11.
〈深淵の愚者〉と共同で探索を始める日になった。
剣と鎚のどちらを使うか迷ったが、鎚を持っていくことにした。打撃武器を持つ者がいなかったことも理由の一つだが、鎚は剣や槍と違って、勢いよく当てるだけで十分敵を叩き潰せる代物だからだ。
鎧蜈蚣の甲殻を使った鎧を装備した。改めて動きが阻害されないことを確認してから〈深淵の愚者〉と合流した。
「よう、行く準備はできてそうだな!」
「ああ。遅れてしまったか。」
大真面目な顔で頷こうとしたガハラをアリシアが小突く。変な声を出してガハラがうずくまった。
「大丈夫、こいつが張り切ってたたき起こして回ったせいで早いだけだよ。ミーアはまだ眠気が取れてないしね。」
「ううん、大丈夫。」
「いいサ、寝とけ寝とけ。パトリオットに背負って貰エよ。」
「いい。歩ける。」
ミーアはまだ眠いというように目をこすっていたが、やる気はある様子だった。
(こいつは本当に強いのか?)
「さあ、さっさと行こうぜ。」
「はあ…済まないねクロム、うちはこんなんばっかなんだ。」
「あ、ああ、構わん。」
クロムよりも実力が上だろうとは思うが、仲間としての距離感は決して悪いわけではない。迷宮で戦っているうちに少しは詰まるだろうと楽観していた。
「さて、クロムは主に前に出て戦うんだったな。」
「ああ、そのつもりでいる。」
「じゃあ、前衛…ガハラ、レラ、ジェイドと一緒に前に出てほしいんだけどいいかい?」
「わかった。ところでパトリオットは普段前衛なのか?」
パトリオットは鎧を既に着込んで、兜で表情が見えない。この大男の獲物は破城槍と呼ぶにふさわしい巨大な槍で、明らかに前衛の持つ装備だった。
「うむ。武器こそこの槍だが、実を言うと専門は対人戦や警護任務なのだ。抜けてきた魔獣の相手は任せてもらおう。」
「ああ、パトリオットはそうだね。アタシは今回ミーアを守るための後衛だからね、弓だよ。」
他の者の装備を見る。ガハラは長剣、レラは双剣だ。以前も見たが、どちらも良く使い込まれ、整備されていることが窺える。
ジェイドは大盾を持っていたが、腰には剣だけでなく小さな杖を差していた。ジェイドは魔術も使うようだ。
術士のミーアは身の丈ほど大きい白い杖を抱えていた。特別な装飾は無いが白く輝いているように見え、その杖自体が特別なようにも見える。
意識してこの集団を見れば、前衛というよりも身軽に動き回る遊撃、敵を食い止める壁役、回復といざという時の火力を出す術士と隙が無いように見えた。
(俺は前衛になるから、いつも通り敵に突っ込んでいいんだろうか。…こいつらと合わせ込めるだろうか?)
そんな心配をよそに一行はオセ迷宮へと着き、とりあえず三十二層で、というガハラの意見で移動する。そして何ということもないように言った。
「じゃあ、クロムは好きに動いていいぞ。」
「なに?」
「なんだ?連携の心配してるのか?大丈夫だろ、お前が期待通り強けりゃ何とかなる。」
「ごめんよクロム。このバカが言いたいのは、ちゃんとここであたし達が合わせ込むようにするから気にすんなって言ってんだ。」
「それでいいのか?俺が合わせるべきなんじゃないのか?」
「ああ、問題ない。俺たちは強い、お前も強い。ならしばらく戦えば勝手に噛み合うさ。」
ガハラはそう笑いながら、手近に現れた蟻型の魔獣を斬り殺した。クロムが止める間もなかった。
「それじゃ、好きに暴れてみせな!死ぬんじゃねえぞ!」
その楽しそうな声と共に、あちこちから気配が寄ってくるのを感じとる。
鎚を握りしめる。一番近い気配に飛び入り、力一杯水平に鎚を振り回すとそれだけで数匹の蟻型の魔獣の頭が弾け飛び、身体をなぎ倒した。
(〈剛力〉はまだ使いたくない、数を減らすところからだ!)
