22.

「魔道具があって助かったな。」

「ああ。本当にな。」


 そう言ってタイデンは苦笑いしていたが、生徒の殆どはリュードの死を幻想したのか少しばかり顔が引きつっていた。唯一、赤髪の青年だけは一層強い視線を投げていた。どうやらそれは好奇の視線だった。リュードは邪魔にならないように庭の端のほうへ寝かせた。


「まさかあの魔術の中、真っ直ぐ突っ込んでいって一撃とは。頭の上に三つ炎が灯っていたから、てっきりリュードが押し切るだろうと思っていた。」

「そうだな、最後に盾でも持っていたら防がれて反撃されていただろう。」

「いや、ただの術士の膂力じゃあ防げるものも防げないだろうよ。魔術の練度を高めるためにばかり時間を使って体を鍛えない奴の多い事多い事。まあ、リュードはその辺はしっかり鍛えているからわからんがなあ。

 まあいい、次行く奴はいるか!」


 タイデンが生徒達を見遣るが、ほとんどの生徒は目を合わせようとしなかった。

 

「じゃあ、次は僕が。」


 前へ出てきたのは赤髪の、先程は高速で動き回っていた生徒だ。柔和な表情だが、紅い目は好戦的に輝いている。実力を確かめたいと言わんばかりだ。


「ハルトか。いいだろう。クロム、この生徒も含めてもう何人か相手してやってくれ。」

「ああ。」


 戦わない生徒たちから距離を取り、ハルトはクロムに一礼してから〈仮初の帳〉を投げた。地に落ちて音を立て、先ほどと同じ様に、周囲が灰色に変わった。


「弓矢!」


 手に現れたのはなじみのある小型の弓矢だった。素早く番え、引く。


「〈屈折〈リフラクト〉〉!」


 ハルトがそう発したとほぼ同時に放たれた矢はハルトへと真っ直ぐ飛んだ。しかしその数歩前で、何かに弾かれたかのように変えて別の方向へ飛んでいく。信じられないものを見、思わず動きが止まった。


(何⁉)


「〈突進ラッシュ〉!」


 動揺しながらも剣に手をかけているうちに、十数歩あった距離を一息に詰られた。剣を抜いて、ましてや振れる距離ではない。

 ハルトが猟奇的な笑顔を浮かべ左手をかざすと同時に、ハルトの顔目掛けて右手を突き出す。


「トンドッ」


 伸ばされた掌底は顎へと当たって僅かな差で呪文は中断され、暴発したマナは電撃を散らして両者を巻き込んだ。ハルトの詠唱した呪文は雷を発生させる魔術だった。


(まずい、痺れと痛みで思うように動けんっ…)


 互いに痺れて動けない中、結局先に動けるようになったのはクロムだった。ハルトの頭の上には四つの炎が灯っている。何とか拳をハルトの体へと叩きこむと、周囲の色は戻り痺れや怪我は元通りになった。倒れたハルトも怪我は無いようだ。


(最後の魔術が暴発してなかったら、そのまま負けていたな。

 呪文を中断するとああなるのは憶えておこう。)


「ふう、剣を抜き放てるような距離でないから勝てると思ったら、掌底が飛んでくるとは…。剣を抜くとばかり思っていたから、甘かったなあ。完敗です。」


 起き上がったハルトは砂を払ってから、伸びをした。負けて悔しいとかではなく、失敗して悔しがっているようだった。クロムはハルトを妙な奴だと思った。


「いや、最後のは偶々だ。伸ばされたのが左手だったから、剣を抜こうとした手を邪魔されずそのまま突き出せたんだ。

 むしろ聞きたいが、最初に放った矢が曲がったのは何なんだ?」

「あれは〈屈折〉という魔術で、本来は距離を誤魔化すための魔術なんです。ただ、マナの動かし方、魔力の込め方であのように飛来物の進路を曲げることもできます。」

「成程、あれも魔術のうちなのか。多様だなあ。」

「もし弓矢と叫ばれなかったら、あの魔術を使う間もなかったでしょう。

 〈突進〉は真っ直ぐにしか進めませんから、当たっていました。」

「成程。じゃあ、タイデンと戦っていた時に後ろに回り込んだのは?」

「あはは、見られて手の内が割れていたんですね…。あれは〈突進〉を〈屈折〉で無理やり進路を捻じ曲げたんですよ。成功率は低いので練習中なんです。」

「あんな速度で移動する術士はまずいないだろうから、出来るようになられたら恐ろしいな。」


 その後鐘が鳴るまで他の幾人かと戦ったが、リュードやハルトに並ぶ程の生徒はいなかった。魔術をあまり知らないクロムでも、二人の実力は他の生徒よりも何歩も抜きんでているように思えた。

