当たらない。

 迷宮では特定の場所でこの呪文を唱えることで階層を表示させ、その階層に意識を持っていきまた呪文を唱えることで迷宮内を行き来できる。迷宮主が倒された後はどこでも〈階層〉と〈転移〉を使うことができるが、このとき普通は地上階層しか選べないという。


「なんだ、これは…。」

「…別の階層…〈転移〉する魔獣?溶ける直前にここから〈転移〉したから、一時的に迷宮から消えて…消失していない…かも?追われ兎がこの先にいる?」


 クロムに理屈は理解できなかったが、この先に探していた魔獣がいる可能性を示され、この偶然に少し心が躍った。


(いや、今は依頼中。依頼者の意向を聞かなければ…。)


「クロムさん、進みましょう。」

「いいのか。」

「は、はい。…ええと、生徒たちの仇を討ちます。いや、死んではいませんが…。」

「わかった。」


 二人は二十一層を選択し、〈転移〉を唱えた。

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