18.
ディンと別れ、再度マルバス迷宮へと戻ってのびのびと戦ってから、乗合馬車を拾って帝都センドラーへと戻った。宿に戻るなり布団へ倒れ込んで、それから一日布団の上で動かなかった。
帝都に来てから、依頼で酷く疲れたときはこうして静かに動かないでいると普段よりも疲れが取れる気がして、事あるごとにこうしていた。
(そういえば、あいつはまどうがくいんなる場所に来いとか言っていたな。)
翌日、ディンという男の言っていた魔導学院なる場所へと行ってみることにした。
街中で目についた人に道を聞きながら歩いていると城下街へと出た。同じように人に道を聞こうとしたところ、小さく声を挙げて逃げていった。
別の者に声をかけても、やはり目を逸らして逃げてしまう。何度かそれを続けていると、背後に殺気を感じた。振り返ると、いかつい顔をしたクロムよりも頭一つぶん大きな男がいた。
「おい、ウチの生徒に声を駆けまわっている人相の悪い男というのはお前のことだな。」
「魔導学院とかいう場所を探しているんだが、どう行けばいいか教えてくれ。」
「……学院に何の用だ?答え次第じゃただでは…」
男の殺気が増し、肩を掴まれたが、クロムはそれで怯むような度胸はしていない。態度を崩さずに正直に言った。
「ディンという男に用がある。そこのキョージュとか言っていたな。」
「ディン教授だと?」
その名前が出たとき、男の怒気は沈んでいった。
「ふむ…いいだろう、魔導学院には連れて行ってやる。だが無駄な抵抗はするな。暴れたり逃げようものなら…」
「ディンと話すだけだ。」
男の言葉を遮り、肩の手を掴んで外す。その答えが意外だったのか、男も着いてこいと言ってクロムを先導した。
(…この男からも、ガハラやパトリオットほど強くはなさそうなのに、なんかひりつく感覚がするな。ミーアと同じだ。術士ということかな。
…ディンといいこいつといい、学院という場所は良くわからん奴の溜まり場か?)
クロムはおとなしく男の後を追う。数度角を曲がれば、巨大な門が見えてきた。
「ここがセンドラー魔導学院だ。お前、名は?」
「クロム。」
男はそう言うと丸い何かを取り出し、しゃべった後手をかざした。するとそれは鳥のような形になってどこかへと飛んで行った。
「ディン教授はお忙しい方だから、会えないと言ったらおとなしく引き下がるんだぞ。」
「ああ。ところでさっきのはなんだ?」
「…連絡用の魔道具だ。」
男はクロムの物言いに苛立った様子だったが、律義に質問に答えた。
「魔道具?迷宮品じゃないのか?」
「魔道具は人の手で作った、迷宮品のように何かしらの能力を持つ道具だ。迷宮品とはまた違う。」
どこかへと飛んで行った魔道具が再び戻ってきて、人の声で喋った。
『タイデン教官、クロムさんを連れてきてください。』
ディンの声でそう喋った鳥は、タイデンというらしい男の手の内に潜ると球状に戻った。
「むっ…いいそうだ。付いてこい。」
タイデンに着いて構内を歩いていると、学院の所属らしい者たちがクロムのほうを物珍し気に見てきた。クロムと目が合った者は、目線を逸らして去って行くものが多かった。
クロムもこれまで入ったことのないような立派な建物内を物珍し気に見ていた。
「おい、こっちだ。」
「わかっている。」
案内された中庭の先に白い塔が見えた。あの白い塔がディン教授の研究棟だという。
白い塔の正面へと着くと、ディンが立っていて、こちらに気付くと手を振った。
「お疲れ様です、タイデン教官。クロムくんを連れてきてくれてありがとう。」
「いえ。この男とお知り合いで?」
「まあ、はい。マルバス迷宮で助けてもらいまして。彼、物凄く強いんですよ。」
「以前から頼んでいたという探索者の三人の誰かとは違うのですか?」
「ええ。その、恥ずかしながら、間違えて三層に入ってしまって、〈大跳ね蛙〉に不意を突かれたところをね、助けてもらったんです。」
「なんと。今度からはもっと腕のいい探索者を付けたほうが良いですな。何なら俺が付きましょうか。」
「おや、それは助かりますね。」
しばらくディンとタイデンで話をしていたが、やがてタイデンが踵を返し去って行った。
ディンは塔へとクロムを招き入れると、応接室へと通した。人の好い笑顔でクロムの対面へと座ると、軽く指を振った。
「ようこそ象牙の塔、ぼくの研究室へ。」
ティーポットがひとりでに浮いて、用意された茶器へと中身を注ぐと元の位置へと戻った。それを見て驚いて固まったクロムを見ながら、ディンは補足した。
「ああ、今のは物を浮かせる〈
説明を聞いてもクロムには何もわからなかったが、最初に感じたちぐはぐさは、戦闘をしない、ただ学術のための魔術だけに熟達していることを指しているように思えた。
「ええと、たしか、クロムさんへの報酬はお金じゃなくて、魔術とか魔獣についての話でしたよね。」
「あ、ああ。」
一つ咳ばらいし、紅茶を飲んでからディン、いやディン教授の講義が始まった。
―――
「まず―――魔術は、魔獣の真似事から始まりました。
神代の話をしましょう。魔術とは古来、魔獣の使う脅威、同時に現在も信奉される神々の奇跡の御業と信じられており、当時の人間が到底真似できるようなものではありませんでした。ですから神々は畏怖の対象として崇め、魔獣は恐怖の対象として怯えていました。
神の奇跡は頻繁に起こるわけもなく、人間は魔獣や獣らに襲われて着実に数を減らしました。そんななかで一部の人間は生きるためにマナに順応し、結果、最初に使えるようになった魔術は〈火〉と言われています。
