4.
都市シャデアに着いた。大きな都市に入るのには金を払う必要があることをここでようやく知ったが、今回はヘルリックに払ってもらい都市へと入った。
しばらく歩いて探索者協会と呼ばれる場所へ案内された。ここは探索者に市民などの依頼を割り振る他、魔獣の素材を売買したり、実力の近い探索者同士を引き合わせたりする、いわゆる互助組織だという。
扉を開いて中へと入る。採光が十分されていて中は明るかった。中は広く、人も多くいる。酒を飲んでいる者が多いのか騒がしさがあり、酒の匂いに顔を顰めた。
ヘルリックに続いて受付へ向かい、紹介状を出す。ヘルリックの紹介もあってすぐに試験を受けることになった。受付が無難な中堅二人による紹介は期待できると良い笑顔をしていた。
修練場なる場所に連れていかれ、木剣を持たされて試験官の男と対峙した。
(…あの猿のほうが、威圧感があったな。)
開始の合図とともに頭目掛けて木剣を振り抜いた。試験官はそれを防いだが、足が浮いた。すかさず軸足を蹴り飛ばし、支えを失った試験官はしりもちをついた。首に突き付けたところで、そこまで、と声をかけられた。
随分と簡単な試験だったから、他方からの不意打ちを警戒していたが、特に何も起きなかった。
「十分です。これがあなたの探索者証、現在は初級です。四級までは皮紙ですが、破損や紛失をしないようにしてください。三級から先は金属板で作られます。三級は一定の実力があればなれるので、頑張ってくださいね。」
受付から笑顔で探索者証を渡されたが、クロムはそれを無表情で受け取り探索者協会を出る。それを見ていた探索者たちの一部は、面白くなさそうにしていた。
探索者証も〈収納袋〉に入るか試したら、するりと入った。
「ヘルリック、鍛冶屋はどこに行けばいい?」
「…あっさりしてるなあ。本当はもっと苦戦する……いや、気にするな。
さて、あとは武器かな。ウルクスのを信じないわけじゃないが、手入れをしきれないときは鍛冶屋に頼ったほうがいい。この町には何か所かあるはずだ。
たしかリオル工房だったな。元々ウルクスのいた工房じゃないが、あそこが良いだろう。」
ウルクスはこの町で探索者として活動してたが、鍛冶もこの町で行っていたのだ。
「ウルクスのいたところはなんて場所なんだ?」
「メテジ鍛冶店ってところなんだが、鍛冶よりも彫金細工が主だ。鍛冶を多くするリオル工房のほうがいいな。」
「そのリオルという奴はウルクスとどういう関係なんだ。」
「兄弟子に当たるらしい。メテジ鍛冶店で修業していたらしいんだが、別の弟弟子に継がせて独立したんだそうだ。」
リオル工房は細い裏道にひっそりと看板が掲げられていた。工房の前に立っても鋼を打つ音は聞こえなかった。扉には鍵がかかっていて、今日は休業だから帰れと言っているようだった。
「…すまんな、珍しく休みみたいだ。いつもは扉だけは開いてたりするんだが…。
またそのうちに来てみるといい。リオルは聞くのが面倒な話は山ほどするが、腕はいいんだ。」
「わかった、次来るのはやめておこう。今日は幸いだったのかもしれん。」
「お前は本当に……。場所だけは覚えておけよ。世話になるかもしれないからな。」
「ああ。」
―――
翌朝、宿でクロムが目を覚ますと体調が良いことに気がついた。
(む、体が痛くない…寝床が違うからか?)
ヘルリックから紹介された宿は安く、門に近い場所だった。飯は自分で何とかする必要があるが、寝具はいいものを使っていると言っていた。
これまでは硬い床や木の上や岩の隙間で寝ていたため、朝に起きると体が痛むことが多かった。それにすっかり慣れていたが、柔らかい寝床のほうが寝つきも寝覚めも良かった。次からは寝床がいいところを探そうと、そう密かに誓った。
身体を動かしているうちに、ヘルリックがやってきた。今日一日町中を案内してもらうことになっていた。
シャデアの町並みはかなり整然としていて、都市の入り口近辺に商業施設と宿泊施設が固まり、中央の生活エリアとの間に工業施設がある。探索者からすれば準備や迷宮から得た物を売ることができる場所が近いことはかなり都合がいいのだ。
シャデアが開発されたときに、フォラス迷宮、エリゴール迷宮の二つの迷宮が近い位置にあるため、探索者を効率よく出入りさせるようにするために今のような街並みに整えたのだという。
ヘルリックはかなり詳しく話をしてくれたが、クロムはほとんど何も聞いてはいなかった。ただし迷宮がいくつかある事を聞いて、一層迷宮に興味を示した。
「…迷宮に行くか?浅い層ならどこでも付き合ってやろう。」
「良いのか。じゃあ早速行こう。」
「今すぐは駄目だ。せめて明日だ。準備させろ。」
ならばとヘルリックに武器を貸そうとしたが、自分の物を使いたいと言って断られた。
「ヘルリックはどんな武器を使うんだ?」
「俺は剣とクロスボウだ。」
「弓じゃないのか?」
「俺はウルクスみたいに器用に連射なんぞできないし、俺が引くよりもこっちのほうが威力が出る。俺は引く力がそこまで強くなくてなあ…。」
「そうか。じゃあ、やはり明日だな。できればオセ迷宮に行きたい。」
