6.
探索者協会で魔獣が変じた道具について聞いてみれば、これも迷宮特有の現象で書き変りという現象だという。書き代わりによって得られた道具、巷で迷宮品と呼ばれる物は得てして特殊な効果を持っており、物によっては金貨何十枚、何百枚という高値で取引されるものもあるそうだ。
「その迷宮品というやつを手に入れたから、鑑定してもらいたいんだが。」
「鑑定の依頼ですね。幾つか質問しますので、なるべく答えてください。」
どこでどんな魔獣を倒したか、倒した手段は何かなど詳細を聞かれ、できるだけ詳しく答えた。鑑定料として銀貨四枚と、迷宮で手にした鏡と赤黒い小箱を渡すと小さい札を渡された。
「この品物と鑑定結果はこの札と交換で渡すので、無くさないようにしてください。」
「わかった。」
冒険者証と同じ様に〈収納袋〉へ入れようとしたが、容量はいっぱいでやはり入らない。短剣を取り出して剣とは反対側に差し、もう一度〈収納袋〉へ入れようとすると入った。そうしているうちにヘルリックが姿を見せた。
「よう、クロム。これから迷宮か?」
「丁度鑑定の依頼を出し終わったところだ。」
「お、もう迷宮品も手に入れたのか。そうそう書き代わりなんぞ起こらないんだがな。」
「ふうん。で、今日は何処に行くんだ?」
「フォラスだな。」
フォラス迷宮は、現在発見されている四十九の迷宮のうち最も踏破された迷宮と言われる。フォラス迷宮の特徴は複雑で広い迷路だが、時間さえかければ迷路はやがて攻略できることと、魔獣の種類が少なくて対策がしやすく、かつ遭遇率も高くないのだ。
迷宮にいる魔獣は二種類のみで、牛頭鬼〈バクカプト〉と馬頭鬼〈エクカプト〉と呼ばれている。どちらも人の身の丈より頭二つほど大きい。腕は人間より二回りは太く、その巨大な拳は訓練した盾使いでなければまともに防げないほど強力だという。
迷宮の深層に行けば動きも俊敏になり、剣や棍棒などの武器を持つこともあるというが、そういった個体は十五層以降でなければそうそう出会わない。
最深層の三十一層に現れる牛頭鬼はそれまでに出てくる魔獣らよりも更に二回り巨大で、かつ俊敏だというが対策は既に講じられており、動きを止めるためのいくつかの魔道具を使うことで比較的簡単に倒せるようになるという。
「…まあ、魔獣については上層なら問題なく戦えるだろう。ここの魔獣は純粋な力押しばかりなうえに動きは少し鈍い。ただ上層の魔獣でも、もの凄く攻撃力が高いからまともに攻撃を受けないように注意がいる。」
「そうか。迷路はどう抜ければいい?」
「簡単な抜け方なんぞ無いから、時間をかけること、それと気長に取り組むことだ。あとは曲がり角だな。角で突然魔獣と遭遇したら深層の連中でも下手したら死にかねないから、一度逃げて態勢を立て直す。それくらいだ。」
「面倒だな。」
「仕方ないだろう。さあ、あの石の門がフォラス迷宮の入り口だ。」
ヘルリックの指した先には巨大な石造りの門があった。遠くから見ると先客は多くいるらしく、人影が次々に迷宮へと入っていった。
「ヘルリック、あの列はもしかして」
「ああ、迷宮に入る連中の列だな。人が多く入るような人気の迷宮なんてこんなものだ。」
「へえ。」
門に着くころには列はかなり短くなった。列の最後尾に並び、ほどなくしてクロムが通る番となったとき、ひとりでに門が開いて七人の男女が出てきた。最後に出てきた男が剣を掲げると宣言した。
「〈水竜の冠〉と〈栄光の旗〉が先ほど迷宮を踏破した!」
そう先頭の男が言うと、周囲にざわめきが広がり、先ほどの者たちに対して感嘆したり残念そうに肩を竦めたりしながら散っていく。
踏破を宣言した者たちはざわめきを無視してシャデアの方角へ去って行った。
途中先頭の男と目線があったが、すぐに逸らされた。
クロムは閉まった門へと手をついて〈階層〉を唱える。だが迷宮に入れる気配はない。
「む、どういうことだ?」
「迷宮には主がいる。主が死んだら次の主が現れるまでは入れなくなるんだ。休眠って呼んでいる。ここの迷宮は十日だから、十日間この迷宮に立ち入ることはできない。」
「成程、じゃああいつらは主を倒したのか。」
「そうみたいだ。確か、あいつらには覚えがある。
踏破を宣言した奴のいるパーティは〈水竜の冠〉といって、とにかく攻撃力の高い探索者で構成されているが、探索はあまり得意じゃないらしい。〈栄光の旗〉は探索能力こそ高いが戦闘力が欠けていた。丁度かみ合ったんだろうなあ。」
