第十話 後編

柴田らは駿府・今川家の拠点である今川館から数里離れた小高い丘に今川義元の陣があり、その右備えに位置する大原雪斎の旗印が見える付近まで来ていた。



竹千代「柴田様、あの旗印が大原雪斎の陣で間違いございませぬ。某も幼い頃、亡き父上と雪斎が会う時にあの旗印を見ていたので…」


「幼い?今も変わらぬではないか!それより、あちらからこちらに向かって来ておるぞ。」


「そのようでございますが、肝心の信広様が見えないでございまするな。」


「さすがは義元殿といったところか… どうせ、義元の陣営におるのであろうよ。」


「これでは、どさくさに紛れて助け出す事は出来ませぬな。」


「うむ。お前を渡す訳にも死なす訳にもゆかぬからな。信広様には悪いが、当初の予定通り死んで頂くほかあるまいな。」


猿に似た小僧「え?信広様とか申す御方は信秀様のご子息では?」


「ほう。お前は物知りじゃな。そうじゃ、正確には側室の子じゃが、ここにおる竹千代殿を今川に引き渡し信広様を取り戻す交換条件で、我らが来たという建前が有ってな…」


「建前?あっ、そういう事でございますな。」


「どうやら解ったようじゃな。(こやつ、信長様が気に入る訳じゃ… しかし、まだ7、8歳のくせにここまで頭が回るものか?何かの力が働いておるとしか… まぁ良いわ。使えるものは使わねばな。)」


「それを利用して、本陣の義元を討つという流れで?」


「うつけが!(回り過ぎじゃ!)我らとの距離を考えよ!我らの目的は大原雪斎の命じゃ。」


「そういう流れでしたか…(そうじゃな。この距離を詰めるのは鬼柴田様でも、さすがに無理であるか…)」


「お前は帰ったら、ワシのために働いてもらわねばならぬゆえ、その辺の草むらに身を潜めておくがよい。」


「はっ!柴田様の雄姿を、この目に刻みまする。御武運を!」

と、猿に似た小僧は後方へ下がった。



そうこうしていると、大原雪斎が目の前まで来て

「織田信秀家臣・鬼柴田と有名な柴田勝家殿でございますか!遠路遥々ご苦労であったな。某は今川家の軍師などを務めておる大原雪斎じゃ。」


「改めて名乗る事はあるまい?何度も戦場(いくさば)で会うておるではないか!」


という勝家の発言に対し薄気味悪い笑みを浮かべ

「くくく。某の足軽兵達が見守る中、不躾な物言いは避けねばならぬのでな。それより…」

と、雪斎は竹千代に視線を送り

「おお!そなたが不慮の事故で死んだ松平広忠の嫡男の竹千代殿かの?中々良い面構えではないか!ほれ!もちっと、こちらに…」


「確かに… 某は竹千代でございまするが、肝心の信広様は何処に?」


「ふむ。肝も据わっておるな… 良い事じゃ。信広殿は丁重に我が殿が預かっておる。心配致すな。それより、我が殿である義元様が柴田殿と竹千代殿の二人に会いたいとの事。御同行願う。」


「は?某と竹千代殿の二人でございまするか?」

と、柴田の予定になかった事に成ってしまったのだった。



つづく。

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