「オセね、わかった。他にもいくつか用意はしておいてやる。」
その後もう一度リオル工房へ立ち寄ったが、今日も扉は閉まっていた。
―――
翌日、ヘルリックと共にオセ迷宮へと足を運んだ。オセ迷宮はシャデアに近い、手入れされた森の中にあった。まだ朝早かったためか場所が悪いのかはわからないが他に人はいなかった。
森を歩いていると巨大な木の前に出た。その幹に人ひとりが通れそうな粗末な扉があった。もっと恐ろしげな何かがあると思っていたから、なんというか拍子抜けてしまった。
「迷宮の入り方だが、まずは入り口となる場所で〈
これは誰でも使える魔術だから安心しろ。」
「わかった。他の迷宮でも同じか?」
「同じだ、だから覚えておけ。ほら、手をついて唱えてみろ。」
クロムは粗末な扉に手を添えて、〈階層〉と唱える。
クロムの頭の中に、階層が表示された。いや、なんとなく目の前に浮かび上がっているようでもある。不思議な感覚だった。
今いる場所は地上となっている。その下に一層と表示が見えたが、どうすればいいかわからなかった。
「お、おい、どうすればいい?」
「お、見えたな?次は行きたい層に意識を持っていけ。そこで〈
「〈転移〉」
引っ張られるような感覚と共に迷宮へと入る。めまいがしたような気がして思わず目を閉じたが、ゆっくりと目を開くと明るく広い草原が広がっていた。遠くには細長いものが見えたが、他にはただ草原が広がっているだけだった。
「遠くに薄く半透明な柱が見えるだろう。あれがこの迷宮の階段に当たる。まずはあそこまで行くぞ。」
「階段?柱だぞ?」
「この迷宮における、次の階層に行くための場所だと思え。あそこで〈階層〉〈転移〉の二つの呪文で次の行き先を決める。迷宮から出たいときもあそこまで行かなければ出られないから注意しろ。」
「入り方と同じだな、わかった。あれは階層ごとに一本だけなのか?」
「ああ。だが、迷宮の深層や広大な階層には複数ある場合があると聞くな。」
「覚えておく。ところで、この迷宮はずっとこんな草原が広がってるのか?」
「ここが広いのは一桁層だけだ。十層以降は森林になる。槍なんかの長物は使いづらくなるぞ。」
「そうか。じゃあ剣が良いな。」
手のひら大の虫型の魔獣が何匹か飛び出してきたが、動きも単調で速くなかったから簡単に切り捨てることができた。ヘルリックも軽く剣を振って仕留めていた。
柱にはすぐにたどり着いた。二つの呪文を唱えて二層へと移動した。
やはり引っ張られるような気がした次の瞬間には風景が変わっていた。隣を見ると柱に手をついていなかったはずのヘルリックが傍にいた。
「柱から十歩程度までの場所にいる奴も、誰かが唱えれば一緒に移動できる。…まあ、選んだ階層に踏み込んだことが無ければ移動はできないがな。」
そこからは特に会話もないまま二層、三層、四層と次々に進んだ。途中に飛んできた虫の魔獣を十匹ほど切り捨てたが、大したことはなかった。
初日は十三層まで進むことができた。ヘルリックの言う通り十層からは森林が広がっており、魔獣の種類が増えた。木々にさえぎられて柱の位置が見えなかったが、木々の隙間から見えたらすぐに柱へと向かった。また羽虫の様な魔獣だけでなく、甲殻を持った魔獣が出始めた。
ただ剣を振うだけでは切りづらいと思い、隙間を狙って振うようにしたら簡単に切り飛ばすことができた。〈剛力〉も〈鋼鉄〉もまだ使っていないし、使うような相手もいなかった。
迷宮の外へ出ると既に夕方だった。夜には都市シャデアに帰って宿で休むことができた。ヘルリックは明日からは商人として仕事があると言い、迷宮に一緒に潜ることができるのは早くて二日後だと言って去っていった。
翌日は一人でオセ迷宮へと向かった。早速扉に手をついて呪文を唱え、十三層を選択する。十三層に移動するとクロムは一つ思いついていたことを試すことにした。
手近な木に登り、周囲の見えるほどまで登り、辺りを見渡す。すぐに目的のものは見つけられた。
(…あった。次の階層への柱の位置も見える。しかし柱はどうも一本だけみたいだな。)
木から降りて、柱が見えた方向へと走る。魔獣が飛び出してきても、特に気にせず切り飛ばして走った。ほとんど魔獣に遭遇することなく次の柱へと着いて、次の階層へと移動した。
(きっと、このやり方はオセ迷宮だけの方法だろうな。)
昨日以上のペースで進み、一日目で二十二層、その翌日には二十七層まで進むことができた。このあたりの魔獣も、大して苦戦することなく進むことができた。二十四層から少し手ごたえが変わったが、それでも押しきれた。
二十七層の途中、蝗型の魔獣を斬り殺したとき、小さい鏡に変じた。これまで怒らなかった不思議な現象にその時は驚いたが、一応拾って〈収納袋〉へと入れた。
この日は魔獣が急に強くなったように感じ、疲れたままでは勝てないと感じて帰った。
宿へと戻り、布団へと倒れこむようにして寝る。
目を閉じることには拾った鏡など忘れていた。
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