神の盤上と彷徨者

21.

　クロムはタイデンに最初に通された道を思い出しながら、魔導学院の外へと向かっていた。突如、爆発音がした。音のした方へと駆けていくと、中庭でタイデンとその周辺に幾人かが囲んでいるように見えた。咄嗟に剣に手をかけたが、様子をよく見れば囲んでいるのは生徒たちで、どうやら戦闘の指導をしている様子だった。

（なんだ、早とちりだ。

　…そういえばここに居るのはみんな術士なのか。折角だ、少し見させてもらうか。）

　先程の爆発を起こしたのはタイデンに怒られているやんちゃそうな鈍色の髪の生徒らしい。探索者協会の修練場でもあまりに危険な真似をした輩は職員から怒られるから、それと一緒のようだった。

（…魔術というのは怖いな。あんな爆発なんか間近で起こされたらたまったもんじゃない。）

　先程の生徒は下がり、今度は赤髪の生徒がタイデンと対峙した。

　赤髪の生徒はクロムの目でも見失いそうなほどの速度でタイデンの背後へと回り込み、そのまま滑って倒れた。タイデンは振り向きざまに魔術を打ち込むと、少し固まってから生徒を助け起こした。

（なんだ今のは、あれも魔術か⁉

　いや待てよ、そういえば〈深淵の愚者〉のジェイドも〈突進〉とかいう魔術を使っていたな。確か、移動のための魔術。あれに近いのか。）

　赤髪の生徒にいくらか話してから、更に別の生徒の相手へと移る。

　生徒ごとに使用している魔術は違い、それを見るうちにいよいよその多様さとその威力の恐ろしさに気付き始めた。特に鈍色の髪の生徒は爆発以外にも地面から炎を出したり氷を飛ばしたりしているし、赤髪のほうは高速移動一辺倒でよく転ぶが、とにかく速いし、たまにその移動に成功すると別の魔術を使った。

（…こうして見ていると十人十色というか、術士は何をしてくるかわからないな。

　〈白輝蜈蚣の外套〉で魔術は無効化できるから、いざ正面から戦えば倒せるが、着ていないときに襲撃されてあれを食らったらひとたまりもないだろうな。）

　そんなことをぼんやり考えながら訓練を見ているうちに、タイデンに様々な魔術が当たっているのだが傷一つついていないように見えた。それは生徒も同じで、転んだり生徒の魔術が暴発して巻き込まれているように見えているのに衣服は土埃のひとつも見られない。

　結局そのからくりは解けないまま訓練の様子を眺めていたところ、訓練していた生徒の一人がクロムに気付いた。

　タイデンもそれで気付いて、二、三言言ってクロムのほうへと向かってきた。

「ディン教授の客人…クロムだったか。道にでも迷ったか？」

「いや、訓練の様子を見ていたんだ。術士というのは厄介だな。どう対策しようかと思っていた。

　それと、魔術をあんなに撃っているのにまったく怪我しないのも不思議だったんだ。」

「訓練で怪我をしないようにする魔道具があるのだ。ところでこれから他に用事はあるか？」

「いや、ない。」

「丁度いい。ちょっと来い、実地訓練をさせてやる。」

「良いのか。」

「相手が俺ばかりでは生徒の刺激にならないんだ。」

　タイデンはそのままクロムを生徒たちの前に連れていくと、特別講師だと言って生徒たちの前に突き出した。

「おい、待ってくれ。」

「待たん。おい、誰かこいつと戦いたいヤツおらんか？」

　生徒たちは困惑、好奇、猜疑と様々な視線をクロムへと送る。そのうちの一人、妙に輝いた目をした生徒が手を挙げた。

「俺とやろうぜ！」

「リュード、仮にも講師にその言葉遣いはないだろう。」

　リュードは先ほどタイデン相手に様々な魔術を打ち込んでいた鈍色の髪の生徒だった。

　いざ正面に立つと、この生徒は思っていたよりも小柄で華奢で、どことなく幼く思えた。しかしその表情は自信に溢れているようだ。

「いい、俺は気にしない。探索者はよほどじゃなきゃ丁寧な話し方なんかしない。」

「〈白蜈蚣〉と戦えるなんて、今日はツイてる！」

「〈白蜈蚣〉？お前二つ名持ちだったのか？」

「俺は知らん…いや、そういえば最近そんな呼ばれ方をされたな。」

「不愛想だけど滅茶苦茶強いって噂さ！これがいろいろあって、オセ迷宮で大物狩りをしたとか、迷宮に行くときは誰とも組まないとか、睨むだけでゴロツキも逃げ出すとかな。それからシャデア以前は誰も知らないとか、気に入らない奴には容赦しないとか。あ、あとは魔獣の肉を食ったとかもあったな。

