ヒーロー、上司に抗議する



 付き合っている余裕なのか、一度でも体を繋げたという事実に満足したのか、怜央は特に青のことを聞いてこなかった。連絡先も聞かれなかったし、本名にさえ触れられない。本当に青のことが好きなのか疑問に思うが、まあこれ幸いと怜央のマンションを後にした。

 まだ腰が重いがいつまでもあそこにいたらどんな展開になるかわからない。それに、一刻も早く鶴見に文句を言いたかった。

 なので、青は自宅に戻るよりも先に鶴見の部屋へ来ていた。


「あ、僕の作戦上手くいった?」


 そんなわけがあるか。


「いや! 逆効果だから! 何なんですかあの薬!」

「媚薬」

「……は?」

「だから、僕の作った媚薬。それも中出しされるまで効果が続くやつ」


 どぎついことを当然のように言われ固まる。あ、だからあの時急に熱が消えたのか……じゃなくて。

 何でそんなものを作ったのか。そしてそんなものを悪気なく渡してくるのか……この男、本当に正義の味方側の人間なのか? 今更ながら鶴見の下で戦っていて大丈夫なのか不安になってくる。



「本当に嫌がってる感じじゃなかったからお膳立てしてあげたんだよね。僕って恋のキューピッドかも。いいことしたな~」

「全然良くないです!」

「でもその感じだとファンの子とえっちしたんでしょ? 僕の媚薬だから慣らさなくても気持ちよかっただろうし、何が不満?」

「え、……いや、だって…………」

「本心から好きって言われて気持ちよくして貰えて満更でも無かったんじゃないかな。ってことで問題は解決! 一週間くらいはオフにしといてあげるからいっぱいイチャイチャしていいけど、来週からはまた働いてね。じゃあこれからお客さんが来るから帰ってね」


 そうして鶴見の部屋からつまみ出される。

 ……満更でもない?

 そんなことがあるだろうか。たしかに、怜央から向けられる好意が心地よかったけど。


 だいたい、相手は青の本名を知らなくても満足しているような男だ。いくら鶴見の薬があったからといってあの発言がどこまで本気なのか怪しいものだ。


 このまま、オフの間に会うこともないのだろう。そう思うとどこか腹立たしい。追いかけるのは楽しかったけど手に入れたら満足してしまったとか、そういうことかもしれない。


 そういえば鶴見の言っていたお客さんとは何だろう。お世辞にも友人のいなさそうな男だ。友人でないなら、もしかしたら、フレイムではないだろうか。

 ちょうどエレベーターが開き、中から黒髪の男が降りてくる。メガネにスーツで、眉間には深い皺が刻まれている。


 ……あれは、ヒーローでは無い気がする。

 もちろん根拠はなくて、ただの勘なのだが。


 思わずじっと見ていると男は迷わず鶴見の部屋のドアへ向かい、チャイムを鳴らした。


 ヒーローでは無い、鶴見のお客さん……。

 友人だろうか。鶴見とはあまり合いそうにない。腐れ縁とか加害者と被害者とか。そういった関係だろうか。


 鶴見が部屋から出てくる前に、青はエレベーターに乗り込んだので気づかなかった。青が今まで見た事ないような表情で鶴見が飛び出してくることを。




 ※※※


「氷川〜」


 部屋の前に着くと、氷川透がチャイムを鳴らすより先に中から鶴見が出てきた。事前に連絡もしていないのに何故わかったのだろうか。


「氷川のことならわかるよ」


 考えていることが顔に出ていたのか、気味の悪い答えが返ってくる。この男のことだからこちらに盗聴器だとか発信器だとかをつけていてもおかしくないのだ。

 だからこそ、身の周りには気をつけているつもりではあるが、相手は鶴見だ。透に気づかれないような盗聴器を発明するなんて朝飯前だろう。

 ……そんな、正義の味方って一体何なのだろうか。


「僕、氷川のこと大好きだからね」

「…………そうか」


 続いた台詞があまりにもベタベタと甘く、砂糖と一緒に煮詰められてしまうようで、鶴見の方を見ていられなくなる。透の反応が面白いから揶揄っているだけと思うのに、どういうつもりなのか時折こうして愛を囁かれる。

 鶴見と透は高校時代からの付き合いで、この関係に名前をつけるのも難しい。友人というのは絶対に否定したいが、ただの知人と言うには濃厚すぎる。腐れ縁という言葉が一番近いか。鶴見が一方的に氷川を追いかけ回して、嫌がらせばかりしては「嫌がる顔が見たい」などと言ってのける。最悪な関係だ。


 最近の鶴見が戯れに口にする、冗談のような「好き」や「愛してる」はどういうわけか氷川の心拍を乱れさせる。嘘に決まっているのに。聞くたびに平静でいられなくなりそうだった。

