12.
―――
視界に入った蟻型の魔獣を首を叩き折った。魔獣は倒れてすぐに動かなくなった。
素早く周囲の気配を探るが、何かが動く気配はなかった。
(……前はもっと沢山いたはずだが。
ああ、〈深淵の愚者〉がいたからか?そういえばあいつらは?)
来た方を見れば、既に他の者たちは集まっておりクロムのほうを見ていた。誰もが余裕のある表情をしてクロムが戻るのを待っていた。
(俺より遅く出ても、俺よりも早く戻れるのか。…あいつらには一対一でも勝てるかわからないな。)
そうは思ったが、よく考えれば彼等は今のクロムよりも戦闘経験がずっと豊富だ。今すぐにその強さに追いつけないだろうし、今すぐ追い越すような必要もない。
「おう、お疲れ。クロム、お前やっぱり強かったな!良いことだ!」
ガハラが笑顔で近寄ってくる。笑顔ではあるが気配は襲い掛かってくる直前の魔獣のようだった。しかしそれ以上に射殺すような視線を感じて思わず鎚の柄を強く握った。
(誰から…いや、迷宮に潜る前みたいに接せばいい。お互いに害すことはない。)
理性で無理やり緊張を抑え込むと、一回だけゆっくり頷いた。言葉は出なかった。
〈深淵の愚者〉とクロムは更に先へと歩を進める。四十層までは軽快に進んだが、そこから先の足は鈍った。魔獣が強くなったわけではなく、一層あたり魔獣に遭遇する回数が一気に増えたのだ。
クロムは当初の予定通りに鎚で魔獣を殴り殺し、あるいは盾を出して魔獣を抑え込みミーアの魔術で焼き払いながら前進した。
三十七層まで進んでから一度迷宮から出た。外はとっくに日が暮れて、残った薄明りももう消えそうでいた。
シャデアに戻る時間ももったいないと言って、ここで野宿することになった。秋も深まってきており、火を焚かなければ体が冷えるし、何より飯も焚けないと大急ぎで薪を拾い集めた。火を焚くと、一行はようやく腰を落ち着けた。
「今日はお疲れ。いい調子だな。」
「うむ。ポティスのいなくなった穴が塞がったのも大きい。」
「ポティス?誰だ?」
クロムがいなくても戦える集団だと思っていたし、実際彼らの連携はクロムが入らない方が成り立つ。今はまだ入ったばかりのクロムに合わせてもらっているのだと思っていた。
アリシアが酒を煽り、遠くを見ながら思い出すように呟く。
「…ここに来る前はポティスって男がいたんだ。ただ、前にいた迷宮を攻略したらふといなくなっちまった。」
「探索者なんてそんなもんさ。いつの間にかパーティの登録からも消えていたんだ。」
「奴は…強くはなかったが、我等が戦いだけに専念するために必要な補助役だったな。」
「ああ。いい補助役でなあ、料理、交渉、武器の整備、簡単な道具や爆弾の作製…それから投擲なんかも得意だったな。非力だったが。」
「前の奴は、かなり視界が広かったんだな。」
「そうだな。ここにきてすぐはだいぶ苦労したが、まあ、全員で少しずつ分担することで何とかなってるんだ。むしろこっちのほうが正しい姿だけどな。」
「なんでふと消えちゃったんだろうね?」
(…やっぱり探索者は誰かが欠けるというのはよくあるのか。いや、命懸けで潜っているんだから、それもそうなのか。)
それから今日の戦いの話題でいくらか盛り上がり、見張りの順番を決めた。クロムは三番目だった。
―――
森の中で目を覚ます。全身が冷えて動かし辛い。それでも少しだけ温かく感じるのは、傍に焚火が細々と焚かれているからだ。
傍の藪がわずかに揺れ、誰かが現れた。擦り切れた外套を羽織っていて、顔は霞がかかったようにぼんやりとしていて良く見えなかった。
「ああ、目が覚めたか。見ろ、晴れて星が綺麗だ。起きたなら、少し話をしよう。」
―――
「……ン?」
クロムが目を覚ますと、不寝番は二番目のレラだった。火は先ほどより大きくなっていた。レラが新しく薪を継ぎ足したらしい。
「…ナんだ、起きたのか?まだ寝ていろ。交代はもうしばらく先だ。」
「そうか。じゃあ寝かせてもらおう。」
そう言って再び横にはなるが、寝付けずにいた。薪が燃える音だけが聞こえていた。
空を見上げてみたが、木々と雲に覆われていて星は見えなかった。
(そういえば、いつもは星なんか見ないでいたな。)
