第2話 非力な少女と戦闘狂

 涼しい風が頬を撫でる。

 彼は広大な平原に倒れ込んでいた。


「....成功か、よし第1段階完了だ」


 源一はガッツポーズをしながら勢いよく立ち上がった。


「平原からスタートか、ツイてないな」


 そう、見渡す限りの平原には建造物などは全くもって見えない、普通の人間なら慌てるのだが、彼は違った。


「いいじゃねぇか....もしかしたら町に着く前に強者に出会えるかもしれないしな」


 源一の興奮は高鳴りつつあった。


『ピロンッ』


 源一の耳元で電子音のような音が聞こえる、その次の瞬間、彼の手元にゲームでよく見るウィンドウのようなものが浮かんできたのだ。


「な、なんだこれ....なになに....」


 壬生咲 源一 Lv 1

 職業:無し

 特殊能力:無し

 使用可能魔法:無し

 パラメータ:平均


「って、すっごい平凡じゃないか!?」


 元いた世界で得た技術が一切記入されていないことに源一は不満を覚えてしまう。


「だが、これくらいのハンデがあってもいいかもな」


 そう、これから出会うかもしれないまだ見ぬ強者との戦いを楽しむのに、このハンデは最高のスパイスであった。


「そういや俺の武器はしっかりとこちらの世界に持ってこれたのか....? あ、良かった、そこら辺は心配無さそうだ」


 彼が腰元に身につけたポーチには武器がしっかりと詰まっている、苦無に鎖分銅....そして忍者刀、オマケに拳銃など様々だ。


 そうして彼が歩き出したその時であった。


「な、なによアンタたち!!」


 なんと遠くから少女の声が聞こえた。


「なんだ....!?」


 どうやらあの慌てっぷりからして只事では無いようだ。

 声の主の元へと駆けだす源一、向かった先には、大きな生き物の死体の前に、複数人の男に囲まれた少女がいた。

 情熱的な赤い髪に真っ直ぐな青い瞳の可憐な少女であった。


(一体どういう状況だ....? それにあの生き物....)


 リーダー格と思わしき鎧の男は大剣を持ちながら下卑た笑みを浮かべる。


「おい、お嬢ちゃん、そのシルバーウルフは俺たちが狙っていたんだ、その死体は譲ってもらおうか」


 屈強な鎧姿の男を前しても、少女は毅然として強気な態度を見せる。


「お断りするわ! そもそもシルバーウルフ討伐のクエストは私が受けたのよ」


 どうやら揉め事の様だ、遠目から話を聞く限り、あまりにも横暴な理由で少女は絡まれているようだ。


「なんだと、このクソガキ....!? ギルドでちょっとばかり活躍してるからって調子に乗りやがって....おいお前ら」


 鎧の男は周囲の仲間に合図を送ると彼らはジリジリと彼女に近づいた。


「何をする気....それ以上近づいたら斬るわよ!」


 彼女は腰に提げた剣に手をかける。

 しかし男たちは怯むことなく、近づいてきた。


「冒険者になったばかりのヒヨっ子如きが言うぜ....人を斬る覚悟もねぇくせにな」


 男たちは彼女をニヤニヤと嘲笑う。


「そ、そんなの分からないじゃな......きゃっ!?」


 少女は男たちに組み伏せられ、身動きが取れなくされてしまう。


「....っ」


 少女は恐怖のあまり、目に涙を浮かべて、歯を食いしばる。


「ギャハハ! この女、ちょっと押し倒したら声すら出なくなりやがった! だっせぇ!!」


「やめ....やめて.....ください」


 少女は必死に懇願する。


「許してもらおうたってもう遅せぇよ....身の程知らずのガキにはお仕置が必要だしな」


「い、いや....」


 彼女はキュッと目を閉じて、これからの蛮行に耐えようとする。

 その時だった。


『ドスッ!!』


「こえぇ.....」


 なんと彼女を組み伏せていた三人が一気に倒れたのだ。

 彼らの後頭部には”苦無”が突き刺さっていた。


「え....?」


 少女は何が起こったのか理解出来なかった、しかしこれだけは分かる。


 目の前の暴漢は死んだのだと。


「だ、誰だ!? 俺の仲間を殺しやがって!!」


 鎧の男は大剣を抜いて、こちらを向く。


「やぁお嬢さん、大丈夫かい? それに君は....なんだか強そうだね」


 突然姿を現した源一は、鎧の男を見据えながらニヤついた笑みを見せる。


「ダメ....! そいつと戦っちゃ! その男はギルドでも指折りの狂人と言われるゴレイス!防具も身につけてない人間が勝てるはずがないのよ!」


 少女は必死に訴えるが、源一は眉一つ動かさない。


「そうだぜ、その女の言う通りだ、てめぇ如きじゃ俺には勝てねぇ!」


 その時、源一は冷静に奴を分析していた。


(全身を包む屈強な鎧に、人間など簡単に両断出来そうな大剣....真っ向から向かえば確かに危ないかもな....)


 一切動かない源一に痺れを切らしたのか、ゴレイスは、大剣を振り上げて襲いかかってきた。


「スキル! 肉体強化ッ!!」


 何やら叫びながら近づいてきた。


「なんだか面白そうな力を持ってるね、面白い....!!」


 源一は勢いよく地面を蹴り、爆発的なスタートを切る。


「バカが、肉体強化を使った俺の速度と力に耐えられる訳がねぇ! そのまま両断してやる!」


 その時、源一は静かにため息を吐いた。


「はぁ....バカはどっちだか....」


 そしてさも当たり前かのように大剣の振り下ろしを紙一重で回避したのだ。


「んなっ!? ウソだろッ!」


 それと同時、源一はゴレイスの脇をするりと通り抜け、背後に立った。


「鎧って頭部の方は視界を確保するためにガラ空きなんだよね、知ってるよ」


 源一はそう呟くと、なんの躊躇もなく、ゴレイスの片目に指を突き刺したのだ。


「あぐっぁぁぁぁ!! 俺の目が....ちくしょう!」


 片目を潰されたゴレイスは倒れ込んでのたうち回る、そんな彼を見る源一の目は冷ややかなものに変わっていた。


「所詮この程度か、つまらない....本当に」


 そして源一はゴレイスの首根っこを鎧ごと掴み勢いよく地面に叩きつけたのだ。


「ごぇぇぇぇッ!?」


「ああ、つまらないと言ったけど運動不足の解消にはなったよ、ありがとうね」


 そして再び源一はニヤついた笑みを貼り付ける。


 その一部始終を見ていた少女は恐れるのではなく羨望の眼差しを向けていた。


(この人....少し怖いけど私を助けてくれたし、なによりあのゴレイスをほぼ素手で倒してしまうなんて....)


「ああ、そこのお嬢さん、アンタを襲おうとした連中は懲らしめたから安心していいよ、じゃ俺はこれで....」


 源一は立ち去ろうとした、しかし。


「あ、あの....待って!! た、助けてくれてありがとう....私はアルティ、あなたの名前は....?」


 背後から突然呼び止められた挙句、名前を聞かれた。


「俺は壬生咲 源一だ、戦いに飢えている根っからの狂人だから俺とは関わらない方がいいぜ」


 そう言い残すと源一は駆け出した。


「ま、待って....! はぁ、行っちゃった....また会えるかな、源一....」


 少女は自らを助けてくれたあの青年に思いを馳せるのであった。

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俺は”戦闘”という名のクスリを摂取する。ー戦闘狂のイカれた異世界ライフー 古書館のトマミン @soHendouHtori

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