マテリアル・ウェッポン

尾岡れき@猫部

「勘違いしなさんな、あんたは道具なんだからね」



「勘違いしなさんな、あんたは道具なんだからね」


 そう言ったのは、開発者だった。勘違いのしようがない。だって私は魔力で動く道具。マテリアル・ウェッポンなのだから。

 それ以上もそれ以下でもないことを知っている。


「あんたに意志を与えたのは、戦況の判断をさせるためだ。分かるね?」


 コクンと頷くが、それは良く分からない。開発者に限らず、結局は私の意志を尊重しない。

 道具が勝手なことをするな、と怒る。全く理解ができない。


 最初に私を使役したのは、稀代の魔術師だった。私と魔力を繋ぐマテリアル・リングで認証。魔力波長同調率、92%。多分、彼が実験記録では一番高かったんだと思う。


 ――同調。

 その彼が、魔力を吸い付かされて、枯れた。


 ――Experiment Failed。


 開発者は、眉間に皺を寄せた。それからは同調実験の繰り返しだった。

 別系統の魔術師。

 神官。

 魔法剣士。

 エルフ。

 ドワーフ。

 そして、魔力値の高い奴隷。


 全員、枯れた。


 もともと、魔術は特権階級の価値ですらある。魔力波長同調率を誇った魔術師がダメであれば、何をやってもダメなんだと思う。私は道具としては、欠陥品だった。




「どうでしょうか、お師匠様」

「うむ?」

「道具は別の方法で転用し、実験するというのは」


 開発者と研究者が、何かを囁きあっていたが、どうせ碌なコトじゃないと思う。


「言うてみい」

「廃嫡の第3王子。あの愚者の再起を願う者が少なからずいます」


「第2王子派から、暗殺依頼のあったやつか。我らを、暗殺ギルドと勘違いしてから――」

「どうでしょう。この失敗作を放り込んでみるのは?」

「……ほぉう?」


 面白い、と言わんばかりに開発者は笑った。言わんとする意図は分かる。王子の魔力を吸い尽くせ、ということらしい。命令を下せたら、道具はその通りに動くしかない。私は、開発者の滅多に見せない笑顔に小さく頷くしかなかった。






■■■






「マリー、火をつけたいんだけれど?」

「また、ですか」


 呆れる。どうせ、ストックは置くようにと進言していたのに、薬草実験に集中しすぎて、買い物を忘れたのだ。


 王子の魔力に接続する。

 マテリアル・ウェッポンは、魔力がなければ、ただのガラクタである。


「それだけで、良いの?」


 王子は、そんなことを言う。かぁっ、と体の芯が熱くなるのは、火の魔石が灯ったからだけじゃない。


「魔力は十分です。それと私の正式名称はマテリアル・ウェッポンβver.1.89――」

「僕がマリーと名付けたのは不服?」

「いえ、そういうワケでは。ただ、私は道具ですから――」

「あ、またそういうことを言うんだ?」


 王子はクスリと笑む。

 すっと、王子が離れる。


「そんなことを言うマリーには、おあずけかな?」

「へ?」


 私は、情けない顔になったことを自覚する。

 魔力なんて、道具を起動するための、動力だ。


 使用主がこれまで供給ができなかった以上、私は魔石を囓るしかなかった。

 それが、どうか。


 王子は、枯れることなく私に供給してくれる。

 一つ、検証して分かったことがある。


 リング経由での無線接続は「美味しくない」


 間接接触は、まぁまぁ。

 直接接触の効率が断然良いと、内部ログの統計数値を見れば明らかで。


 それなら、それを実行すれば良いのに。

 だって、私は道具だ。

 そのように振る舞うことがあっても、感情が根付くなんてあり得ない。



 ――それは、どうだろう?


 とは王子の見解。薬草だって、愛情を込めて育てたハーブと、放置されたハーブでは、大いに生育状況が違う。そう考えたら、そんな線引きは意味が無い。



「どうしたの、マリー?」


 狡い。

 甘い。


 甘い、魔力が欲しい。

 本当に狡い。


 道具はダメといわれたら、エネルギーが枯渇しても待機している。だって、それが道具だから。


 でも、王子は「欲しいなら、ちゃんと欲しいと言って」という。

 でも、それを願ったら。


 体が、熱い。

 心拍数が上昇しているのを感じる。


 Error。

 大丈夫、何度も計測したから。


 ふるふると、自分の瞳が揺れるのが分かる。

 道具らしくない、って思うのに。




「キス……してください」


 その言葉をただ紡ぐだけなのに、体全体がさらに熱くなって。熱暴走オーバーヒートしそうになる。


「ごめんね、女の子にこんなことを言わせて」


 唇が唇へと触れる。

 浅い。


 でも、魔力は流れ込む。

 足りない、これじゃ足りない。欲しい、もっと。もっと欲しいの――。


 イヤッ。

 これじゃ、足りない。


 全然――。


 モット。

 モット。


 欲し――。






■■■





がたん、と。

そんな音がした。






■■■





________________


 侵入者を確認。

 精霊監視網が認識。

 全データ、収集済み。

 事前登録命令通り、サーチ完了の上、プランBへ誘導済みです。

 なお、全兵力を換算すると、プランAでの抹殺が可能です。


________________



「マリー、ごめん。助けてくれる?」


 王子の言葉に、私は首を傾げる。


「また、招かざるお客様なんだろう?」


 イエス、と。私はこくんと頷く。


「正直、血は流したくない。でも、僕にはその力はない。マリーを頼らざる得ない」

「……お願い、たくさん聞いてくれるんですよね?」


 甘い魔力以上に、甘美な時間を想像して。つい頬が緩んでしまう。


「あ、あの……。寝不足にらない程度に、お手柔らかに、ね?」


 王子の頬がひきつるが、知らない。

 あんな味を教えた、王子が悪いんだ。




 私は形状を変化し、細見の剣となって、王子の手に収まる。


 領域内テリトリーにおいた魔道具や、精霊と接続。

 私は、想定内の命令信号を発信した。






 ――殲滅コードB






 正直、抹殺コードより、殲滅コードの方が、不可が大きい。その分は、王子から頂戴するから良いとして。


 王子を煩わせる、不安要素の排除。


 これも、道具としては大切な役目だ。だって、仕方ない。道具の持ち主は、第3王子で。それ意外の命令は受付けない。だって、それが道具というものだから。






■■■






 これは、愛の重い魔法道具マテリアル・ウェッポンと切り開く、廃嫡王子の王国復興史、第一幕である。

 後の魔導王、アルフォンス・ディック・アルトバイエルンが歴史に公に登場するまで、貧困に喘ぐ民は、後少しだけ待つ必要があった。




【アルトバイエルン王家復興史、序章より抜粋】


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マテリアル・ウェッポン 尾岡れき@猫部 @okazakireo

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