交代の時間になり、レラに声をかけられて起き上がる。薪を何本か火にくべて、しばらくその燃える様子をじっと見ていた。いたずらに周囲の気配を探っても見たが、何もいない。気配が無い野外の暗闇はクロムには少し新鮮だった。
―――
朝が来た。いくらかの野菜と干し肉を食べ、全員の準備が終わるとすぐに迷宮へと潜る。
三十八層では
一層あたりの負担が徐々に大きくなってきたのを感じて、慎重に進むことにした。七日かけて四十四層まで進んだ。この頃になるとクロムも〈深淵の愚者〉の動きの勝手を解ってきて、より円滑に戦えるようになった。
四十五層の探索中に不意を突く形で跳壁蝨が飛んできたとき、クロムはとっさにアリシアを庇い〈鋼鉄〉を使った。攻撃を生身に受けたクロムも無傷であったからガハラからはしつこく怪我は無いか、何をしたかを聞かれた。面倒になったクロムは知らんと一言だけ言って白を切った。
四十七層でまた蜈蚣の魔獣と遭遇した。今度は甲が鈍色だったが、前衛たちで気を引き、ミーアが腹に魔術を叩き込んであっさりと倒した。魔獣は杖へと姿を変えた。杖はジェイドの持つ〈収納袋〉へ納まった。
「酒が飲みたい。シャデアに戻ろう。」
四十七層の攻略後、ガハラが大真面目な顔でそう言った。誰も反対するわけでもなく、シャデアへと戻って酒と食料を買い込んだ。
噂で、五十四層に挑んでいだ〈水竜の冠〉と組んでいた〈栄光の旗〉の二人が大きな怪我を負い、しばらく活動を休止すると噂で聞いた。〈水竜の冠〉は今より浅い層で修練すると言って、四十層後半あたりへと潜っているらしい。
それを聞いたガハラが荒れて暴飲暴食して倒れ、三日程休みにすることになった。ガハラもそのパーティが離脱したことに何か思うところがあったのかもしれない。
クロムは三日間の休みの間は特別何かするわけでもなく、一日目に武器の整備をしただけだ。他にしたことと言えば、朝に剣や槍の技を練習する以外の時間は、布団の上で転がって過ごしていた。
再びオセ迷宮へ挑んでからは皆調子が良く、すぐに四十九層を突破した。蜂の魔獣の集団が襲ってきたが、ミーアが焼き尽くした。
五十層へ踏み込むと、これまでとは更に雰囲気が異なっていた。更に欝蒼としており、十数歩先も満足に見えないほどに視界が悪い。
「森ってぇか…」
「なんだ、木のウロの中みてェな閉塞感だな。それに、ここまでと違って気配が少ねえ。」
「ふむ。長物の武器は使えぬな。剣でも少し威力や目測を間違えれば蔓や木が邪魔になって命取りだ、気を付けろ。」
「焼き払っとく?」
「…いや、やめとけ。どこかに助燃木が生えていたら、下手すれば俺達も危ない。」
助燃木は文字通り物と一緒に燃やすと燃えるのを助ける働きがある木だ。水気のあるうちは長い時間くすぶり続け、乾いてくると一気に火を燃え広がらせるため使い方によっては危険を伴うという。
「へえ。そんな木があるのか。」
「探索者続けるなら知っとけ。あんま見かけないが、もし群生していたら絶対に火を近付けるんじゃねえぞ、酷い山火事になるからな。」
「成程、覚えておく。」
五十層では五度魔獣たちと遭遇したが、いずれも掌大の羽虫の魔獣の集団だった。動きは更に速く、外殻は硬くなっていた。クロムは鎚や盾よりも剣のほうが戦いやすいと直感して、剣を取り出す。
魔獣の足や胴にある節は柔らかいままだったため、当たれば簡単に胴や首を切り落とすことができた。
一度目の戦闘ではとらえきれず何度も攻撃を外したが、二度目の戦闘でようやく捉えた。五度目の戦闘のときは強引に叩き切ったが、節を的確に捉えられていなかった。しかし高速で動くものを狙って切り払うという技ができるようになったために、修練を重ねればできそうなことを内心で喜んだ。
三日かけて五十二層へと進んだところ、不意に跳弾壁蝨が飛んできて、ガハラがとっさに剣を盾代わりにして防いだ。魔獣はすぐにパトオリオットが叩き潰したから、目立った怪我はないようだったが、ガハラの剣が砕けてしまった。
代わりの剣を貸したがガハラの手に馴染むものではなかったらしく、五十二層を攻略してからは、ガハラが新しい剣を手に入れるまでは探索を中断して、休養を取ることになった。
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