第11話

爆音の雷が鳴り終わった静寂の中、僕は身構えた。太陽という光源を失い薄暗く闇に包まれた部屋の中、ミシェルの周りに蠢いていた影も消える。突如ザァーっと大雨が降り始め、窓を濡らしていく。

 それを見てかミシェルはククッと笑い、窓の外を見つめる。


 『来てしまったようですね……この時が…』


 「……」


 来るぞ……。


 『失礼、ワタクシのハニーは少々照れ屋さんでしてね。ほら、出てきなさい、ワタクシをあまり困らせてはいけないよ』


 ミシェルは空へ向かってパンパンと手を叩く。だが空は分厚く雲がかかったままである。


 ふぅ、とミシェルは溜息をつき、くるりとまた僕らの方へ向くと額に指をあてがえ、ポーズを決め、一言。


 『どうやらまたワタクシの真の力がめざめてしまったようです……この、漆黒の……いえ!‪✝︎漆黒の闇魔術師✝︎の力が……!』


 ピシャーンっと僕の心に、いや、ナーシンの心にも何かイナズマが走る感覚を覚える。


 「…………」


 「…………」


 『ああ、そう!ワタクシはワタクシの力が強大で恐ろしいあまり、自らの闇によって力を封じてしまう……そんな運命(デスティニー)にあるのです……!』


 ピシャーンとまたもや心になにかイナズマが走る。これは……誰しもが一時感じてしまう羞恥心に似たもの……ピンポイントに言えば14歳くらいから始まる自分を無敵の存在や特別なものに思えてしまう大人になればなるほど思い出したく無くなるある一定の時期のアレ……すなわち…


 厨二病だ……!やっぱりコイツは僕がこの塔にスカウトした時から相も変わらず厨二病をこじらせている……!イタイ!イタすぎる!見てるだけでなにも傷を負っていないのにこちらにまでダメージを負わせてくるイタさ!共感性羞恥の塊すぎる!!


 思わず胸の当たりを抑え、赤面してしまう。

 そういえばナーシンは大丈夫だろうかと見てみるとこれまた胸を押え、切なそうな顔をしている。


 「イミリア何故だろう……攻撃された訳じゃないのに胸の奥がキュってするんだ……まるで自分をなにか特別なものと思い込んでいた数年前の自分を彷彿とさせるような……」


 アアアごめんよナーシン!!やっぱり君を傷つけてしまった!そうだよね!そういう時期ってみんなあるよね!思い出させてごめんよぉぉぉぉ!!


 『ふっふっふ。ワタクシがこの暗闇に包まれる時、人は皆苦しみ始める……さあ!これを見よ!ワタクシがこの忌まわしき呪いを受けた紋章を……!』


 ミシェルは腕まくりをしたと思えば、腕にマッキーで自分で描かれたと思われる魔法陣とアンニュイ感じで書かれた異国の言葉を見せつけてくる。


 「うっ……!」


 ヤバい!ナーシンの中の共感性羞恥が高まりすぎて膝をつき始めた……!しかもあの言葉、僕は博識だから読めちゃうし、訳すと『ぼくはイボ痔です』って書いてある!意味知らないでなんか字ズラがカッコイイから書いてるだけなやつ!


 「はあ、はあ、これが……コイツの力なのか……?」


 「ナーシン落ち着いて!これは別にすごい力じゃ」


 『そう!この溢れんばかりの闇はワタクシが無意識下に作り出したもの!ワタクシですら制御出来ない特別な暗黒界(ダークネスワンダーランド)!ワタクシの真の力を見ることができるだなんてアナタはツイてますね!』


 いや違う、コイツはこれがツイてる状態だと思っているが実は違う。コイツはものっっっすごくツイてない奴なのだ。

 コイツは僕の推測からするにずっと、生まれつきの雨男なのだ。いつだってそうだった。誰かと戦いが始まるとすぐに雨が降り始め、すぐに影が消えて攻撃できなくなる。その確率脅威の7割。


 正直、影の支配者とか言われているような奴だからものすごい強いのだろうと思っていた。だからこの塔に来るように多額の金で買収したというのに来てみればこのザマだ。しかし魔術師としての素質は大いにあり、他の術を使っている時は申し分ない実力があるのは分かっている。だが影術を使う戦いをする時だけいつもこうなのだ。本当に謎である。


 『ふふっ、苦しいですか?そんなに苦しいのならばこのナイフで自害すれば楽になれますよ?』


 ミシェルは自分の懐から出した短剣をナーシンに投げて渡す。カラカラっと音を立てて転がってきた短剣の柄をよく見るとそこには昔懐かしのドラゴンの装飾が……


 いやああああああ!!修学旅行で土産物屋に入った時に売ってるキーホルダアアア!!


 「……くっ」


 ナーシンはそのイタ短剣を拾い上げる。そして強く握りしめる。


 うわあああナーシンが恥ずかしさのあまり決意を固めてしまった!止めなくては!


 「ダメだナーシン!そいつの思うツボだ!」


 『ははは!ワタクシの呪いの短剣を見て自害しなかった者など存在しない!さあ!その首筋を真っ赤に咲かせてみせてくれたまえ!』


 胸元で短剣を強く握りしめ、今にも自分を貫かんとするナーシン。


 『ははは!喉でも心臓でもお好きなところをご随意に……!』


  どどどどどうしたら!いやいや、まずは普通にナーシンを気絶させてイタ短剣を取り上げてそしてこの厨二病を……!


 思考を巡らせているとナーシンは小さく縮こまってしまった。そして微動だとしない。


 まさか…もう刺したのか!?


 と、思ったのも束の間、いきなり床を蹴り、ものすごい速さでミシェルに突進していった。


 「えっ!?」


 『なっ!?』


 ミシェルは不意打ちを食らったせいか何もすることは出来ず、ナーシンの突進を受けてしまう。そして後ろの窓ガラスに押し付けられ、ミシェルとナーシンは密着する形になった。


 な、なにが起きた……?


 程なくしてナーシンはミシェルから離れる。そこにはイタ短剣で脇腹を刺されたミシェルがいた。


 『なんと……なんということ……ワタクシの闇を見ても指示に背き、危害を加えるものがいるなど…ありえない……』


 「はあ、はあ……俺も危なかった……」


 『なら何故……?どうやって?教えて下さい…どうやってワタクシの闇の力から背く事が出来たのです……?』


 「俺は……そうだな。先程、原因不明の恥ずかしさから来る胸の苦しみから逃れるために自分の胸を貫こうと考えていた…だがそれと同時に別のことも頭をよぎった……好きな人の事だ。その人に昔の俺の恥ずかしい事や失敗なんかを話したらどうなるんだと……嫌われるか?失望されるか?いや違う、あの人はきっと笑ってくれるだろうと。いい思い出だと言ってくれると。あの人はきっとそういう心の器が広い人だ。俺を嘲笑ったりなどしない。だからこんなところで死ぬわけに行かないと既のところで耐えられたんだ」


 ミシェルもナーシンも息を絶え絶えになっている。が、ナーシンは息を整え立ち上がり、ミシェルは立っていられなくなり床に体を預ける形となった。ドクドクと血が流れるミシェルを天へ誘うがごとく空は晴れ始め、光が指す。


 『……つ、つまり……?』


 「つまり…………俺の《愛》は羞恥心より強いって話だ」


 窓の光に照らされたナーシンはいつもとは違って神々しく見えた。


 『ふっ…………………なるほ…………………………………………………………………………………………………………………え、どゆこと?』



 それが闇魔術師・影使い、ミシェル・ハイントの最期の言葉だった。


 

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