ヒーロー、やはり流される



「あ、おはようございますブルーさん」

「……おはよう?」


 まだ腰だとかとても口には出せない場所だとかが痛いし怠いので日課のランニングは諦めた。体がなまっては困るのでせめてウォーキングだけでもしようかと家を出て、わずか十分後。しばらく会わないだろうと思っていた恋人(ということに、不本意ながらなってしまった男)と遭遇した。


 今まで仕事中くらいにしか出会わなかったはずなのにおかしいなとは思ったが、すぐに偶然だろうと思い直す。偶然……だよな? いくらなんでも。


「ご一緒してもいいですか?」

「トレーニング中だから」

「じゃあ勝手についていきますね」


 はたしてこの男と会話が成立できるのはどんな人間なのだろうか。


「昨日無理させすぎてしまったかと思ったけど大丈夫そうですね」


 大丈夫じゃないからランニングではなくウォーキングなのだ。

 無視して歩いていたが、怜央はしつこくまとわりついて話しかけてくる。いつまでも無視するとこちらが悪いことをしているような気になってきて、仕方なく振り返る。

 もしかしたらアッシュもこんな気分だったのかもしれない。


「……あんまブルーって言うな」


 今は変身していない『室田青』であり、そんな風に呼ばれると目立って仕方がない。


「では何と呼べばいいですか」

「…………室田青」


 仕方なく本名を伝えると怜央は「青さん。素敵な名前ですね」と微笑む。


「青さん、青さん」

「…………」


 結局『ブルー』と言わないだけでひたすら呼びかけてくる怜央に、早まったかなと思う。成り行きで恋人になってしまったからって名前を教える必要なんて無かったのに。偽名でも良かったし。

 何で教えてしまったんだろう。



 ――本当に嫌がってる感じじゃなかったからお膳立てしてあげたんだよね。


 ふと、鶴見の言葉が脳裏に蘇る。


 ……そんなはずはない。

 少しだけ、怜央に名前で呼ばれたらどんな感じだろうと思っただけで。恋人なんて、嫌に決まってる。


「青さん、この後うちに来ませんか」

「行かない」

「じゃあ青さんのおうちにお邪魔していいですか?」

「…………」


 どんなに嫌だと言っても絶対ついてくるやつだ。

 だったら怜央のマンションに行く方がマシ、なのだろうか。青の家がバレたら毎朝押しかけて来そうだし。


「…………お前の家でいい」

「やった」


 嬉しそうに両手を上げて喜んでみせる怜央を、邪険にすることはなかなか難しい。怜央が飽きるまでこの交際とやらは続いてしまうのではないかと頭を抱える青だった。

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