10.

「…あ、起きた!起きたよ!良かった!」

「なに、良かった!」

 クロムが目を覚ますと知らない顔に囲まれていた。よく見ればそのうちのひとりには見覚え…というよりも纏う威圧感に覚えがあった。

「…済まない、昨日はお前たちと会ってからの記憶が無いんだ。何があったか教えてくれ。」

 威圧間の強い男はバツの悪そうな顔をして、ガハラと名乗った。

「すまん、実はな、お前が飲み干したのは『死霊殺し』ってぇちょっと強め…ってえな!」

 ガハラが突然わき腹を抑えて倒れこむ。横にいた女が素早く小突いたのを見たが、女は何食わぬ顔で続ける。

「ああごめんね。このザルが飲ませたの、死霊すら殺せるって程に強い酒だったんだ。

飲めるのはこの頭ザルくらいのやつでね。本当に済まなかったよ。」

「そうか。俺は結局お前たちと組んでいいのか?」

「あ、ああ。お前が良ければ明後日からオセに潜る。いいか?」

「大丈夫だ。行こう。」

 その後、クロムと〈深淵の愚者〉で改めて紹介し合った。

 前衛の四人―――剣士ガハラ、重戦士パトリオット、盾戦士ジェイド、双剣士レラ。いずれの人物もただ立っているだけでも威圧感があり、使い込まれた武器や振る舞いは高い戦闘力を持っていることをうかがわせた。

 後衛の二人―――術士ミーア、弓術士アリシア。

 ミーアは術士の中でも特に強力だと紹介されたが、クロムにはミーアの強さを推し測ることはできなかった。ただ、妙に背筋が冷たい気がして、得体の知れなさを感じていた。

アリシアは単なる弓術士ではなく、後衛でいるうちは魔術や弓を扱うが、前衛としても短槍で戦える器用な面があるという。

「クロムだ。オセ迷宮は三十三層まで進んでいる。よろしく頼む。」

「へえ、武器は?剣かい?」

「主にはそうだ。」

「主に…他にもあるのか。」

「ああ。ハルバード、槍、斧、両手剣、弓、鎚…あとは盾かな。魔術は使えない。」

「へえ。いろいろできるんだねぇ。」

「〈武器庫〉か〈収納袋〉でも持ってるのか?」

 そう言い当てたのはパトリオットだった。隠す必要もないから、適当な相槌を打った。

「ああ。だが他には黙っておいてほしい。」

「そうか。俺たちも近接武器は粗方使えるが…確かにクロム程多くはねえな。

 パトリオットくらいだろ、それだけ使えるの。」

「うむ。」

「凄い前衛が来たもんだ。アタシがずっと後衛でも問題なさそうだね。」

「ああ、指令役になってくれ。ミーアは…まああんまり暴れて貰っても困るが。」

「うん?頑張るよ?」

「ああそうだな、下層では頑張ろうな。」

「むー…」

(…落ち着かないな。魔獣に囲まれているときよりもどこか嫌な気分だ。)

 クロムに敵意のある視線を向ける者はいない。むしろ今の一面だけ見ればそれなりにうまくいっているパーティにも見える。だがそのほとんどがクロムに強く興味を示し、クロムの反応を探っていた。それが居心地の悪さに繋がっていた。

 戦い方や武器の扱いについて話している間に、一方的に探られる時間は終わった。

「腹減った。今日はもういいだろ、飯にしようぜ。」

「悪いね、クロム。こんな本能でしか行動できないバカがリーダーでさ。」

「うん?いや、うん、そうだな。」

「あっこの野郎…」

 素早くアリシアがガハラの口を塞ぎ、引き摺って部屋を出ていった。

「ご飯いかないの?」

「うむ、行こう。クロム、君も来るといい。」

「いや、行っておきたい場所があるから、今日は遠慮しておく。」

「へえ、どこ行くんだ?」

「…大したことはないが、用事だ。」

 〈深淵の愚者〉と別れたクロムは、そのまま探索者協会へと足を運んでいた。

 彼等に少しでも対抗できた方がいいと思い、探索者協会にあった修練場なる施設へ行ってみることにしたのだ。

 受付に断りを入れて、修練場へと向かう。修練場では幾つかのパーティが訓練をしていた。ここでは初級から上級の探索者まで利用している場所で、少し金を払えば元探索者の職員に指南してもらえるという。生憎職員は若い探索者たちの相手をしていた。よくよく見れば職員はクロムが試験で倒した男だった。

 指導の様子を少し見ていたが、探索者たちはどうやら初級者たちらしく集団での基本的な戦い方を指導していたようだった。それを見ても仕方がないように思えて別の集団を探した。あちこちで戦っている者たちの動きをしばらくじっと観察しているうちに、ある一角に目を移した。

四人の男が戦っていたのだが、よく見れば二対二の戦いではなく、個々で乱闘をしていた。そのうちの一人が大振りに槍を薙いだ。鋭い音が離れていたクロムの元まで届いてきた。

(大きい動きだな。あれだと反撃され…ないな、なんでだ?)

