13.

 ガハラが剣を探している間に、クロムは一人でオセ迷宮三十四層から先へと挑戦していた。〈深淵の愚者〉と合流してから、この階層はすぐに突破してしまったが、クロム自身がこの階層で一人でも戦えるか確かめるつもりだった。

(蟻型の魔獣は間違っても殺さない。よし。)

 蟻型の魔獣は一匹死ぬと後から大量に湧き出てくる特性があるから、この魔獣を避けるだけでこの階層の難易度は下がる。

 羽虫型の魔獣は斬り落とした。蟻型の魔獣は倒してはならないと思いつつも、戦いから逃げることは性に合わなかった。しかし面倒を避けるには時に必要だと言い聞かせて逃げた。

 蟻型の魔獣を見かけなくなった四十層にはすぐに到達した。

(…釈然としないが、まあ、いいか。)

 四十層からは跳弾壁蝨が現れるが、盾を駆使して受け止め、逸らした。この魔獣は地面に落としてしまえばさほど脅威ではないから、地面に落ちたところを潰すだけで倒すことができた。

 厄介だったのは蟷螂型の魔獣だった。クロムの背丈ほどだというのに、両腕の鎌の攻撃範囲はクロムの腕と剣を合わせてもまだ長く、簡単に近づけないでいた。

(…一気に近づいて首を落とすしかないか?)

 魔獣の攻撃を盾で逸らしてもすぐに戻されてしまい攻めあぐねていたが、ハルバードを使えばいいと閃いて、柄の端を握って攻撃してみた。すると、魔獣の攻撃範囲とほとんど変わらなかった。それから決着はすぐについた。

 勢いを付け、〈剛力〉を唱えて振るったハルバードは魔獣の胴をやすやすと切断した。

 次の瞬間、蟷螂型の魔獣は剣らしい武器に変じた。らしい、と思ったのはその剣は真っ直ぐに伸びているわけでもなく、刃の途中で垂直に近いほど湾曲した剣だったからだ。

(なんだ、これは。あとで鑑定してもらうか。)

 剣のように見えたから〈武器庫〉に入るか試したところ、収納されたためこれはやはり剣だったらしい。

 更に先へ進み、四十二層の蜈蚣型の魔獣を倒したとき、今度は鎌へと姿を変じた。

(運が良いな。二度も書き換わりが起こるなんて。)

 これも〈武器庫〉へと仕舞って、更に先へと挑んだものの、結局四十三層で疲労を覚えて迷宮を出た。

 シャデアへと戻り、探索者協会で手に入れた迷宮品を鑑定してもらった。

 結果、剣先が直角に曲がった剣は〈瓦解のショテル〉という名前で、防御行動をとった相手に対して攻撃するときに絶大な力を発揮する〈瓦解〉という能力を持っていた。ただし、防御していない相手には普通の剣程度の威力しか持たない。

 鎌は〈迷彩の鎌〉といって、これを持っていると離れた者から姿が見えなくなる〈迷彩〉という能力がついている事がわかった。

 クロムは二十五層で〈瓦解のショテル〉を使って何度か戦ってみたが、この剣の使い勝手が解らず、扱いに困っていた。いっそ棍棒のほうがましだとすら思ったほどだ。

 しかし別の日に四十層で蟷螂の魔獣と相対したとき、蟷螂の魔獣がその腕を突き立てて攻撃してくるのを見て、同じように使えることに気付いた。

 攻撃を避け、曲がっている剣先を魔獣へ向けて薙ぎ払ったとき、その真価を見た。魔獣は確かにその腕で防御したが、剣先はそれに止められず腕を砕き、首筋を穿った。

 これまで蟷螂型の魔獣の腕は剣で薙いでも受け止められてしまっていたため、この剣の効果が実は凄まじいものであると見せつけられた。

(今、防御されたのに、ほとんど手ごたえが無かったな。この剣の効果か?)

 そのまま数体の魔獣を倒しながら、いくつかの動きを試した。刃のある方で切りつければ普通の斬撃が、そのまま腕を戻せば先端が敵を穿ちに行く。相手が避けたときは浅い傷しか付けられなかったが、身を縮ませたり腕などで防御したりしたときは、その防御を無視するかのようにあっさりと貫通し、致命傷を与えた。どこかにひっかけて引き寄せることも練習次第で出来そうだった。

 これを面白がって、三十層へと戻ったクロムは〈瓦解のショテル〉を振り回して遊んだが、数日も振り回せば飽きが来た。

 再び深層を目指して迷宮を潜り始めたが、魔獣の多さ故手数が足りずにまともに戦うこともできず、四十二層で奥へ進むことを諦めた。

(…これ以上はやっぱり一人じゃ無理だ。一人で行くには手数が足りん。どうしても仲間が要る。)