近づいてくる複数の気配を感じ取っては近づき、同じように鎚を振り回し続ける。無心に、淡々と殺戮を続けていると、やがてクロムに近づく気配が無くなった。
―――
ガハラが蟻型の魔獣を一匹無造作に斬り殺した。次の瞬間にはあちこちから気配がし、その気配が最も多い場所へとクロムは走り出した。
「あいつ、真っ先に気配の多いところに突っ込んだな?いやあ、手が速い。」
「会敵して、即交戦。思い切りが良いナ。」
「あの戦い方、アレと戦ったことがあるようだな。奴は一人で潜っているらしいとあの職員から言われたときは疑ったが、本当だったらしい。」
「この階層になるとあれが勇気ある、なのか無謀なのかの判断をしかねるねえ…。」
口々にクロムへの評価を言いながら、ミーアとパトリオットをその場に残して〈深淵の愚者〉は散開する。すぐに各所で戦いの音が聞こえてきた。
「ミーア、クロムをどう思う?」
「んー、私の近くに出てこられたら私死んじゃうし、通しちゃいけないって思ったのかも。すごく助かる判断?かな?」
魔獣が一匹抜けてきたが、パトリオットの一突きで動かなくなった。
「…そうか。万が一の時はミーアの傍も任せてもいいかもしれんな。」
「うん、でもできればみんなが…〈
ミーアの近くの茂みから勢いよく飛び出してきた蟻型の魔獣は、次の瞬間には白い光に飲まれて消えた。
「…みんなのほうが安心かな。」
ミーアの使った術の、白い光の正体は恐ろしく高温の炎だ。その光の正体を知っている者は〈深淵の愚者〉にもいない。彼等には光の魔術の一つと言っている。
元々東大陸の密教徒たちの間に生まれ、巫女として育てられた彼女は、十四の頃に密教徒たちの間で信じられていた神への生贄として神に捧げられ―――崖から突き落とされた。しかし幸か不幸か死ぬことができず、幽谷を彷徨っていたところを偶然踏み込んでいた探索者の男に拾われたのだ。西大陸に渡った時に男は病で死んでしまったが、その後すぐ〈深淵の愚者〉に拾われ、以来行動を共にしている。
(あの人も悪い人じゃないとは思うんだけど。なんだかなあ。)
パトリオットが索敵を行っている間、他の者たちの戦いに耳を澄ませる。
レラの出自は本人が言わないから何もわからないが、誰かを探して探索者をしているようだ。探索の合間に町で情報を収集しているのを時折見る。
木を蹴り、枝を折るような音が聞こえる辺り、いつも通り激しく移動をしながら戦っているのだろう。類を見ない速さと曲芸のような身のこなしで戦う姿は風の神のようだと評しても差し支えないとパトリオットは思っている。その速さですぐに魔獣を殲滅して戻ってくるだろう。
更に視線を巡らせ、ジェイドの消えた方向を見る。こちらは激しい衝突音が響いている。普通構えられた大盾は防御のためだが、ジェイドの場合は攻撃のためだ。〈
若かりし頃のジェイドは帝国に併合された国のひとつに仕えていた戦士だったが、奥で魔術を使うよりも敵陣に突っ込んで盾で殴るほうが早いと言って今の戦い方に変えたらしい。術は使いようである。
次にアリシアが消えた方向を見る。アリシアはレラほどの素早さはないが、腕輪型の〈武器庫〉を持っている彼女は相当量の投擲武器を保持している。アリシアの投擲能力は高く、アリシアも投げた武器は速く動く敵にも命中させる芸当ができると豪語している。それにより動きを牽制しなから槍で討つ戦い方は堅実で、安定した強さがある。
ガハラが去った方向を見る。彼についてはよくわからない。
ガハラの動きは一見死にたがりのようにも見えるが、実際は攻撃を紙一重で避けることで限界まで近づき魔獣を屠る戦い方だ。敵を誘き寄せて狩る、という言い方が一番しっくりくる。
(多分、本人はそういうわけではないとは思うけど…。)
ちらりと傍で警戒を続けるパトリオットを視界に収める。
パトリオットもジェイドと同じく帝国に併合された国の騎士の出だが、こちらは王族につく近衛だった。今回のような昆虫や四足の獣のような出で立ちの魔獣の相手よりも、人に近い猿型の魔獣や対人においてよりその強さを発揮する。
パトリオットもどうやら人探しをしているらしいが、レラと違って探している様子はなかった。
近づく魔獣はパトリオットが倒していて、ミーアの出番はない。
再びクロムが向かった方向を見る。
(…ああ、しっかり魔獣を引き付けて、振って、確実に頭を潰してる。かなり丁寧、なのかな。
今のが彼本来の戦い方…には見えないけど。)
今なおクロムは鎚を振り回して魔獣の頭を破壊している。
考え事をしている間にガハラとジェイドが戻ってきた。彼らの向かった先はあまり魔獣が多くなかったようだったから、順当だ。
「無事みたいで何よりだ、二人とも。」
「ああ、あの程度に遅れなんざぁ取らねえよ。クロムはどうだ。」
「…奴の行った方向からは一匹も来ておらんよ。」
「へえ!じゃあそれなりに強いな!俺ほどじゃねえけど。」
「魔獣の数が多いほうを一人で相手できてンなら十分強いだろ?むしろ少し上の階層で鎧蜈蚣でも探したほうが良かったかもナ。」
「そうだね。レラの言う通り、もっと信頼していいと思うよ。」
アリシアとレラも戻ってきた。クロムの方向からはもう気配を感じない。もうすぐ戻ってくるだろう。視線を向けると、無傷のクロムと目が合った。
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