23.

 適当に朝飯を食べてから、依頼を受けに探索者協会へと顔を出すと見知った顔を見つけた。リュードとハルト、先日魔導学院を訪れた際に手合わせした中でも特に強かった生徒達だった。


「え?クロムさん?」

「〈白蜈蚣〉!こんな朝から何してんだ?」

「リュード!言葉遣い!」

「おっと…スミマセン。」

「構わない。前も言ったが話しやすいようにしてくれ。ところでこんなところで何をしているんだ?」


 探索者協会に足を運ぶときは、大抵は何かしらの依頼を受けたり出来を報告したり、迷宮探索の相談や募集、手にした素材の売却、それから情報収集だ。柄の悪い者は朝だろうと酒を飲み始めるが、依頼を受けて金さえ払うなら探索者協会もそれは目を瞑っている。少なくともこの二人は酒などではないだろう。


(…素材を持ってくるにしては時間が早いな。何か情報を聞きに来たか、依頼の受注かな。)


 クロムの予想通り、二人は四級探索者として帝都周辺でできる簡単な依頼を引き受けたり、迷宮の浅層を周回したりして小遣いを稼いでいるという。


「わかった。今日は何処かの迷宮に行くのか?」

「ああ、ロンウェーに行くつもりでいるよ。」


 ロンウェーに潜っている魔導学院の生徒にこの二人も含まれていたのだ。迷宮で実践を積んでいるなら、手ごたえのある強さだったことも納得がいった。


「ほう、お前たちの他に迷宮に潜る奴らはいるのか?」

「いや、聞かないかな。別の学年ならいるかも。」

「うーん、多分僕達だけですね。…ほとんどの人は、知識も経験も足りない術士だけで迷宮なんか行きません。」

「それもそうか。いや、お前たちもそうじゃないのか?」

「ええ。最初の頃は別の探索者にも共同探索を依頼していました。魔術も安定して使えるようになって、それなりに戦えるようになってからは一層から二人で挑んでいましたね。」

「二人は元々知り合いだったのか?」

「ああ。昔馴染みだったんだ。だから、迷宮に入り始めたのも一緒だ。」

「そうか。だが気を付けろよ、迷宮は何があっても不思議じゃないからな。決して油断するなよ。」


 現にクロムは希少種の魔獣と遭遇したり、ディンを助けることになったりしている。幸い身近に死人は出ていないが、今は亡きウルクスやその友人の商人ヘルリックの話では仲間や知り合いは幾人も迷宮で死んだと聞いている。


「フン、言われなくてもわかってるよ。だから十層より先は潜らないようにしてるから。」

「リュード、浅層でもってことだろう。気を付けます。」


 リュードはいささか不服そうに、ハルトは真面目腐って頷くと、二人はクロムと別れてロンウェー迷宮へと去って行った。

 彼等とは一度手合わせしただけで特別親しいわけでもないのに、素直で、迷宮に潜れる実力があり、自制できる慎重さも持っている二人をクロムはすっかり気に入っていた。


(十層なら…リュードとハルトが一緒にいるなら万が一のことがあっても生きて帰れるだろうな。もっと深くまで潜れそうだが、彼等がそこまででいいと言うならそれが良い。)


 そんな結論を出してクロムは今日も依頼を一つ取り、町へと出た。

 ハルトとリュードが大怪我を負って戻ってきたと聞いたのはその八日後、ロンウェー迷宮について聞いた職員から情報を貰ったときだった。


―――

(……。)


 ディンと約束した日になった。東門の外でディンを待っていたクロムは昨日のことを思い出していた。

 リュードたちが怪我をしたと聞いて、その経緯を職員に問い正したのだ。

 職員が彼らに確認したところ、何でも二人して調子に乗って十九層まで進んだという。何とか魔獣を倒しきったものの全身に怪我を負ってしまい、何とか迷宮から脱したそうだ。

 帝都が近いことが幸いして〈回復リトロヴォ〉の魔術で一命は取り留めた。この短期間で恐ろしいことだとも思ったが、まずは生きていることに安堵した。


(生きていられたのは幸運だな。彼等だけで十九層まで行けたことも、正直凄いことだ。

 しかし十層までとか言っていたのに、なんでそんなに深くに行ったんだ?忠告したときは…大丈夫に見えたんだが。)


