5.

 翌日は二十三層から二十七層をもう一度探索した。魔獣をどう倒すかを考えるために、魔獣を見かけたらクロムから仕掛けるようにした。


(やはり節を狙うべきだな。叩き切ることも出来はするが、外殻は思ったより硬いから剣が痛む。やるなら鎚で潰す戦い方のほうがいいのかもしれないな。)


 更に翌日は二十七層を探索し、調子も良かったからと次の階層へ進んだ。

 四度魔獣と戦ったが、鎚と剣を切り替えて戦うようにしたからか苦戦はしなかった。もう少しで二十八層へつながる柱にたどり着けると思ったとき、赤黒い巨大な蜈蚣の魔獣が目の前に現れた。


 突然のことで動きを止めたが、魔獣はクロムにはまだ気付いていないようだった。


(甲殻は剣で切れそうにないな。だが鎚も通用しそうにない。)


 クロムは再度魔獣の注意が逸れていることを確認すると、弾かれたように飛び出して甲殻の節を狙って斬り裂いた。斬られた痛みでクロムに気付いたのか、クロム目掛けて頭が迫ってきた。直感的に〈剛力〉を唱えて力いっぱい剣を振り下ろし、剣は魔獣の頭を破壊した。

 次の瞬間、魔獣の姿は消えて何かが落ちた。


(……お、なんだ?)


 蜈蚣の魔獣が消えた場所には、魔獣の甲と同じ赤黒い色をした、拳程の大きさの箱が落ちていた。先ほどの鏡と同じく何かはわからなかったが、これもまた戦利品だと思って懐へ入れた。


 柱へと手をついて呪文を唱え、二十八層へと転移する。

 すぐ近くでガサリと音がした。先ほど倒したのと同じ、赤黒い蜈蚣の魔獣が飛び出てきた。

 とっさに〈剛力〉を使い頭へと叩きつけた。先程の魔獣とは違って剣は折れてしまい、魔獣は勢いのままクロムを弾き飛ばした。

 左肩を木に打ち付けたが、動けない痛みではない。すぐに別の剣を取り出して構え直し、のた打ち回っている魔獣に肉薄して節を狙う。両断してしまえば頭のついていない方はすぐに動きを止めたが、頭のほうはまだ動いていた。


(もう一回。)


 今度は頭へと近づいて、今度は節を狙って頭を切り落とす。今度はすぐに動きが止まったが、魔獣が消えることはなかった。同じ魔獣でも、毎回死骸が消えて何か道具に変じるではないようだ。改めて魔獣の死骸を見る。巨大だ。切り捨てた分もあるとはいえ、その全長は十数歩分の長さがある。


(さっきもそうだが頭に叩きつけたときの感じだと、殻はかなり固そうだ。持ち帰れるだろうか。何か使えるかもしれない。)


 胴を抱え上げてみようとしたが、引き摺れないことはないが隙だらけで他の魔獣に襲われかねない。〈剛力〉を使えばもっと速く運べるだろうが、手古摺った魔獣がいるような階層で重い死骸を引き摺って歩きたくなかった。


(…解体か。どうしようかな。せめてこの硬い殻だけでも持って帰りたいが。)


 まず足を落として捨てた。爪先はそれなりに硬く使い道はありそうだろうが、これをすべて持っていくのは面倒だった。切り裂いた部分から剣を突き立てて、肉をはがしていく。虫型の魔獣の解体は初めてだったが、上手い事内臓や肉をはがすことができた。要らない部分は棄てた。

 全部で十枚の甲殻をすべて剥ぎ取ったが、きれいに剥ぎ取れたのは六枚だった。


(さて、縄かなにか…待てよ、そんなもの入れた覚えはないぞ?)


 縄、と〈収納袋〉へ言ってみたが何も出てこない。やはりないのだ。


(…待てよ、甲殻はもう素材で、魔獣の死体じゃないよな…?)


 甲殻を〈収納袋〉へと近づけると、すっと消えた。〈収納袋〉に収まったのだ。

 五枚目を入れようとしたところで、〈収納袋〉へと近づけても反応しなくなった。これ以上は入らないということだろう。折角きれいに剥げたのだが、ここで棄てていくことにした。どうせまた出会うだろうと気軽に思っていた。

 オセ迷宮を後にし、シャデアに着くころにはすっかり夜になっていた。


 門兵に探索者証と荷物を少し検められたが、そのまま通された。宿へと戻って、その日は寝た。

 翌日は起きてからずっと、この甲殻を何かに加工できないか考えていた。軽さと硬さを考えるなら、鎧のような防具にするべきだと最初は思った。だが、甲殻は硬く加工するのには苦労するだろう。一度失敗したら終わり、というのも不器用さを自覚しているクロムをためらわせた。


(…そうだ、探索者協会に行けば、加工できる職人だかを教えてもらえるかもしれない。五枚もあるんだ、鎧だけじゃなく盾も作ってもらえるかもしれない。)


 そう考えてからの行動は早く、期待をしながら探索者協会へと向かった。この日はクロムが初めて来たときのように人は少なく、他の探索者は受付にはほとんどいない。誰もいない受付へと速足で向かい、早速探索者証を提出しながら職員に尋ねた。


