第十六話 前編
「す、少し待たれよ。」
と、勝家は後に居た信広に小声で
《この提案をどう思うでござる?信広様。》
《しかし、断れば何処かの家中を頼る事になり、尚且つ匿ってはくれぬという事であろう?どうするもなにも…》
という信広の意見に竹千代は
《それでは、織田家を裏切る形には成りませぬか?柴田様。》
《いや、これは北条家に恩を売れるという意味で受ける方が良いと思うが、竹千代殿はどう致す?》
《どう致すもなにも… 今の指揮権を持っておるのは柴田様でござるゆえ… その指示に従いまする。》
《いやいや、確かに義元を討つ段取りや、逃げるための指示は致したが、今回の氏康様の提案は意味が違うのだぞ。》
《信広様は賛同したい意向でございまするが、この事がもし大殿の耳に入ると、事ですぞ?》
《それには考えがある。》
と、談合をしていたが痺れを切らした氏康嫡男の氏政が
「相談したいのは分かるが、我らは古河公方の足利晴氏 、関東管領の上杉憲政 、扇谷上杉家当主の上杉朝定 の連合軍と対峙しなければならんのだ。早く決断致せ!」
氏康「氏政!そう急かすでない。柴田殿は織田家に対してどう配慮していくか悩んでおるのだ。そうであろう?」
「さすがは、氏康様。しからば… 我らは氏康様の提案を飲む所存でござる。」
「おお!」
「しかしながら… こちらとしても、いくら今川義元を討った功績があるとて、織田家にこの事が知れれば、ある程度のお咎めは避けられませぬ。そこで、某の鎧兜に面具を付け、名も偽名で名乗らせて貰いたいと… そして、後ろに控えておる者達は某の直属の配下として召し抱える形でお願い致しまする。」
という勝家らの提案に氏康は笑みを浮かべ
「至極当然の事であるな。偽名に関しては、わしが名付けても良いか?」
「え?!あ、はい。(咄嗟に口を滑らせたゆえ、これは好都合じゃ。)」
「我が祖父である北条早雲にちなんで、北条早霧(ほうじょうそうむ)と名乗られよ。そして、扇谷上杉家から奪い取った平山城の仮城主と致す!」
それを聞いた家臣らは当然、反論したが氏康の断固とした考えに賛同する事となった。
しかし、当の勝家はその決定に驚き
「いやいや、氏康様… 某が北条家を名乗るのは、いくらなんでも不味いでござろう?それに平山城(後の江戸城)と言えば、武蔵国の要の城でございましょうに…」
「いや、おぬしの技量を燻らせる事自体あり得ぬと思うておる。仮ではあるが力を貸して頂きたい。」
と、氏康は勝家に頭を下げた。
「頭を上げられよ!いずれ、織田家へ帰る某をそこまで買って頂くとは… この柴田… いや、北条早霧。帰るその日まで忠誠をお誓い致しまする。」
と、信広も竹千代も誓い、平服したのだった。
そして、かの有名な河越城の戦いが始まろうとしていた…
つづく。
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