第10話
こいつは本当にヤバい……まずいことになった……。
「ナーシン!ここは1回引いてっ……!」
そう声をかける頃にはもうナーシンは剣を構え、ミシェルに突進していた。
「ちょっと!待っ……!」
「いや、待てない。こいつはただならぬ奴だと俺の第六感が言っている。早急にカタをつけなければ…!」
そうなんだよタダならねぇ奴なんだよ!だからやめてくれえぇぇ!
僕の制止しようとする意思も届かず、ナーシンはミシェルに剣を振り下ろす。
その瞬間、ミシェルの足元から黒く蠢くものが溢れてきた。
振りかざした剣はミシェルの体に触れることなく、ミシェルの目の前で静止した。ミシェルは指1本動かしてはいない。一瞬のうちにその黒く蠢く闇が手の形になり、ミシェルを切る既のところで受け止めたのだ。
「なにっ……!」
ナーシンは思わず身を引き、僕の所まで下がった。
「こいつはまさか……っ」
『ふっふっふ、その通りです』
ミシェルの足元からは複数の黒い触手が生えてきて部屋全体を覆う。
『私は闇魔術師、影使いミシェル・ハイント』
「やはりそうだったか……」
「ナーシン知ってるのかい?」
「ああ、名前だけ聞いた時はあまりピンと来なかったが昔、父がこいつの話をしてくれたことを思い出した。世界的にも有名な闇魔術の使い手……そして世界を裏で支配しようと企てている者の1人だと」
『おやおや、詳しいのですねぇ?ワタクシのファンでいらっしゃいますか』
ミシェルは黒くしなやかな黒髪を撫でながら微笑む。
「ファンな訳ないだろ、お前は世界の敵だ。父もいずれは我が国の騎士も対立するだろうと言っていた」
ナーシンはまた剣を構える。
『なんと。ワタクシは別に世界を滅ぼそうとする魔王ではないのですよ?ただ、この世界は少しばかり眩しすぎる。だから闇を作ることによって彩度を調整してこの世の均衡を正していこうと行動したまでなのですが……』
「黙れ、お前のせいでどれだけの国や人が犠牲になったと思っている。起こしても意味の無い戦争を何度も多国に強要し、滅ぼそうとする姿は魔王と変わらない」
『悲しいですねぇ、ワタクシのこの美学が分からないとは。きっと貧しく、教養も無い廃れた場所で育ったのでしょうねぇ』
「黙れ」
『おやおや、大変申し訳ありません。ワタクシとしたことが本当のことを述べてしまいました』
「……」
ヤバい、珍しくナーシンがキレている。確かにこいつは沢山の国を陥れた大悪党だ。だがそんな予備知識は正直当てにならない。コイツの中には真の闇っていうのが隠れているんだ。
「ナーシン、ここは一旦引こう……きっとイタイ目に……」
「いや、ダメだ。コイツを生かしておけばまた新たな犠牲者が出る。それに貴方をこんな奴の犠牲者にしたくない」
「僕はきっと、てゆーか100%大丈夫だよ。でもナーシン、君のことが心配なんだよ!僕は君に傷ついて欲しくないんだ!」
僕はナーシンの手を握る。
するとナーシンは低い僕の背に合わせて少しかがみ、肩に手を添える。
「……ありがとうイミリア。今まで何も言わなかった貴方がそこまで言う相手だということは相当強いと分かっている。でも、ここは俺に任せて欲しい」
「ダメだ!ナーシン行かないで!」
子供のようにすがる僕の手を剥がし、ナーシンはミシェルにまた刃を向けた。
「イミリア、俺を信じていてくれ」
「……」
もう何を言っても止められまい、そう思い僕は黙り込む。
頼む……何も起こらないでくれ……。
『お話は済みましたか?最期になるやもしれません、別れの言葉を告げてもよろしいのですよ?』
「お前こそ言い残す言葉がそれで良ければ始めるぞ」
『ふっふっふ。いいでしょう!さあ、かまえたまえ!』
ミシェルの足元には太陽によって作られた色濃い闇が茂っている。
ナーシンが足をにじった瞬間、ミシェルの闇が無数の腕となりナーシン目掛けて伸びていく。
ナーシンに手が届くその瞬間、ピシャリ、と音がした。
まるで全ての時が固着したかのように皆が静止した。
ふと、外に目をやると今までさんさんと輝いていた太陽が雲に隠れ、雷が鳴り出し、空は完全に荒れ模様だった。
来た、来てしまった。この時が。
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