 結局四十層の魔獣を倒すことで武器の修練をすることに日々を費やした。

 そうして魔獣を倒しているうちに、クロムは再び夢を見た。

 これまでクロムの夢に幾度か登場していた者たちは、何度か夢を見る中で死んでいった者もいた。大抵が凄惨な最期だった。しかし時間はばらばらなのか、次に見た夢では生きていることもあった。

 そんな夢を見ている間に、やがてある人物を多く見るようになった。クロムより二回りは小さい後ろ姿と、緩く流れる長い銀の髪。それ以外に一度だけはっきり見えた顔は女のものだったと思わせた。ただし顔は見たはずなのだが、起きているときに記憶を思い返しても靄に覆われて顔ははっきりとしなかった。

 あの女とはほとんど話をしない…正確には過去の自分と何か話しているようで、その内容の一部は聞こえるものがあるが、聞き取れない部分もありクロム自身がどう答えているかなども分からない。

 兎も角、この女を探し出し、自分の正体を聞き出すことがクロムの次の目的となった。

(この先、気楽に迷宮にばかり潜っていられないか。これが先の見えない不安か。)

 それから、もう一つ認識を改めたことがあった。

 以前は戦いで死にかけることで記憶を取り戻すものだと思っていたが、この迷宮の探索で死にかけずとも、夢で過去の自分を見ることができていた。

 だから死にかけるのでなく、強い魔獣を倒したときに記憶を思い出すのだと考えなおし、捨て身とも思えるような戦い方を少しずつ堅実な動きに変化させていた。

 迷宮探索を中断してから二十日と少しが過ぎた頃、ようやく手に馴染む剣を手に入れたとガハラから連絡が入った。

 ガハラに会ってみれば、これで問題ないと言って剣を振り回していた。

 ガハラの新たな剣は迷宮品で、武器を振う速度の上がる〈加速〉と、硬さを増す〈硬質〉の二つの効果が付いていた。相当に良い剣だそうで、金貨百二十枚の値がついていたという。

「いやあ、待たせて済まねえな。」

「本当だよ、バカ高い買い物させやがって。」

「すまん。でも金は出してくれんだから好きだぜ、アリシア。」

「バカ言ってんじゃないよ、もう。もう…!」

 ガハラとアリシアは昔馴染みだというが、この日は妙に距離が近かった。正確にはガハラが誰に対しても妙に馴れ馴れしく、パトリオットやジェイドの肩に腕を回したりして、鬱陶しそうに払い除けられていた。クロムにもべたべたと触ろうとしてきたから、腕を叩いてやめさせた。

「なあ、俺たちは何を見ているんだ?」

「さあ?」

「ガハラが新しい剣を手に入れた時などはあんな感じなのだ。前の剣の時はそうでもなかったのだが。」

 新たな剣を試したいというガハラの要望通り、翌日から五日ほど四十五層で探索を繰り返した。ガハラの手に入れた剣は想像以上に良い物だったらしく、剣を振ってみてガハラは恍惚とした表情をしていた。魔獣もいないところで急に剣を振り出したときは魔獣とは違う恐怖を感じた。

 試し斬りも終わり、いよいよ五十三層へと足を踏み入れたときには、全員がより深層へ行くために鋭い気配を放っていた。

 そこからの攻略は早く、わずか二日で五十六層の奥へと辿り着いた。

 五十六層には魔獣が少なく、結構な距離を歩いたというのに二度しか戦闘をしなかった。

「なんだ?拍子抜けだな。」

「魔獣が上に集まりすぎてただけか?」

「わからんが、気を抜くでない。」

「ああ、わかってるよ。」

 五十六層の奥、目の前にある半透明の柱はもう見慣れた、他の階層を繋ぐ柱だ。だが、そこに巻き付いているものはこれまでには見たことがなかった。

 それは巨大な胴で柱に巻き付き、忙しなくその長い体についた足を動かしていた。

「白い…蜈蚣…?」

「いや、なんでアイツ柱に巻き付いて……これじゃ近寄れねえ。」

「…もしかして希少種?まずくないか?」

 うぞうぞと動くそれはこちらを見止めたのか、ゆっくりと柱を下りてくる。

 余裕を見せる魔獣の全長はこれまでに戦ってきた蜈蚣型魔獣の倍、胴も二回りは大きい。

 迷宮内の薄明りに輝く白い甲殻の威圧感に、誰もがそれが完全に地へ降り立つまで武器を構えて強く握りしめるしかできなかった。

 完全に地に降り立った時、無機質な目が一行を正面に見据えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る