 その頃にはリュードも目が覚めたようで、負けたのかと落ち込んだりああすればよかったと反省したり、深層に潜れる探索者は凄いとしきりに騒いでいた。


「鐘が鳴ったな、そこまで!礼!」

「ありがとうございました!」

「クロム、突然で済まなかったな。生徒たちには随分いい刺激になったようだ。」

「ああ。俺としても収穫があった。まさか術士があんなに強いとは思わなかった。」

「ふふ、そうだろう。特に学年主席を争うリュードとハルトは、ここ数年じゃ類を見ないくらいに優秀だからな。引く手数多になるだろう。

 さあて、これで帰るのだろう?門まで送ろう。」

「ああ。助かる。」


 魔術や魔獣、魔道具の知識。魔術の多様さ、魔術を使う相手の戦い方。思いのほか多かった収穫に満足しながら、傾いた日差しに目を細めた。


―――

 ロンウェー迷宮は兎の迷宮と呼ばれる、全二十七層の比較的攻略難易度の低い迷宮だ。穴倉の中のような地形で、いずれの階層も巨大な一部屋のみとなっていて探索能力は不要だ。その階層に現れる全ての魔獣を倒したとき次の階層へと進むことができるようになる。ただし、同じ階層でも突入した探索者パーティ毎に違う部屋に転移するらしく、応援や救助は一切望めない厳しい面もある。

 それでもこの迷宮に多くの探索者が潜るのは難易度の低さや倒した後に肉が手に入るだけでなく、帝都から日に何本か馬車が出るくらいに近くに位置していることだろう。

 上層では数匹から数十匹の集団で行動する群兎グルピオクニクロしか出ない。〈増殖〉という一定時間経つと分裂して増えるという魔術を使うため、短時間で殲滅する必要がある。この魔獣から迷宮品が出たことは一度もなく、それなりの皮や肉が手に入るため帝都やその周辺の村の食肉事情の何割かはこの群兎が担っていると聞く。

 中層以降は群兎に混じってよりすばしこく強力な角兎コノクニクロ牙兎デントロクニクロが現れる。群兎よりも運動能力が高いが、これらは増えることはない。

 最深の二十七層では迷宮の主として、群兎を際限なくどこからか呼ぶ〈召喚〉の魔術を使う招兎アルヴォカントクニクロが現れる。このとき召喚された群兎は、それまでに現れる群兎よりも獰猛で、しかも三倍以上の速さで〈増殖〉するという。

 そのため広い範囲に届く強力な魔術や迷宮品を何度も使って殲滅する戦い方がこの迷宮の基本となり、それが叶えば難易度は相当楽下がるのだ。一人で攻略した猛者もいるという。

 以前十層までは力任せに進んだものの、クロムでは一度に多くて数匹しか攻撃できないためその数に押し切られてしまい、先には進めず諦めていた。


(できないとわかってはいるが、広範に攻撃できる魔術が使えたら先に進めるんだがなあ。もしかしたらディンならそういう凄い魔術も使えそうだな。)


 王都の端、クロムが使っている安宿の裏手で、日課となっていた剣や槍の型稽古をしながらロンウェー迷宮へどう挑むかを考えていた。

 そもそもディンの狙いは何なのかが解らない。探索者協会に行ったとき、ロンウェー迷宮で何か事件はあったか聞いてみたが、最近では十日前に三級パーティ〈古金の鎖〉が毛皮取得の依頼で十八層に挑んでから消息を絶ってしまい生存は絶望的だという話と、上層では魔導学院の生徒たちが探索パーティを組んでこぞって小遣い稼ぎに潜っているから心配、という話だけだった。


(…特に何もなさそうだな。消息不明は迷宮だとよくあることらしい。すると、上層の実態調査とかかな。昨日戦ったような生徒たちなら、上層くらいだったらどの生徒も安全に戦えそうだが。)


 答えの見えないことを考えながら、訓練に身が入らないでいた。雑念を一旦忘れ、一通りの訓練を終えてから再度考えてみたが、結局クロムにはディンが何を目的にしているかなどわかるはずもない。


(…ロンウェーに潜る時に聞いてみるか。どうせわからんのだ、それまでは考えなくていいだろう。)

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