ヒーロー、相談する
「似合ってるよ」
優しい声で囁かれて、くったりと両耳が垂れるのがわかる。へなへなと床に崩れ落ちたまま、ずっと怜央に好きに撫で回されていた。
似合っている、と言ったのは怜央が買ってきたという青い首輪のことだろう。あっさり首輪を装着された青は、このまま怜央の飼い猫として生きていくことになってしまうのか。
逃げなければ、と思うのに体に力が入らない。もしかしたら怜央の声にはマタタビみたいな効果があるのかもしれない。
「ね、ブルーさん。大人しく僕に飼われてくださいね」
にこりと微笑んだ怜央の言葉に、青はようやく自分が茶トラの姿ではないことに気がついた。明らかに人間の姿なのに、首には立派な首輪がついていて……服は着ているが、変態臭い。
首輪からは鎖が伸びていて、それが部屋の奥へと続いている。
……そうか、もうここから逃げることはできないのか。
ようやく正義のヒーローになるという夢が、叶い始めたばかりだというのに。民間人にあっさり捕まってしまって、逃げられないというのも間抜けな話だ。
とはいえ鶴見やフレイムは助けに来てくれないだろうし、自分で何とかするより他ない。それなのに、青は到底ここから逃げられる気がしなかった。
説得したら、いつか出してくれるだろうか。怜央も悪いやつじゃないし、話せばいつか──
「──いや、逃げろよ」
「まあ、そうなんだけど」
あんなことがあったからか、今朝は酷い夢を見た。
猫になって怜央のマンションに忍び込んだところからが夢だったら良かったのだが、残念なことにあれは現実だ。それで、危うく飼われそうになったものだからあんな、人間のまま飼われてしまうような夢を見たのだろう。
青はあまりに恐ろしく、不安になったため、また仕事終わりの灰田湊を呼び出していた。
「猫になって、飼われそうになった? っていうのがよくわからないが…………」
ありのままを伝えたのだが、イマイチ理解してもらえなかった。
「茶トラだった」
「そうか」
本当は、灰田の言う通り、ちゃんと怜央を拒めばいいのだ。わかっている。
向けられる好意が怖いと思う一方で、どこかくすぐったくて。それに、そんなに悪いやつじゃなさそうだし、傷つけたら可哀想だし。
「それかいっそ付き合ってみるかだな」
「うーん……」
付き合うってそんな感じでいいのか?
交際したことのない青にとってはハードルが高すぎる。
「キッパリ断れないならそれもありだろ。追いかけるのが楽しくて燃えてるだけで、付き合ってみたら相手も熱が冷めるかもしれないし……」
「そうか」
「逆に束縛がキツくなるかもしれないが」
「束縛……?」
灰田の言葉がイマイチ理解できない。もしかすると恋愛上級者なのかもしれない。そういえば学生時代もよく女子に声をかけられていたような……。
「五分おきに連絡してくるとか」
「そんなに話すことがあるのか?」
「誰といるかしつこく聞いてくるとか」
「そんなこと知りたいのか?」
「…………知りたいんだろうな」
恋愛上級者の言うことはよくわからない。
そんなに連絡することなんてないだろうし、青が誰と何をしているかなんてどうでもいいことだろう。
やはりとりあえず付き合ってみるというのはやめた方がよさそうだ。ピンとこないことが多すぎる。そもそも付き合うって何をどうしたらいいのだろう。男同士だし。
「室田、これやるよ」
「ん?」
灰田が何か渡してくる。珍しい。
つるんとした丸みのある、水色の卵のようなものがついたキーホルダー。可愛いけれど何だろう。何かのキャラクターというわけでもないし。
「その変なファンに襲われたらそこのボタンを押せ」
「おそう……?」
「………………服脱がされそうになったら、押せ」
「服?」
やはり灰田の言うことはわからない。それでも珍しく真剣に渡してくるものだから、仕方なくポケットに放り込む。
服を脱がされる……身ぐるみを剥がされて、強化スーツを奪われそうになったらということだろうか?
もしかすると怜央はエタニティの人間で、青を倒そうと……いや、わざわざ強化スーツを奪わなくともブルーはそこまでエタニティの脅威にはならないだろうし、ブラックナイトが出動すれば負けるだろう。
やはり灰田の考えはわからない。それでもこの友人が珍しく寄越してきた物なので、受け取っておくことにした。
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