 攻撃をかわした男に対して別の男が攻撃を加えようとしていたが、更にその後ろから別の男が盾で殴りつけて阻止した。

 男たちはすぐに仕切り直して、もう一度乱闘を始めた。

(全員が好き勝手に暴れているように見える。だが、それだけではないという感じだ。)

 再び四人がそれぞれに暴れていたが、今度は先ほどと違い動きが洗練されているように見えた。盾の男が攻撃を受け止めた瞬間に別の男が別の角度から切り込む。槍の男が突き出し、躱したところを大剣の男が距離を詰めようとし、盾の男が横から割り込む。

 じっと観察し続けて、ようやくひとつ気付いた。男たちは他の三人の動きをよく見ている。見たうえであのような隙のある攻撃を繰り出し、別の者が隙を埋めるように動いていたのだ。クロムがそれに気付いた頃にすぐに決着がついた。

(…ああ、即席の連携の練習か。互いの実力を合わせこんでいるのかな。)

 男たちは全力で暴れているだけに見えるが、その実全員が全員の動きをよく見ている動きをしている。

 特に目についたのは盾の男の動きだ。最も動きが鈍く、標的にされた回数が多い。だというのに全く問題ないというように攻撃を受け続けている。

(致命的な攻撃は全部盾で受けている…当たり前だが、その見切りが早いな。しかも攻撃を受けている間も他の相手に気を配っている。)

 クロムはあの盾使いと同じ動きができないか想像を巡らせ始める。

(ああ、うまくいかんな。)

 幾度もその動きを観察しながら反芻するが、すべての攻撃を捌けるような動き方は全く想像がつかなかった。

クロムが頭を痛めている間にも四人は戦闘を継続している。四人の動きは益々洗練されていくようだった。攻撃の回数は増えているが、互いに攻撃が当たらなくなっており防ぐ回数が減っている。

 盾使いが槍使いの動きを制限する。次の瞬間には剣士が盾の陰から急襲し、大剣使いがその攻撃を逸らす。槍使いが石突を跳ね上げるように大剣使いの頭を狙うが、剣士がそれを防ぐ。盾使いが三人を押そうとすれば、大剣使いが剣の腹を以て正面から押し返す。

 一瞬の膠着の後で、四人がそれぞれに距離を取る。僅かな時間の後、再び立ち合いを始めた。

 他の三人が動き出した次の瞬間には盾を構え、まず剣士との距離を詰める。それを見た槍使いが盾使いの後ろへと回り、大剣使いが槍使いを追う。

 剣士は一瞬盾の陰に隠れて視線から外れ、身軽に左へと抜ける。槍使いが盾使いを踏みつけて上から剣士を襲おうとしたが、既にそこに剣士はいない。

 盾を急に後ろへと回して大剣使いの攻撃を弾き、勢いのまま槍使いへと盾をぶつけに行く。だが槍使いは再び飛び出した剣士に蹴り飛ばされて射程の外におり、剣士も三歩ほど距離を取っていた。

(…あの盾使いが他の三人を動かしているように見えてくるな。)

 盾の動きが主導、そう考えると他の三人の動きも納得いく動きとも思えてくる。

 盾の使い方は防御だけだと思っていたが、今あの盾使いの動きを見ていれば決して防ぐだけではないことは明白だ。

 攻撃を防ぐのは勿論だが、盾で押して動きを制限する、殴るように振って弾き飛ばす、背後の仲間の跳躍台になる、視界を遮る、そうした動きは自由自在と言えるほどに巧みに思えた。

(あそこまで自由に使えるようにするには…まず一人じゃ無理だな。そしてあの盾使いもそうだが他の奴らも当然のように対応しているし、あそこまで使えるようにするには途方もない修練が必要だろうな。)

 やがて幾度目か立ち合いが終わり、男たちは修練場を出ていった。

 しばらくクロムはあの盾使いがいた場所をじっと見ていた。

 〈武器庫〉から盾を取り出して、目の前に敵を想像した。

 大剣使い、槍使い、剣士。先ほど盾使いと一緒にいた三人だ。

 ゆっくりと想像の戦士を動かし、自身も盾を構えてゆっくりと動く。三人がゆっくりとクロムへと向かってくる。

(さっき見たように…。)

 クロムは槍使いへと盾を向けて、突きを逸らす。その動きの勢いのまま、左から迫る剣士に盾を押し付け、突き飛ばす。腕に感触は無いが、想像の中では手ごたえがある。

 大剣使いが横薙ぎに大剣を振うのに合わせて身をかがめ回避する。槍使いが石突で足を狙う。この攻撃を盾使いは素早く飛び上がって回避していたが、クロムは〈鋼鉄〉で防御する。

 剣士は既に立ち直り、袈裟懸けに剣を振おうとする。寄られる前に距離を取りながら、反対側にいた大剣使いへと盾を向ける。大剣の腹で盾を受けながら盾を受け流され、体勢を崩したところで剣と槍が突き付けられた…という想像をして、終わりを迎えた。

(難しいな。)

 立ち上がり、もう一度敵を想像する。端からは一人で盾を振り回して転んでいる男がいるようにしか見えないのだが、それを気にするものはいなかった。

 その日のうちに三度、翌日にも四度立ち合いを想像したが、結局一度も上手い立ち回りができたとは思えなかった。

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