〈火〉やその上位の魔術は強力な一部の魔獣のみが扱うことができる恐怖そのもので、通常の火では中々遠ざけられない魔獣も、魔術としての火ならば追い払える力がありました。
やがてマナに順応し始めた多くの人間たちは誰もが最初の魔術、〈火〉を使い始めました。人間でも魔術が使える、それが解ったことを皮切りにこれまでは魔獣だけが使えた魔術を次々と人間たちは研究し使い始めた…というのが定説です。」
長く続いた個々人が魔術を習得し専売特許のように振るっていた時代は三百年ほど前まで続いていた。
しかしそれも最初の迷宮が発見されたことで終わりを迎えた。
迷宮という未知の領域を探索するべく、未開の地に足を踏み入れたがる者等を中心に探索者協会が設立された。同時に魔獣と戦う手段の一つとして魔術を使える者が重要視されはじめ、魔導協会も設立される。これらの組織ができた頃から急激に研究が進み始め、何世代、幾十人もの術士や学者らが少しずつ魔術というもの、マナ、魔力というものについての知見をまとめはじめ、現在の体系的な学問へと変わっていく。迷宮の歴史は魔術の歴史でもある。
一息にそこまで語った後、今度は迷宮品の話へと移る。
「最初に発見された迷宮品は、現ペンタクル連合国にあるハーゲンティ迷宮十七層から発見されました。倒した牛型魔獣が一本の槍へと変じたと言います。
そしてその槍には後に、防御されたとき威力が上がる〈瓦解〉という能力が備わっていることが判明します。
迷宮品には人の手では再現できない奇蹟が宿っている、と噂されるようになりました。今は冒険者協会基準でただ付与能力とか能力としか呼ばれませんが、神殿などでは奇蹟と呼ばれます。」
発見される迷宮品はやがて魔術に影響を与えた。帝都から西に何日か行った先にあるヴィネ迷宮から書物型の迷宮品が発見された。それを手に入れた探索者は術士だったが、書物を開いたときばらばらに崩れ去ったが、書物を開いた術士は、人間ではこれまで解明されていなかった魔術〈風〉を使えるようになっていた。この術士から〈風〉という魔術の呪文と理論が伝えられ、現在では〈風〉の魔術は有名な系統の魔術となっている。
「この書物型の迷宮品は、極極まれに迷宮で見つかり、魔導書と呼ばれるようになりました。
クロムさん、ここまでは付いてこれていますか?」
ディンはすっかり、これまでのおどおどとした話し方ではなくなっていた。このような説明や講義のような、一方的に話すことにおいては慣れているようだった。
「なんとなくは。ところでその魔導書というのは、開けば誰でも使えるのか?」
「いいえ、適性がないとそもそも開けないみたいですね。また、何度も使える種類の者もあると聞きます。もし魔導書を手に入れることがあれば、開けなかったら是非ぼくへ、無理そうなら魔導協会へ持ち込んでください。
ぼくなら赤金貨二枚で買います。」
「赤金貨?」
「て、帝国がごく少数発行している、貴重な貨幣ですよ。白金貨も赤金貨も、市井ではほとんど流通しませんから、多くの人は存在も知らないのも無理はないでしょう。
白金貨は金貨百枚分、赤金貨は一枚で金貨千枚分に相当します。最近使われたのは、これまで未踏破だったオセ迷宮の迷宮主素材の買い取りでしょうか、魔獣の体内構造を研究している教授が買い取っていましたよ。とても有意義な買い物だったそうです。」
オセ迷宮はクロムが〈深淵の愚者〉という探索者たちと共同で攻略していた迷宮で、五十六層で希少種の魔獣と死闘を広げた場所でもある。別の何とかいう探索者たちが攻略し、どこぞに丸ごと買われていったと聞いていたが、買い取ったのはセンドラー魔導学院だったということだ。
「主との戦闘時の様子も確認はとれていますよ。
調書には、ただの物理攻撃は一切通らなかったとありました。魔術付与の物理攻撃であれば通ったらしいですよ。
「物理攻撃が通らない?それに魔術付与?とはなんだ?迷宮品の能力とは違うのか?」
「ええ、違います。魔術付与は…ちょっと似たような事を実際にやってみます。」
ディンは〈移動〉で棚からよく磨かれたナイフを引き寄せると、手に取ってクロムの前にかざす。
少しの間じっとしていたが、〈火〉の呪文を唱えた瞬間ナイフの先端に火が灯り、刃先を包み込む。
「疑似的ではありますが、こんなふうに武器に魔術を纏わせる技術です。」
「疑似的?実際にできているんじゃないか?」
「ぼくはこのナイフを使い込んでいるわけじゃないので、強引に魔術を発動して再現している状態です。魔術が使い込んで手に馴染む武器でないとうまくいかないし、魔術を扱う資質が高くないとできません。それに魔術を制御できないとそもそも武器を傷めてしてしまいます。」
そう言ってナイフの〈火〉を消す。〈火〉の魔術に晒されていたナイフは金属特有の輝きは残っているが、ところどころ小さく歪んでいた。
じっとナイフを見ているのが興味を持ったように見えたのか、ディンは一つの提案をした。
「どのくらいのマナを扱えるか、魔力を使用できるかを測定できる道具がありますから、試しますか?」
「……魔術はまともに使えないからなあ。」
「魔術がうまく発動できないのは適性が関係しますが、魔術が苦手なだけなら克服できます。向き不向きがあるだけですよ。」
ディンの前向きな言葉にクロムは思わず頷いてしまう。嬉しそうにディンも頷いてタイデンの使っていた球状の魔道具を使い、少しして鳥の姿で戻ってきた。
「大丈夫そうでした。行きましょう。」
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