そこまで聞いたものの、クロムにとってその情報はそこまで重要ではなかった。だが、この迷宮を攻略した〈水竜の冠〉というパーティだけは覚えておこうと思った。
「ふうん。入れないなら帰ろう。」
「せっかく来たんだ、近くの山に入っていくらか薬草でも採取していこう。」
「植物か…。」
クロムは植物の採取が苦手だ。ウルクスからは採取した植物を食べることを禁じられていた。人に与えるなどもってのほかだ。躊躇っていると、ヘルリックは何か察したようだった。
「使い道があれば探索者協会は何でも買い取ってくれるぞ。」
そういえば甲殻をみせただけで鎧蜈蚣だと判別した者もいれば、迷宮品の鑑定なんてする者もいたのだから、恐らく植物もそうだろうと考えなおした。
「いや、行く。目的のものが採れるとは思えないが…。」
「まあ、山の深くまで行くわけじゃない。大丈夫だろう。」
―――
夕方になって、クロムは十二種類、三十八株の毒草を抱えてシャデアへと戻ってきた。案の定毒草ばかりであった。ヘルリックとは明日エリゴール迷宮へ行くことを約束して、町の入り口で別れた。
毒草は銀貨二十枚で売れた。クロムの採ってきた毒草のいくつかの種類は、砕いて水に溶かし、時間をかけて毒を精製すると探索者相手にはよく売れるという。
鑑定札を職員に渡すと、鑑定した職員に別の部屋へと招かれた。
「鑑定の結果になりますが、まずこの箱の種類は〈蒐集箱〉といって、特定の種類の物品に限り大量に収納できる〈蒐集〉の能力を持った箱です。この〈蒐集箱〉の場合は、武器であることを確かめています。つまり、〈武器庫〉と呼ぶべきですね。」
「他の〈蒐集箱〉は別の物が入るのか?」
「ええ、食料に家具に毒、鉱物等様々な例がありますが、中には生物の死体なんていう例もありました。武器を収納できるこの箱、国や貴族のように武器関係の調達や運搬に執心している相手に売れば笑えるほど高値で売れますよ。白金貨数枚くらいはつくでしょう。
強奪には十分気を付けてください。持っていることもなるべく知られないようにしたほうが良いでしょうね。」
「売る気は無い。勿論、盗まれないようにもするさ。」
「それはよかった。使い方は、箱に手を添えて武器の種類や銘を呼ぶことで呼んだ武器が手元に現れるようです。道具を箱に仕舞う時は近づけるだけで良いようです。」
「わかった。」
職員は次に、曇った鏡を指した。
「では次…問題はこちらの鏡です。」
「何があったんだ?」
「探索者協会には迷宮目録という資料がありまして、それによれば〈現世の鏡〉という道具ということはわかりました。どこの迷宮でもごくまれに得られるようですが、目録の記述が少ないので、相当珍しいです。」
「うつしよ?」
「我々の生きるこの世界、という意味合いですね。〈現世の鏡〉は〈
「……?」
「ええと、例えば〈変化〈サンガス〉〉という魔術があります。姿を変えるような魔術なんですが…その魔術を解くための迷宮品、でしょうか。でも顔を隠しているときなんかはどうやら働かないんですよね。
…それ以外の記述が無いので何とも。」
「いまいちわからん。」
「私もです。でも〈
「〈鑑定〉?〈解析〉?」
「物品なんかを調べるときに使う術ですよ。帝都の魔導学院で教えてもらえますよ。」
「そうか。だが、俺はできないだろうからやめておく。ありがとう。」
早速宿へと帰って、武器をすべて〈蒐集箱〉に移し替えてから武器を取り出す練習をした。
〈蒐集箱〉に手を添えて武器の種類を呼べば何も持っていない手に出現する。剣とか槍とか、いくつも該当する武器を呼ぶと該当する武器がどれか一つだけ出る。武器の名前を呼ぶだけでは何も出なかったが、武器を思い描いて名前を呼ぶとその武器が手に現れた。
武器を出したとき、片手が塞がっているときにはもう片方の手に現れる。両手が塞がっているときは何も現れない。
取り出し方は様々だったが、仕舞う時は武器を箱に触れさせなければ収納できない。逆に言えば、箱に触れさせさえすれば武器は収納できる。
もう一つの、〈現世の鏡〉を手に取って弄ぶ。このよくわからない迷宮品については考えるだけ無駄だと悟り、〈収納袋〉にしまい込んだ。
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