　その良く目立つ外套が二つ名になってんだって。」

　リュードが得意げに何か言っていたが、クロムはその噂はほとんどが覚えがなく、むしろまったく聞いたことが無いものもあった。内心で首をかしげていたが、一つ思い出すものがあった。

（そういえば、裏路地にいた情報屋にそんな呼ばれ方をした気がするな。外套の模様のことを指していたと思っていたが、俺の渾名だったのか。）

「ほう、蜈蚣。噛むのか？それとも足が隠れてるのか？」

「そんなことはない。」

「早速やろうぜ！こっちこっち！」

　リュードは十数歩先に移動してクロムに手を振った。

「そういえば、俺は魔術なんか使えない。それから、剣を使っても大丈夫なのか？」

「ああ。戦士とどう戦うかが今日の授業だ。遠慮なく使え。」

　クロムはその言葉に頷いて、リュードのもとへと歩いた。術士と戦うのにいい訓練だと割り切って〈白輝蜈蚣の外套〉を脱いで、〈収納袋〉へと入れた。使うのは剣だけだ。

「お互い五歩下がって、この硬貨が地面に落ちたら開始だ。」

「わかった。それが訓練用の魔道具か？」

「さすが察しが良いな！これがこの魔導学院謹製、〈仮初の帳〉って魔道具なんだ。

　地面に落ちた場所を中心に三十歩以内にいる人間がどんな攻撃でも怪我をしなくなる優れものさ。」

「ふうん。どうやって決着が付くんだ？」

「一定以上の攻撃を食らうと頭の上に小さい炎が灯る。これが五つ灯ったら終了だ。ただし、即死するような攻撃は一度で五つ灯る。」

「む、そうか。」

　互いに五歩離れ、リュードが高くコインを弾く。

　カンと音を立てて地面に落ちたとき、周囲が灰色に変わった。

（！？…魔道具の効果か？）

　少し驚いている間にいくつかの球が飛んできた。大きく躱したが、地面に落ちると爆発した。

（これも魔術か？）

　リュードを見ると、楽しそうに笑って更に呪文を唱え始めた。

「〈爆弾（ボンボ）〉、〈爆弾〉! 〈爆発（エクスプロード）〉！〈火〉！〈爆弾〉!〈爆発〉！」

　全力で走りながら爆発を避ける。時折球が落ちた場所以外が爆ぜるのは別の魔術を使っているからだろう。何とか避けているものの、球の数は更に増えている。このままでは当たるのも時間の問題だ。

「〈爆弾〉！〈火〉！」

　近づこうとすれば牽制の魔術が飛んできて、クロムを足止めする。立ち止まっては格好の的だから、とにかく足を止めないよう動き続ける。

　耳元でボッと音が鳴った。魔道具の効果で灯った火だろう。

（遠くにいれば見切りやすいが、俺が消耗するだけだな。無理矢理行くか。）

「！〈火〉！〈爆発〉！〈氷（グラシオ）〉！」

　足に力を込めて一気に距離を詰める。火を駆け抜け、爆発を受けながらもあと十歩もない。飛んできた氷塊を剣で弾き、五歩。

「…っ〈土（グルド）〉！《木〈リグノ〉》！くそっ」

　土塊が飛んでくるが、これも剣で弾いてやり過ごす。足が木の根に取られるが、強引に振り切る。既にクロムの間合いだ。剣は真っ直ぐにリュードの首へと吸い込まれるように迫り―――軽い手応えと共に腕を切り飛ばし、勢いのまま首の半ばまで切り裂いて、そのままリュードを弾き飛ばした。

（あっ！しまった！）

　〈剛力〉を使用したわけではないが、クロムの膂力で振られた剣を生身の身体でまともに受けた相手が悲惨なことになるのは火を見るよりも明らかだ。嫌な汗が噴き出た瞬間、周囲が色を取り戻した。魔道具の効果が切れたのだ。

「おい、大丈夫か！」

　倒れたリュードのもとへと駆け寄ると、気を失ってはいたが首に傷跡はない。斬ったはずの腕も元通りに戻っていて、血の痕すらも見られない。クロムも同様に火傷痕は無いため、言葉通り訓練で済むようになっているのだろう。

（よかった。殺してしまったかと思った。）

　余計な思考を振り払ってリュードを担ぎ、タイデン達のもとへ戻った。