7.

 ヘルリックと予定を合わせ、数日後に今度はエリゴール迷宮へと赴いた。

 この迷宮の罠は恐ろしく見分けづらい。迷宮内は洞窟のようになっており薄暗いため、仕掛けを見落としやすいこともある。岩の隙間から矢が飛んできたり、足元の窪みに仕掛けがあって突如岩が落ちてきたり、安全に柱にたどり着くためには隠し扉を通らなければならなかったりと罠の種類は様々だ。

 エルリックに教えられながら進んではいたが、五層目で既にこの迷宮は苦手だと感じていた。浅層では魔獣は一切出てこないから、戦うことがないのだ。魔獣が出てくるのは次の六層からだという。

 エリゴール迷宮の上下の階層を繋ぐのは階段であり、階段を進むと淡く光る柱がある。これに触れることで〈階層〉〈転移〉が使えた。階段の途中で一度試してみたが、〈転移〉は発動しなかった。

(こんな悪辣な罠があって魔物と戦うのはきついな。せめて罠だけも破壊できればいいのに。)

 六層で出てきた魔獣は鼠の魔獣だった。キイキイと高い声で鳴き、小さな体はすばしこい。

「クロム、あれを攻撃してはいけない。あれは一匹一匹こそ楽に殺せるが、仲間が死ぬと集団で錯乱して動くものをなんでも襲う性質がある。それに巻き込まれたら一巻の終わりだ、絶対に手を出すなよ。」

「倒しきれないのか?」

「逆に聞くが、倒しきれると思ってるのか?無尽蔵に湧くんだぞ?」

「…そんなにか?」

「どれだけ倒しても奥から次々出てくる。剣や弓じゃ手数が足りん、魔術じゃ速度が足りん。そのうち力尽きて食い殺されちまう。」

「それは嫌だな。わかった、攻撃しないよう気を付けよう。」

 八層へと進んだが、ここまで罠と鼠型の魔獣しかいなかった。しかも罠を下手に作動させると鼠型の魔獣に当たり死ぬ。そうすれば狂乱の渦に巻き込まれかねないから、相当慎重になった。

 時間をかけて、ようやく階段の奥、柱の前へとたどり着いた。

「さて、ここまでが俺の入れる最後の層になる。

 だがここは十五層まである。」

「ああ。短いな。」

「九層からは更に罠が難しくなり、魔獣の数も増える。これ以上は俺じゃあ無理だ。

 もし潜るんだったら、信頼できる実力のある仲間を集めるんだな。

 例えば、この迷宮だったら、罠を見破ることのできる、文字通り探索ができる奴を仲間にするといい。」

「わかった。」

 八層を探索し終え、地上へ出る。一度も魔獣を殺さない迷宮探索は想像以上に難しいもので、秋深い山に入るときとは違う種類の緊張を強いた。明日にでもオセ迷宮でこの鬱憤を晴らしたかった。

(…俺にとっての迷宮とは魔獣と戦う場所、だな。しばらくはオセ迷宮を潜って…その後はどうするかな。こういう罠なんかの見分けかたを覚えておいて損はないだろうが。)

 翌日、翌々日と朝早くからオセ迷宮へと足を運んだ。二十五層でしばらく魔獣を倒し続けた。倒した数は五十までは数えていたが、そこから先は面倒になってやめた。

やがて二十七層へと移動した。ここでも百近く魔獣は倒したが、やはり手ごたえは小さく感じた。

 勢いよく飛んできた蝗の魔獣を斬り捨てながら、ふとエリゴール迷宮にあった、矢を飛ばす罠を思い出した。

(…俺が正面で気を引きながら、仕掛けた矢を死角から放てれば倒せる相手が増えるんじゃないか?…だがどうすればいいだろう。紐か何かを引けば撃つように工夫したクロスボウとかだろうか。そんな都合のいいものがあるだろうか?)

 クロムは木に登ると、弓を取り出して魔獣が出てくるのを待った。しばらくして、茂みから蛾のような魔獣がふわふわと羽ばたいて出てきたのを見た。

 素早く番え、狙いを付けて放つ。バスッと小さな音がして魔獣が貫かれた。翅を貫かれて地面へ落ちたが、まだもがいて生きている。もう一射、今度は頭に当たりようやく魔獣は動きを止めた。

(…いや、狙いを付けないといけない以上罠にするのは難しいかな。自分で放つから都合よく仕留められるんだ。別の手を考えよう。)

 クロムは木から降り、次の階層へと向けて歩を進めた。

 調子よく攻略を進め、三十三層へと到着したクロムは、剣を振り回しながら蟻の魔獣たちから逃げていた。

(ああクソ!こいつ、エリゴールの鼠と同じだったのか!)