 昔から、鶴見という男は、他人を実験動物としか見ていないふしがあった。氷川のことだってそうだろう。どう接すればどう反応するか確認しているだけなのだ。

 そうとわかっているのに、最近の鶴見は昔とは少し違うように思えてしまう。相変わらず何を考えているのかわからないのに、少しだけ人間らしい感情というものが見え隠れするようになった。もちろん、全ては透の勘違いかもしれないのだが。


「それで、アッシュの調子はどう?」

「……ああ、特に問題ないな」

「そっかー」


 鶴見が正義の味方、『炎の戦士フレイム』や『水の戦士ブルー』に変身アイテムを与える博士であるように、氷川にもまた別の姿が存在する。


 『悪の組織エタニティ』のボス、ブリザード。

 エタニティは氷川の昔からの夢である、世界征服のために作った組織だ。

 とはいえ下級戦闘員ばかりでまともにフレイムと戦えるのは、ブリザード以外には幹部のブラックナイトくらいというのが現状だった。


 そこに、ようやく現れた才能ある若者がアッシュである。


「お前の発明した変身アイテムというのが問題ではあるが、な」

「だって、氷川の作ったやつだとアッシュの潜在能力を引き出しきれないでしょ? ブラックナイトくらい能力が高ければ自分で出し切れるけど、アッシュはまだまだ自分ではできないもんね」


 これこそが謎すぎる状況だ。


 まず、鶴見がなぜ正義の味方である『炎の戦士フレイム』を作ったかといえば、透の邪魔をするためだ。

 高校時代も透の嫌がる顔を見たいというだけの理由でテストで満点を取り続けた男だ。それが卒業した後も嫌がらせを続けてくるとは思わなかった。


 それが、フレイムとブラックナイトがプライベートで交際を始めてからというもの、更におかしなことになった。

 二人が付き合っているのが羨ましくなって、透におかしなちょっかいをかけるようになり、更には『氷川の邪魔もしたいけど、氷川の応援もしたいんだよねー』と、エタニティの武器も開発するなどと言ってエタニティに侵入してきて。


 ……本当に、どうしてこうなったのかわからない。


「それで、今日はどうしたの?」

「『魔法少女』」

「…………」

「お前が、フレイムやブルーの他に使っているものについて聞こうと思ってな」

「何のことだろう」


 魔法少女という謎の存在と、その裏に鶴見がいることは確認できている。ただし魔法少女が戦うのはエタニティではなくまた別の何かである。

 それが何なのか、まだ透には掴めていなかった。


「アッシュがおかしなものと遭遇したと報告してきた。それが『魔法少女』の敵なのか?」

「氷川さあ、アッシュのこと結構気に入ってるよね」

「……?」

「アッシュも『ブリザード様』のこと大好きだよね」


 鶴見の言っていることがよくわからず、表情を見ようとして、固まる。

 拗ねた子供のように唇を尖らせていて、大の大人がしても気持ち悪いだけなのに、どことなく可愛く思えてしまう。


「つ、るみ……それ…………」


 腹を抱えて笑い出したくなるのを堪えて、考える。それは、鶴見が抱くとは思えない感情だ。そんなはずがないのに、拗ねたようなその顔を見ると納得してしまう。


「…………嫉妬、しているのか?」


 口すると、やはりどうしても可笑しくなって吹き出してしまう。だって、あの、他人に何の興味も無いと、人を実験動物としか思っていないというあの鶴見が。透に特別な感情を持って、アッシュに嫉妬までするのか。母親を独占できないと拗ねる子供のように。


「……嫉妬?」


 鶴見がキョトンと、やはり子供のような表情で透の言葉を復唱する。嫉妬、嫉妬? 何度も口の中で転がして、呟いて、それからようやく納得したようにまた口にする。


「嫉妬。嫉妬か。そうか、嫉妬!」 


 普通、あまり喜ばしくない感情だろうに、鶴見にとっては余程楽しい発見だったらしい。


「そっか、僕は嫉妬していたのか。これが嫉妬。氷川を独占して独り占めして、閉じ込めたい、みたいな感情かぁ。正岡焔が黒川甲斐を監禁して自分だけのものにしたいって言ってるあの感情。そんなに大きな感情が自分の中にあったなんて面白いなあ」

「……そうか」


 何だか嫌な予感がしてそっと鶴見から距離を置く。


「待って」


 腕を掴まれ、引き寄せられる。


「氷川は魔法少女とその敵について知りたいんだよね」

「……今日はやめておく」

「今、機嫌が良いんだ。氷川のおかげで新しい感情を知れた。だから、氷川にも教えてあげてもいいよ」


 ──その代わり、


「この嫉妬っていう感情のままに氷川を抱いてみてもいい?」


 冗談じゃない。

 逃げようとするが、急に体から力が抜けていく。鶴見が何か薬を使ったのだろうか。


 鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌な鶴見がのしかかってきて、体が自由に動くのなら蹴り飛ばしてやりたかった。

 ……あとで、絶対に蹴り飛ばそう。

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