【余談】悪役、別の悪に遭遇する

 世界征服を企む悪の組織エタニティに所属しているアッシュは、しかし世界征服そのものには興味が無かった。

 エタニティには様々な人間がおり、給料目当てのものも多い。そもそも仲良く志望動機を語り合うような環境でも無いので、彼らがどんな目的でエタニティに入ったのかはわからないし、興味も無かった。


 給料もそこそこいいのだが、アッシュの志望動機は金ではなかった。何せヒーローと戦うという体を張った仕事だ。面倒くさがりの自分がそんな仕事をよく続けているものだと感心する。

 全ては、ブリザードのため。

 アッシュはエタニティのボスを心酔していた。だからこそエタニティの中で血の滲むような努力をしたし、下級戦闘員たちから飛び抜けることができた。今は幹部のブラックナイトのポジションを目指している。

 とはいえ、フレイムとも満足に戦えないアッシュではブラックナイトには到底敵わない。なんとかブリザードの役に立ち、ブリザードの右腕になりたい。今の自分には難しいとわかっているが、アッシュにしては珍しすぎる『野望』というものだ。



 ……とはいえ、まだまだ修業が必要だ。


 近頃ブラックナイトの出番があまりなく、代わりにアッシュの出動が多い。ブリザードから期待されているのだと思うと嬉しいが、ブラックナイトがいない時はフレイムも現れない。フレイムはおそらく、アッシュのことなんて認識していないのだろう。

 代わりに現れるのが、フレイムの後輩ブルーだ。

 フレイムと比べるとやはり数段落ちるが、ブルーもまたあちらの期待を背負っているのだろう。


 今の所、アッシュが勝利してはいるが、気を抜けないくらいにはブルーだって強い。

 ……ネーミングセンスは無いが、技名のカッコ良さで競っているわけでもないし。


 最近はブルーのファンを名乗る男が邪魔してくるし、色々とやりにくい。ブルーはちょっと馬鹿で迂闊なところがあるし、大丈夫なのか妙な心配をしてしまう。



 だが、今回の邪魔者はブルーでもあの男でもなければ、もちろんフレイムでもなかった。


「………………」


 アッシュはたしかここに、民間人を襲いに来たはずだった。襲うといっても殴ったり蹴ったり攻撃するわけではなく、ちょっと脅かす程度である。

 それが、何故か先に襲われている人間がいた。そしてエタニティは存在しない謎のモンスター。大蛸のようなものがうねうねと触手を動かし、一人の男を捕らえていた。


 ……物語のジャンルが違う気がする。


 何故、あの男はこちらが襲う前に襲われているのだろう。

 あの大蛸は一体何なのか。アッシュにはわけがわからなかった。


「…………あれ、魔法少女じゃないんだ」


 銀髪の少年が呟く。モンスターに指示を出しているのはこの少年のようだった。

 アッシュはまるで、正義の味方のようなタイミングで現れてしまった自分に気づく。謎のモンスターに襲われる一般人。それを助けに現れた正義の味方。モンスターを操る少年。


 魔法少女、とは何だろう。


 本来の彼らの敵、正義の味方は『魔法少女』と呼ばれるものなのか。


「君の名前は?」


 真っ直ぐにこちらを見つめる瞳には、不思議な力があるのかもしれない。名乗るつもりはなかったのに気がつけば口を開いていた。


「……アッシュ」

「アッシュ、か」


 気がつけば大蛸は男から離れており、少年の隣でそっとこちらの様子をうかがっているようだった。


「僕はクルト」


 何故名乗り合っているのだろうか。自分の状況がよくわからない。

 ただ、このクルトという少年が世界征服の妨げになる可能性は高い。ブリザードの邪魔をする物は、どんな存在であろうと倒さなければならない。


「アッシュ、いい目をしているね」


 仮面で隠れているはずなのにそう言われて、気味が悪い。目と言うなら少年の、クルトの目の方がずっと迫力がある。真っ直ぐにこちらを見つめ、値踏みされているような。


「……でも、今日はいったん帰らないと。また会おう、アッシュ」


 そう囁くと、少年の輪郭がぐにゃりと歪む。

 次の瞬間には、クルトとモンスターの姿が消えていた。


「あ、あの、助けてくれてありがとうございます」


 大蛸に襲われていた男がそう声をかけてくるが、これではますます正義の味方ではないか。男のことは無視し、アッシュもまたこの場を離れることにした。



 モンスターと謎の少年、それから『魔法少女』というワード。

 ブリザードに報告しなければ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る