17-2.明らかになる真実②

「どうしてそんなことを? 紫釉様は伯瑜様の教え子じゃないですか! あんなに紫釉様を心配していたのに」


 伯瑜は紫釉を気遣い、本当の孫に対するような優しい表情で紫釉の話をしていた。

 なのに、どうして紫釉を裏切ったのかと思わずにはいられない。



「……お前さんは何故儂が書庫番をしているか分かるかな?」


 由羅は伯瑜の言葉に首を振った。


「以前話した通り、儂はかつて皇太子殿下の教育係という名誉あるお役目をいただいておった。皇帝陛下の覚えもめでたく、筆頭五家に次ぐ名家であった周家はますます栄えておったのじゃ。周家は安泰。一族みんながそう思っていた、そんな時じゃった。儂の息子が皇帝陛下の下した命に異を唱えたのだ」


 それは農民に増税を課すものだった。当時は長い干ばつが続き、農民は重税に苦しんでいた。そのため身売りや口減らしで子供を売るということが横行していた。


 だから、伯瑜の息子はこれ以上の増税を止めるよう進言したのだ。


「それが陛下の不興を買ってしまった。更には周家を快く思わぬ者たちに足元をすくわれて、周家は要職を追われ、あっという間に没落してしまったのじゃ」


「それで伯瑜様は紫釉様の教育係の任を解かれ、書庫番という閑職に追いやられたのですね」

「左様じゃ」

「でもそれは前皇帝が悪いのであって、紫釉様は関係ないじゃありませんか!」


 由羅の訴えに伯瑜は辛そうにぎゅっと目を閉じると、少しの時間口をつぐんだあと、ゆっくりと口を開いた。


「儂には10歳になる末の孫娘がおる。とても可愛くて良い子なんじゃ」


 突然の脈絡のない話が出て、由羅は内心驚いたが、そのまま伯瑜の言葉を聞くことにした。


「あの当時、没落した周家と婚姻したいという相手がおらず、結婚先を見つけるのが大変じゃった。運よく結婚できても周家出身ということで肩身の狭い思いをしたりと苦労していた者も多かったしの。このままでは孫娘もまた、良縁がくることはないかもしれぬ」


 痛々しい表情でそう語る伯瑜から、彼が孫娘を心から案じていることが伝わってきた。


「そんなある日、紅蘆様から第二皇子殿下との縁談を持ちかけられたんじゃ」


 ここにきて紅蘆の名前が出たことに、由羅は息を呑んだ。

 第二皇子ということは、紅蘆の息子であり、紫釉の義弟である。


「もし第二皇子が皇帝になった暁には、周家を昔通り取り立てると言われた。願ってもない申し出だった。没落して貧しさに苦しんでいる一族を助けたいと思ったよ。だが、話はここで終わらんかった。紅蘆様は見返りを要求してきた」


「それが、妃候補の殺害ですか?」


 伯瑜は何も言わなかったが、それこそが肯定だった。


「紫釉様にお子が生まれぬよう、計らえということだった」

「それで4人の妃候補を殺したのですか?」


 由羅の言葉に思わず怒りが滲んだ。そして地位を得るために人を殺した伯瑜を詰りそうになった。

 だがその前に、伯瑜は自虐的な表情を浮かべながら己を嘲るように言った。


「紫釉様の教育係の任を解かれても仕方ない。このような権力に目がくらんで裏切るような者に、人を導くことなどできぬな」


 その時カツンと音がして入口を見ると、そこには厳しい表情の凌空と泰然が立っていた。

 それを見た伯瑜は全てを悟ったようだった。大きく息を吐いた後、再び由羅を見た。


「もう一つ儂の罪を告白しよう。お前さんの暗殺について楽雲を動かしたのは儂じゃ」


 予想はしていた。

 だから由羅は驚くこともなく、静かに伯瑜を見つめて問いかけた。


「なぜ私を狙ったのですか?」


「紫釉様が妃を娶り、寵愛しているという噂を耳にしたのじゃが、それは嘘だと思っとった。紫釉様は子供の頃に拉致されてから、人を心から信じないように見えていたからの。だからそんな紫釉様が急に人を愛するとは思えんかった。だが、先日ここで紫釉様と由羅が話している様子を見て、あの噂は本当だと確信したんじゃ。だからこのままでは本当に世継ぎが生まれてしまうかもしれない。だから急ぎお前さんの元に刺客を送ることにしたんじゃよ」


「そうでしたか」

「……それだけかい? 儂に怒りをぶつけてくれて構わぬよ。騙されたと怒ってくれても、人でなしと罵ってくれてもいいんじゃよ」


「いいえ。私は今生きています。それに結果的に見れば、あの刺客を捕らえたからこそ楽雲を捕縛し、全ての真実を明らかにすることができましたから」


 会話が途絶えたのを見計らったように、入口にいた凌空が静かに告げた。


「周 伯瑜、妃候補殺害および翡翠妃暗殺未遂の罪で捕縛します」


 伯瑜は抵抗することなく、不自由な足を引きずりながら歩き出した。

 由羅もそれに付き添って入口まで行くと、泰然の促しに応じて伯瑜はその後ろに従った。


 そんな伯瑜はふと足を止め、由羅を振り返った。


「……儂の最大の誤算は、お前さんかもしれぬな」


 そうして再び歩き出した。

 その後ろ姿を見送っていると、由羅の隣に紫釉がそっと並び、去って行く伯瑜を見つめながら小さく言った。


「終わったね」

「はい」


 こうして事件は解決を迎えた。

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