 それは本人たちに直接聞いた方がいいのだが、現在どこで療養しているのかわからないから、聞くこともできない。答えが出ないまま悩んでいる間に、ディンがタイデンと共に現れた。


「クロムさん。おはようございます。」

「やあ、クロムよ。今日はディン教授の護衛だってなあ。よろしく頼む。」


 口々に挨拶する二人に敵意はないのは伝わってきた。それはいいのだが、なぜタイデンまでいるのかが解らなかった。


「よろしく、ディン。タイデンも来るのか?」


 ディンとの約束の内容をタイデンは知らないはずだ。タイデンと最初に会ったときは印象は良くなかっただろうし、生徒達も魔道具の効果の範囲内で怪我一つないとはいえ割と躊躇なく斬っている。てっきりクロムからディンを警護する為かと思っていたが、そうではなかった。


「あまり大きな声では言えんが…先日、うちの生徒がロンウェーで大怪我を負ってしまってな。流石に見過ごせないから、生徒たちが潜ったという階層を調査するつもりだ。」

「リュードとハルトのことか。…しかしなんでそんな深いところまで行ってしまったんだろうな?」


 慎重に浅層を周回していたはずの二人が急に十九層に行った理由を気にせずにはいられなかった。リュードは兎も角、ハルトまで調子に乗るとは思えなかった。


(…いや、逆か。戦うことについてはハルトのほうが歯止めが聞かなさそうだ。)


「二人が潜っていたことも知っていたのか。

 …二人は追われスプラドクニクロを見たのではないかと思っている。最近、三級パーティの探索者たちが行方不明になったそうだからなあ。」

「なんだそれは?」

「…ロンウェー迷宮で確認されている希少種です。

 〈誘導〉という精神に干渉する魔術を使って、自身を追ってくるよう誘導する魔術のようです。」

「ま、待ってくれ、わからない。魔獣が階層を移動できるのか?」


 これまでクロムは階層を移動するのは人間だけだと思っていた。少なくとも階層を移動できる魔獣は見たことが無かった。クロムの常識が崩れることになる、真偽を確かめずにいられない当然の疑問だった。


「その、こ、この希少種はそのようで…。

その、追われ兎は、〈誘導〉を使った後は他の群兎らに追ってきた相手を押し付けるんです。それを繰り返す魔獣と言われますから、追われ兎を追って更に深層へ行ってしまったのではないかと。」

「希少種…また厄介だな。倒す方法なんかはあるか?」

「はい、過去に数度討伐されています。追われ兎は追いつめられるまで逃げ続けますが、二十層から二十六層までのどこかで階層をまたぐことができなくなります。

 おそらく、《転移》できる回数に制限があるのではないか…と言われます。

発見した探索者たちが強いほど…というか魔獣たちにとって脅威になるほど、跨ぐ階層が深くなるようです。

 階層に関係なく弱くて、行き止まりの階層では追われ兎一匹になるようです。」

「ふむ…。出現地点はどうだ?」

「過去に確認されたのは一番上の階層で十二層、下で十七層です。十層で出た例はこれまではありません。だから少し不思議なんです。」

「とはいえ、実は追われ兎は二か月前に一度討伐されているんだ。だから、こんな短期間で二度も出てくるとは思えんのもまた事実。俺と、クロムとディン教授でそれぞれ潜れば丁度いいだろう。」

「タイデンはそんなに強いのか?」

「ええ、タイデン教官はロンウェー迷宮を単独で踏破できる数少ない探索者ですよ。この迷宮の第一人者と言ってもいいでしょう。」


 タイデンはからからと笑って、クロムの意外そうな視線を受けていた。


(…この間、タイデンとも手合わせしておけばよかった。)


「おい、何か怖いことを考えとらんか?」

「……いや、なにも。」

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