14.
最初に動いたのはミーアだった。白い光が真っ直ぐに青白い魔獣へと延び、蛇のように絡みつく。ミーアの使う最も強力な魔術〈白炎蛇〉だ。
その光を見てガハラとレラが動き、わずかに遅れてクロムも動き出す。
幾匹もの魔獣を消滅させてきた魔術は、数瞬の間に青白い外殻を覆い、しかし次の瞬間に光は掻き消えた。
「う、嘘…!」
アリシアが何かを投擲した。魔獣に当たったそれは急激に煙を吐き出し、魔獣の視界を遮った。煙幕玉と呼ばれる魔道具だった。
側面に回り込んだクロムは胴を斬り飛ばそうと剣を振ったが、胴の半分ほどで勢いは止まった。痛みは感じたのか蜈蚣の身動ぎが激しく、剣を手放し後退した。甲殻の間に挟まった剣が嫌な音を立てて砕けたのを見た。
「足を落として動きを封じる!あの蜈蚣を蛇に変えてやれ!」
「バカ!アレ何本あると思ってンだ!」
「いいからやれ!話はそれからだ!みんな死ぬぞ!」
号令を受けてジェイドとパトリオットも魔獣へと向かい、布陣が完成する。
パトリオットとジェイドが正面の囮となって引き付けながら、ガハラの回避能力とレラの高速駆動が魔獣を翻弄した。魔獣は時々毒液を飛ばしてきたが、それに当たる者はいない。ミーアはアリシアにしがみつきながら魔術で前衛らを支援し、アリシアはひたすら魔獣の視界から外れるべく走る。
クロムは別動隊として、側面から魔獣に攻撃を加えていた。クロムの攻撃ですら白い甲殻の隙間には通じなかったが、継ぎ目を狙えば切り飛ばせなくとも深く斬り込みを入れたり、一、二本なら足を落とすこともできた。
片側の足が二十数本切り飛ばされたころ、戦況はやや有利に変化していた。人間でいう踏ん張りが利かなくなっているのだろう。
ミーアがいくつもの魔術を試しているうちに、氷の魔法を使うと魔獣の動きが少し鈍ったことに気付いた。それから何度も氷の魔術を使うと、目に見えて動きが悪くなった。レラとガハラも遊撃に切り替え、頭に近い足を切り飛ばしていた。
相当な数の足を切り飛ばした頃、突然魔獣がぶるぶると小刻みに震え始め、甲殻が青白い光を発した。その異変にいち早く気が付き、叫んだのはジェイドだった。
「下がれ!なんか変だ!」
「〈
ジェイドの叫びとほぼ同時にミーアが目くらましの魔術を使った。光はすぐに収まった。炎の魔法の時のように魔術が掻き消えた。
周囲にバリッという異音が響いた。異音は青白い光を放つ蜈蚣からしていた。不気味さのある音はすぐに止み、魔獣はそのまま地に伏し、ぼろぼろと崩れ落ちた。
「…なんだ?倒れた…?」
地に付した魔獣が動かない。しかし、青白い光は柱のようにそびえたっていた。
「殻…?脱皮…?」
全員が目を凝らして上を見た。青白い光が急速に弱まり、その姿がよく見えるようになった。一回り小さくなった白い魔獣が、元通り生え揃った足を動かしていた。再び魔獣の無機質な目が向けられた。
「…っ、もう一度だ!前衛、足を狙え!クロムは胴体を斬れ!時間がかかっても構わん!」
ガハラの指示で全員が再び攻撃を始める。しかし、魔獣はそれまでよりも素早く動き、そして硬かった。
「オイ、関節まで硬くなってやがる!」
「魔術も通らないよ!」
「ぐっ…」
〈深淵の愚者〉たちが気を引いている間にクロムは胴を切り飛ばそうとして失敗していた。いくら動こうと今のクロムの技量なら切り込むこと自体はそう難しいことではない。しかし脱皮前までは切断できた足の関節も、〈剛力〉を使わなければまったく刃が通らなくなっていた。
(そんなに硬くなるか?こいつ、ミーアの魔術のときといい、魔術で防御しているんじゃないか?)
