17-1.明らかになる真実①
楽雲の極秘裁定が行われた翌日。
由羅は伯瑜のもとでお茶を楽しんでいた。
外に目をやれば、春の名残のように何輪かの桜の花が残っていたが、ほとんどの枝は柔らかな緑色の若芽に覆われている。
「もう春も終わりますね」
「そうさね。『柳巷還飛絮,春餘幾許時。』」
「『吏人休報事,公作送春詩。』」
伯瑜が詩をそらんじたので、由羅はそれに続く漢詩を言った。
これは春の名残を詠んだ有名な漢詩である。だが、由羅が続きをそらんじたのが意外だったのか、伯瑜は驚きながらも笑顔を向けた。
「おやおや、この漢詩を知っているのかい?」
「少しだけですが、昔勉強したことがあるので」
「さすが紫釉様の妃じゃ。博学ですな」
「いえいえ」
そう言ってから由羅は紅茶を一口飲んだ。
仄かな甘みが口に広がる。
「今日のお菓子も外国のものですか?
「そうじゃよ。外国では
由羅は珍しそうにいろいろな角度から苹果派を見た後、一口頬張った。
サクサクの触感と
由羅は一呼吸置くと、本題を切り出すことにした。
「そうだ、伯瑜様は外国の物にお詳しいですよね。キニーネってご存じですか?」
「あぁ、確かテフェビアの薬じゃの。キネの樹皮で作られていると聞いたことがあるの」
「さすがですね。私も以前飲んだことがあるのですが、すごく苦くてびっくりしてしまいました。それで気づいたんですけど、貴族の間で飲まれている紅玉薬っていう美容薬はキニーネだったんです。まさか紅玉薬がキニーネとは思いませんでした」
由羅は笑いながら伯瑜を見つめ、反応を見たが、伯瑜は口の端を持ち上げて笑ったままで大きな反応はなかった。
そこで、由羅は更にゆさぶることにした。
「そうそう、以前話した妃候補の怪死事件が解決したようですよ」
「そうなのかい!? ……犯人は誰だったんだい?」
「魯家当主、
「……確かにの」
「ただ、彼は気になることを証言したんです。『騙された』と。どうやら彼にこの
「ほう、それは誰か分かったのかい?」
「顔は見ていないとのことでしたが、その人物の特徴は聞きました。白髪の老人で歩き方がぎこちない男性だったそうです」
ここまで話しても顔色一つ変えない伯瑜を、由羅はまっすぐに見つめた。
「その話を聞いて、その特徴に合致する人を私は知っているかもしれません」
「まさか儂だと言いたいのか? ははは、由羅は冗談が好きなのじゃな」
伯瑜は笑って一蹴しようとしたが、由羅はそれには答えなかった。
本当は伯瑜を疑いたくはない。伯瑜と過ごす時間は心地よく、慣れない後宮生活の中でホッとするような癒しの時間だったからだ。
だが、由羅は樹璃と約束したのだ。翠蓮を殺した犯人を見つけると。
だからこそ真実を明らかにしなくてはならない。
「伯瑜様はキニーネの存在を知っていました。そして合食禁のことも、葡萄柚のこともご存じですよね」
由羅が初めて伯瑜とお茶をした際、葡萄柚の甘煮をご馳走になった。
そして葡萄柚について教えてもらった。
「そうだとしても、その2つが合食禁だとは今初めて知ったよ」
「いいえ、それはありえません」
その言葉に伯瑜は怪訝な顔をしたが、それを無視して由羅は書棚にあるテフェビア語の医学書を手に取った。
「だってこの本に書いてありますから。伯瑜様は以前この書棚の本は全て読んだと仰ってましたよね」
キニーネと葡萄柚の合食禁について書かれている
「ここに記されています。伯瑜様はキニーネと葡萄柚が合食禁だと知っていたんです」
「まさか……お前さん、テフェビア語が読めるのか?」
「はい。以前お話ししましたよね。私は養父の仕事の関係でテフェビアに行ったことがあると」
零れんばかりに目を見開いて驚く伯瑜に、由羅は淡々と告げた。
「だが、もし2つが合食禁だと知っていたとしても、楽雲が言っていたという老人が儂である証拠にはならない。たまたま儂に特徴が似ているにすぎぬ」
「楽雲はキニーネと葡萄柚をその老人から紹介されたジャタイという商人から買っていたと証言しました。そしてジャタイは伯瑜様から楽雲を紹介されたと言っています。ジャタイと伯瑜様の取引記録もありますし、ジャタイの事を知らないとは言わせません」
伯瑜は無言だった。
ただ辛そうに顔を歪めていた。
伯瑜を信じたい気持ちはあるが証拠は全て伯瑜が黒だと示している。
「はぁ、楽雲も使えない男だったの」
由羅もまた顔を歪めながら声を絞り出すように伯瑜に尋ねた。
「どうして……紫釉様を裏切るような真似をしたんですか?」
妃候補が次々に怪死したことで、紫釉が妃を迎えられず、後継ぎを作る事さえできない。
その間に紫釉がいなくなれば、我が子を皇位につかせられるというのが紅蘆の企みのはずだ。
伯瑜の行動は紅蘆の企みに加担するものであり、紫釉を裏切ったことになる。
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