第五話 前編

勝家が一の丸にある庭に到着すると、奥方様が居るのを見て

「(おお!これは僥倖!)これはこれは奥方様ではございませぬか。何故、こちらに?」


「織田家きっての猛将で知られる柴田殿に武芸を勘十郎殿に教えて頂くと、殿や秀貞 殿から聞いたのです。それは拝見せねばと思い参った次第です。ご迷惑だったでございまするか?」


「いえ!滅相もございません。奥方様から、そのような誉め言葉を頂けるとは恐悦の極みにございまするが、若君を甘やかす事は出来ませぬゆえ、ご容赦くだされ。」


「それは、わたくしも了承致しまする。よろしくお願い致します。」


「ところで、肝心の若君は?」


「先程まで、『権六はまだか』と待っておったが…」

と、そこに城兵の一人が

「若様は厠へ行くと…」


「そうでございますか… では、少し待つ事に致しましょう。」



その頃林は奥方に会う為、二の丸の屋敷へ行くと侍女が出迎えて

「これはこれは林様。今日はどのようなご用件でしょうか?」


「うむ。至急、お伝えせねばならぬ事がありまして、まかり越した次第でござるが、内容については機密事項に当たるため申せぬ。」


侍女は不服そうな表情を浮かべ

「いつもそう申してまするが、私達侍女はそれ程に信用ならないでございまるか?」


「いや、そういう問題ではない。(急いでおるのに、今日に限ってしつこい言い回しじゃわい。)」


「しかし、奥方様から三郎様のよくない話を聞く事が多く、『誰に聞かれたのです?』と、問いかけたら林様からと申してましたので…」


すると、驚いた表情をして

「な?!(奥方様… いらぬ事を侍女達に話おってぇ!)わしはただ、世間で三郎殿の事を『うつけ』という風に呼ばれておる事を話しただけに過ぎぬ。」


「これは解せぬ発言でございまる。」

と、発言した侍女に林は怒って

「ええい!やかしい!奥方様を早く呼んで参れ!」


「は?『呼んで参れ』とは、いくら林様でも言ってよい事に区別をですね…」


「これはすまぬ事であるが、そもそもお前が早く対応しないからであろうが!」


「それとこの発言は違いまるぞ!」


「分かった!わしが悪かった!」


「は?『わし』?これは由々しき事態ですね。この事は大殿に報告致しまする。」


「大殿に?お前ごときが会って下さるとか、ないわ!」


「いいえ。私は大殿の元お世話係であった事をお忘れでしょうか?」


という事に青ざめた林は言葉が出なくなってしまった。


「それと、奥方様に会いたいと申しておりましたが、居ません。勘十郎様のところへ行っておりまする。」

と、半笑いで話すと林は素早く頭を冷やし

「何故それを早く申さぬ!(何故、わしの行動が裏目に… すべて、あの阿呆に会ってから… ええい!忌々しい『うつけ』めが!今に見ておれ!)御免。」


「大殿には色々伝えておきますって、もう居ない… (林様に謀反の企みありとまではいかないにしても、一応報告しておかねばなりませんね。)」

と、思う侍女であった。



つづく。

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