 三十三層を探索していると、クロムの半分程度の高さの蟻の魔獣と出くわした。とっさにその首を刎ねると魔獣はそのまま倒れて動かなくなった。一安心したのも束の間、同種の魔獣があちこちから集まってきてクロムを襲った。

 既に三十匹近く斬り殺しているというのに、後からわらわらと出てきて終わりが見えない。逃げながら一匹ずつ倒すのでは先に力尽きるのはクロムだ。

(…鎚、いや大剣ならもっと楽か?)

 剣を捨て、クロムの右手に思い描いた大剣が現れた。

「〈剛力リギテット〉!」

 クロムの背丈ほどの鉄塊が軽々と振り回され、魔獣を数匹巻き込んで暴風の如く吹き荒れる。旋回するごとに取り囲んでいた魔獣はどんどん減っていく。

(こっち振り回すほうがましだな。このまま殲滅してやる!)

 クロムが徐々に魔獣の数の暴力を押し返していくが、〈剛力〉を使いながら剣を振うたびに徐々に腕が軋み、足が重くなった。肺が苦しくなり、一振りするたびに寒気が走った。

(あと…ああ鬱陶しい。)

 やがて追いかけてくる魔獣はかなり減ったが、クロムに最初の様な快調さは既に無い。終わりが見えてきたとはいえまだいる魔獣を倒すのが、剣を振うのが、〈剛力〉を使うのが既に億劫になってきていた。

 近づいてきた魔獣を三匹まとめて叩き斬り、重い大剣を手放す。再び逃げて距離を離し、別の剣を取り出して迎え討つ。それを数度繰り返して、ようやく終わりが見えてきた。

(…あと、数体!倒しきれ、る、はず!)

 残る魔獣を倒しきれるか、それとも倒れるのが先か。他の魔獣と離れた位置にいた一匹に向かって駆け、すれ違いざまに首を斬り落とす。そのまま剣を戻しながら、近づいてきた魔獣の頭へと叩きつける。魔獣は頭を割られて倒れたが、剣に亀裂が入り破片が飛んだ。剣を捨てる。鎚を思い描いて取り出し、力いっぱい振って更に一匹を叩き潰した。背後に気配を感じ、持っていた鎚を投げつけるように放り出して魔獣の攻撃を回避し、距離を取る。

「武器っ!」

 クロムの手に弓が現れた。とっさに矢を出し、射る。矢は遠いほうの魔獣の頭を穿ってその動きを止めたが、魔獣はまだ生きていた。近いほうの魔獣を迎撃すべく鎚を振り上げ、近づいてきた魔獣に振り下ろして仕留めた。

 最後の一匹、頭に矢の突き刺さった魔獣はその場でもがいていた。

 ゆっくりと近づき、最後の力を振り絞って鎚を振り下ろし、周囲にいきものの気配がない事に安堵して意識を手放した。


―――

(…っ!)

 意識を取り戻すと、最後に殺した魔獣に覆いかぶさるように倒れていた。寒気と疲労で体が震えていた。呼吸もまだ荒かった。

 何とか茂みへ身を隠してしばらく休み、息を整えた。寒気と疲労は戦っているときから変わらないまま残っていたが、それなりに動ける程度までは回復した。

(あまり時間は経っていないみたいだ。)

 鎚を杖代わりにして立ち上がる。重い体を無理やり動かしながら、戦いの中で棄てた武器を探し、回収する。

(途中にも剣なり手斧なりを棄てたな。…あれまで探せる体力はない。剣は使いやすいのだったんだが、仕方ないか。)

 手近な木によじ登り、柱の方向を確認する。柱は三、四百歩程度先に見えた。柱に着くまで魔獣が出てくることはなかった。

 地上へ出る。辺りはすっかり夜になっていた。暗い森の中で動くことはできない。結局辺りが明るくなるまで寒気と疲労を耐え続けた。夜が明けるころにはようやく寒気はましになったが疲労は更に積み重なっていた。

 辺りが十分見えるようになってからシャデアへと引き返したが、着いたのは昼頃だった。宿ですぐに布団へと倒れこんだ。

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