第5話 被捕食者《ひしょくしゃ》

※私は被捕食者を『ひほしょくしゃ』と読むのだと思っていましたが、こう書いて『ひしょくしゃ』と読むそうです。


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 目の前に危機が迫った俺は他に出来ることが何もないので、被捕食者ひしょくしゃの能力を使ってみることにした。


 逃げられれば良いのだが、その機会は随分と前に失われたようだし、仮に逃げたとしても追い付かれるのに時間はかからないのではないかと思う。

 それくらいに相手が巨大に見えた。あの茶色い柱の様な物体は空中に戻っていったのだから、その先に本体の様な物があるに決まっているのである。


「うおおおぉぉぉ! 被捕食者ひしょくしゃぁ!」


 叫んだ後で思い出したのだが、被捕食者ひしょくしゃというのは肉食の野生生物に食べられる生き物のことではなかっただろうか。


 そう思ったのも束の間、俺の全身から何とも言いがたい感じの美味しそうな匂いが漂い始めた。身体の周囲には陽炎かげろうも立ち上っていた。


 俺の全身がその状態になってから、それほど時間は経過しなかったと思う。


「アゴォォォォ! ハギョレモォォォ!」


 俺はおそらくだが、空中からってきた細長い口にくわえられたのだろう。

 空からりてきたのが一瞬だけ見えたそれ▪▪は長いのに俺の身長よりも太かった。


 チューブ状の内部に取り込まれた後は絞る様につぶされて、俺は意識を手放した。当然のように死んだと思った。


「ぬおぁ、夢か? アレは夢やったんか?」


 意識を取り戻した俺は叫ぶような声を上げて上半身を起こした。

 アレは一体何だったのだろうか。あのスキルを発動した段階で、正体不明の怪物に食われたはずだった。


「あ、起きたぁ。スゴい、スゴいィィ」


 そして、起き上がった俺の右側には少女の様な声をあげる何かが浮かんでいた。


 見た感じはクラゲだ。

 傘の直径は80センチくらいで中々に大きいのだが、一番上に4つほどの笹の葉ような耳が付いており、パタパタ動いていた。

 身体全体は半透明で白く濁りの無い色合いで、触手も目立つ太いのが4本ほどはあって何となくだがユーモラスな外観をしていた。

 

「動かなくなっちゃったけど生きてる?」


 俺が固まっていた所為で不安になったのであろうか。そのクラゲさんは心配そうに聞いてきた。


「ああ……大丈夫だよ。何か裸みたいだけどさ……」


 覚醒したのは良いのだが服を着ていなかった。外傷は全く無いのが救いだ。


「俺はハニューダ・タケシって言うんだ。君は何て言うのかな?」


 この世界に来てから初の不思議生物との邂逅かいこうだが、まずは自己紹介からだろうと思い聞いてみた。


「長いのよ。ウースギリーデ・クエルニカ・ドクダターっていうの。誰もそう呼んでくれないけど」


 聞いたところでは確かに長い名前だった。言いにくいので愛称で呼んでいいかたずねてみることにする。


「じゃあ、ウーちゃんって呼んでも良いかな?」


「ウーちゃん? ウーちゃん! 私はウーちゃんなの。ハニューダはそう言うのね」


 何だか気に入ってくれたようで何よりだ。

餌付けの様なことはしていないが、こうして俺はこちらに来て初めての知り合いを得た。


「それよりもウーちゃん、俺は何でここに裸でいるか知ってるかい? 寝袋に寝かされているみたいだけど、これはウーちゃんがやってくれたのかな?」


 次にやることは現状の把握だろう。

 起きた時から裸だし、寝袋の上で寝ていたようだし、食べられたはずなのに何がどうなっているのかさっぱり分からない。


「んー……ウーちゃんはねえ、餌を拾いながらここまで来たのよ。それでハニューダを拾ったの。そうしたらハニューダが起きたの。今まで起きた人はいないのよ」


 どうやらウーちゃんは放浪生活の真っ最中のようだ。俺も似たり寄ったりなので共感をおぼえてしまった。

 ただようように生きていれば、旅の途中ではかなくなってしまう人を見るのも多かったことだろう。


「そうだったんだね。それならウーちゃん、この近くに来て見たことを俺に教えてくれないかな? ここには来たばっかりで周りのことをよく知らないんだ」


 ちょうど良いので、俺はウーちゃんにこの辺りのことを教えてもらうことにした。



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※お読みいただきましてありがとうございます。この作品について評価や感想をいただければ幸いです。

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