歩み

恐竜洗車

歩み

 

 

 男はバスに揺られていた。車内には朝の光が差している。

 暖房の温度と、柔らかな座席の感触と、走行の振動が、男にまどろみをもたらす。

 意識がぼやける感覚の中、男は考える。


 自分は目的地に向かっている。それは己の意思ではない。巨大な鉄の箱に運ばれて、なされるままに、進んでいる。自分の足で歩かずに、行きたくもない場所に。


 毎朝これを続けている。一体いつまで続くのか。老いさらばえ、両の足で立てなくなり、箱に乗り込むことすらできなくなるまで、繰り返すのか。


 いや、もしそうなっても、この箱は目の前に現れ、口を開き、自分を閉じ込め、運びだすのかもしれない。

 

 道路脇に生える木々が、時折車窓に打ち付ける。乾いた音をたてる枝葉。男は自分にさしのべられた救いの手だと思った。

 しかしガラスに阻まれて、その手をとることはできなかった。


 バスが止まり、男は降りた。ようやく自分の足で歩きだした。

 だがそれは、疾走する鉄の箱から放り出された慣性で、不本意に始まった歩行にすぎなかった。歩みに男の意思はなかった。


 男がしばらく進むと、道路の向こうから別のバスがやってきた。巨体を震わせ、加速し、直進している。

 

 その時男は、初めて自分の意思で歩いた。

 鉄の箱の正面に、身を投げ出した。


 そして歩みは止まった。





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歩み 恐竜洗車 @dainatank

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