そう感じたのはクロムだけでなく、ガハラやレラもほぼ同時だった。
「ガハラ!節まで硬くなってるぞ!切り飛ばせねえ!」
「アァ⁉…クソ、撤退すっぞ!戻るぞ!マク焚け!撤退だ撤退!」
ガハラが迷ったのはほんの数瞬だった。撤退の指示を受けて、全員が煙幕玉と呼ばれる道具を使って煙幕を発生させた。煙は数瞬で広がり、魔獣の視界を遮る。二十数える間しか持たないが、それでも十分な時間だ。
殿を務めるジェイド以外の全員が打ち合わせ通りの順に元来た道へと駆け出し、森へと消えていく。
クロムの撤退の番になったとき、煙幕は既に薄れ始めていた。その煙幕の隙間で、煙の先で青白い光を放つ魔獣が動き始めたのを見た。気配は一直線に凄まじい勢いでクロムへと向かってくる。
(やるしかない。)
「〈
右手に〈瓦解のショテル〉が現れ、曲がった剣先を魔獣に向けて、呪文を唱える。身体の奥底から活力があふれ出してくる。〈剛力〉が正常に使えている事の証左だ。そして、もう一度呪文を唱えた。
「〈剛力〉」
煙幕が晴れる直前魔獣が飛び出してきた。蜈蚣の持つ足という足を地に付け、複雑に動かしながら恐ろしい勢いでクロムを轢き殺そうと向かってくる。
クロムも一歩強く踏み込み、衝突の瞬間力の限り剣を真っ直ぐに叩き下ろした。
硬いもの同士が激しく衝突した音が辺りを支配し、激しい破壊音がわずかに遅れて響いて、音は止んだ。
―――
殿を務めるべくまだ魔獣の前に残っていたジェイドは見た。
魔獣とクロムが衝突し、地面には壊れ剣を手放し、魔獣にぶつかられてボロボロになったクロムが横たわっていた。
あの蜈蚣の魔獣は今にも体を起こし、クロムを殺そうとするだろう。〈深淵の愚者〉こそ無事ではあるが―――受け入れがたい。
その続きを幻視した。割りこめれば助けられるだろうが、しかし助けに入れない距離だと認識し、逡巡と諦観、絶望がないまぜになった感情を押し殺して撤退をしようとした。
その幻視の通り、魔獣は上体を起こし。
幻視が現実となることを恐怖し、ジェイドは思わず目を逸らそうとして―――魔獣が後ろへと倒れた。
(………?)
後ろへと倒れた魔獣は動かなかった。幻視は現実にはならなかった。
(何が起きた…?)
―――
魔獣が迫る。クロムが〈瓦解のショテル〉を振りかぶる。
距離が詰まり切る瞬間、とっさにクロムはもう一度同じ呪文を唱え切った。
「〈剛力〉」
なぜ二度も唱えたのかはわからない。もしかしたら、いつか二度唱えればより強力な力が湧くかもしれない思ったことがあったから、今更それに期待したのかもしれない。しかし賭けには勝利した。
二度目を唱えた瞬間、一度〈剛力〉を使用したときの何倍もの力の本流を感じ、思わず柄を握る力が強くなった。柄が握り潰されて音を立てた。
勢いのまま振り下ろし、〈瓦解のショテル〉を魔獣へと叩きつける。
〈瓦解〉は鎧や盾に対して攻撃するとき絶大な力を発揮するというものだが、魔獣の外殻は鎧と判断されたのか、それとも魔獣がなにか魔術で防御していたのかまではわからないが、とにかく攻撃が通ったことは確かだ。振り下ろされた刃は魔獣の突進と合わせて凄まじい破壊力を生んだ。
魔獣の頭へと刃は当たり、魔獣の頭を砕いて深く突き刺さった。如何に強力な迷宮品と言えどもこの衝撃を直に受けては無事ではなく、振り下ろしきったときには刃が折れてしまった。欠けた刃は真っ直ぐに魔獣の体内を蹂躙するように吸い込まれていったが、それは結果的に魔獣を死に至らしめた。
攻撃にすべてを注いだクロムはほとんど無防備で、勢いのまま迫る頭に押された。間に合わないと思った〈鋼鉄〉が発動し、クロムの身を最低限守った。衝撃で突き飛ばされ、何度か地面を転がったが、しかしそれだけだった。
〈剛力〉を二度発動させたときの力の本流は既に失われて、指一本動かしたくないほどの酷い虚脱感と寒気に襲われていた。少しでも体を動かせば視界がぐらぐらと歪み、冬場の池に飛び込んだような痛みを伴う寒さを殊更強く感じた。酷い倦怠感に思考すら満足にできないまま、息をするので精いっぱいだった。
それでも体を起こして魔獣を追うと、頭が砕かれた魔獣は上体を起こし、しかし自重を支えきれなかったのか後ろへと倒れた。
「…――――――!」
遠くから叫び声と、いくつもの気配が近づいてくるが、思考できない頭ではその正体を知ることすら既にできず、曖昧だった。最後に意識を保つ気力も尽きて、クロムは漠然とした意識を手放した。
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