「これを加工する方法を教えてくれ。加工してくれる場所でもいい。」


 受付の男は若干顔が引き攣った。何人かがこちらを見たが、すぐに目を逸らした。


「ええ、と、それは?」

「蜈蚣みたいな魔獣の外殻だ。かなり硬いから、不器用な俺じゃうまく加工ができない。どこかで鎧なんかに加工したいんだ。」

「はあ、加工の依頼ですか。少々待ってください、魔獣の素材に詳しい者を連れてきます。」

「頼む。」


 その後出てきた職員に、この蜈蚣の魔獣はオセ迷宮二十六層から二十九層にだけ現れる鎧蜈蚣キラソセンペデスという魔獣だと教えられた。頭は無いのかと聞かれ、捨てたと言ったら血相を変えて怒られた。頭というよりも、顎の近辺にある毒腺、その中の毒は強力かつ貴重な資源だったらしい。


「今から取りに戻ってみるか?」


 そう言ってみたが、職員は諦めたように首を振った。


「迷宮の中では死体を長い時間放置しておくと消える、消失という現象があります。迷宮内で死んだ魔獣を処理しなくていいのも、この現象があるからです。

 長い時間放っておく以外に、消失が起こる条件はもう一つあります。

 その階層から誰もいなくなったときです。一度別の階層へ行ってから戻ると消えてしまうんですよ。」


 二三言恨み節をクロムに言いたそうにしていたが、すぐに作り笑顔になって要件を聞いてきた。

 クロムが考えていた鎧への加工の依頼は、探索者協会が斡旋している工房を利用することになった。比較的手の開いている工房へ案内され、クロムは職員の後を着いて行きながら、この甲殻をどう加工するのか考えていた。


 軽くて硬い防具になるのは間違いない。しかも道すがら職員に聞いてみれば、倒し方はどれも腹の殻を砕くといい、背中側の殻はまず狙わない。それだけ標的にはできないような耐久性を持つのだ。最後に職員が何か言っていたとは思うが、そこは適当に相槌を打つだけで聞いていなかった。


 この外殻で作った防具はきっと優秀だろう。動きは阻害しないよう手足だけに付けるとしてもかなり使い勝手は良いように思える。まだ加工すらしていないのに期待が膨らんでいた。

 斡旋された工房へ入ると、ガランと鈴が鳴った。中には椅子に腰かけて何かを書いている中年の男がいた。こちらを見て少し驚いた様子だった。


「…いらっしゃい。何の依頼だい。」

「この蜈蚣の魔獣の素材を使って防具を作ってほしい。」

「蜈蚣。…種類は?」

「鎧蜈蚣とかいうらしい。背中側の甲殻だ。」


 店の男はクロムのほうを見ず、じっと品定めするように甲殻を見ていた。もう何の素材化はわかっている風だったが、念のため確認したという様子だった。


「…まあ、悪い状態でもない。で、これはどう加工する?」

「防具にしたい。腕、足、胸を守れるように。なるべく動きやすくしたいとも思っている。」

「成程。では、契約札を書いてから採寸する。防具の大きさを決めるから、腕、足、胸の大きさを測って、一度型を作る。」


 男は店の奥に一度戻り、契約に必要な木札を持って出てきた。


「要約すれば、店は依頼者に不利益を与えない。店は適正な価格を依頼者へ提示し、依頼者は店へ物品の対価を与える。それだけだ。

 店側のサインは既に記入している、あとは貴方の署名を書いてもらうだけだ。」

「ここに書けばいいのか?」

「ああ。ペンはこれを。」


 木の板には確かに店主の言ったような内容が書かれていた。

 ぎこちなく、辛うじて読める文字でクロムと書く。


(…書くのはやはり慣れないな。)


 要望を一通り並べた後は、一気に金額の話し合いに進んだ。途中、店主が少し緊張した顔つきで甲殻が余ったら残りはすべて売ってもらえるかと聞いてきたが、クロムが生返事で好きにしろと返すと喜色を浮かべた。それ以外は黙って聞いているだけで終わった。


「これなら金貨十枚だな。前金で四枚、完成品の受け渡しのときに六枚を貰う。」

「わかった。…これでいいか?」

「…確かに。ではすぐに採寸する。」


 そう言って別の部屋へと通されると、すぐに採寸が始まった。最初に丹念に体を測られ、触られた。しばらく木の板に熱心に何か書き続け、もう一度採寸された。採寸がすべて終わるまでの間、クロムは動かないよう指示されていたためじっとされるがままにしていた。

 鎧蜈蚣の甲殻は良いものを二枚要求されたので、そのまま引き渡した。


「他の仕事もあるから、作製に少なくとも七日はかかると思ってくれ。七日後以降に一度顔を出してくれ。」


 採寸が終わるって帰路につくころには夕方になっており、迷宮に潜るよりも疲れた気がしていた。


(ああ、明日は迷宮へ行こう。他人に体を触られながらじっとしていなければならんことがこんなにつらいとは思わなかった。)


 ウルクスと出会ったばかりの頃を思い出す。じっとしていたのは雪の深い時期だけだった気がする。その時期以外は確かに動き回っていた。黙して座すことはやはり苦手なのだと思った。


 帰り道でヘルリックに声をかけられた。商談が上手くまとまったようで機嫌が良く、数日後にまた迷宮を案内してやる、と言い残して酒屋へと去って行った。去り際に迷宮で困ったことがあれば探索者協会に行ってみるのも手、というようなことを言われた。


(そういえば魔獣が変化したものがあったな。探索者協会で聞いてみるか。)

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