15-2.刺客、襲来②


 互いに様子を伺いながら並行して走る。隙を見せればすぐに攻撃が来だろう。

 そして由羅もまた、仕掛ける機会を伺った。


 こういう場合、初手で仕掛けるのは暗殺者の基本である。そうしなければ防戦一方になることが目に見えているからだ。


 暗殺の場合にはいかに早く相手を仕留められるかにかかっているからだ。長引けば援軍が来てしまい、数的不利になる。


 だから、相手が先に仕掛けるであろうことは分かっていた。


 こちらは寝所から出たばかりで、持っている武器はこの剣一つ。たぶん相手は暗器を持っているが、由羅はこの剣だけで対抗する必要がある。


(さぁ、動きなさい!)


 そして由羅の読み通り、相手が動いた。数本の飛刀くないが飛んでくる。


 足に力を込めて急停止すると、目標を失った飛刀のいくつかが由羅の目の前の地面に突き刺さった。


 それでも刺客はすぐ目標を修正して再び飛刀を放つ。だが、由羅は冷静にそれを弾いた。

 金属音が闇夜に響く。


(この場合、死角に回り込むはず)


 これも定石だ。

 由羅は相手の攻撃を先読みすると、相手の攻撃よりも先んじて地面に刺さった飛刀を素早く取り、逆に投げつけた。


 ひゅっという音と共に飛刀くないは男にまっすぐに向かっていく。


 由羅の攻撃があまりにも滑らかで、そして速かったことに、男は驚いて息を呑んだ。しかし次の瞬間には、男の胸と首に飛刀が刺さり、男はその場に崩れ落ちた。


 耳を澄ませば、屋敷の方から聞こえていた剣戟の音も止んでいる。


(紫釉様はどうなったの?)


 由羅の脳裏に紫釉が血を流して倒れている姿が浮かんだ。


 そう考えると由羅の胸がざわついて、一刻も早く紫釉の元へ戻らなくてはという焦燥感にかられた。


 だが全速力で紫釉の元に戻った由羅が目にしたのは、全ての敵を倒した紫釉の姿だった。


 よく見ると、その傍らには由羅が最初に倒した刺客を、駆け付けた泰然が縛り上げていた。


「紫釉様、無事だったんですね」

「由羅!」


 紫釉が酷く心配そうに眉を下げて駆けて来た。

 そして由羅をぎゅっと抱きしめた。


 突然の法要に由羅は驚き、反射的に身を引こうとするが、強い力で抱きしめられて逃れられない。


「無事でよかった……」

「そんな、この程度なら大丈夫ですよ。一応黒の狼ですしね。それにそれは私の台詞です。お怪我はありませんか?」

「ああ、俺は大丈夫だよ」


 由羅は紫釉の背をぽんぽんと安心させるように軽く叩くと、ようやく紫釉が体を離してくれた。

 だが、由羅の腕に目を留めたかと思うと悲壮な声を上げた。


「って由羅! 怪我してるじゃないか!」

「? あぁ、気づきませんでした。このくらいかすり傷ですし、痛くないので平気です」


 戦っている時、刃物が掠ったようで、由羅の腕の着物が切れている。そしてその肌にはうっすらと血が滲んでいた。


 それを見た紫釉はその傷口に口づけると、ちゅうと吸い上げた。

 紫釉の唇の柔らかさを感じ、由羅の顔が瞬時に赤くなった。


「!? な、何するんですか!?」

「消毒だよ。綺麗な肌に傷がつくなんて。傷が残らないようにちゃんと止血しなくちゃ」


 そう言って再び傷口に唇を寄せようとする紫釉を由羅は体を押し返してなんとか阻止した。


「大丈夫です! 平気です! 気にしないでください!」

「遠慮しなくていいんだよ?」

「遠慮してません!」


 そんなやり取りをしていると、縛られていた刺客が悔しさを滲ませて吐き捨てるように言った。


「くそ……聞いてねーよ。なんだって妃がこんなに強いんだよ」


 苛立って歯痒みしている刺客を、紫釉は凍てついた氷より冷たい目で男を見下ろした。


「さぁ、吐いてもらおう。依頼主は誰だ」


 先ほどまでの紫釉とはまるで別人のように、由羅が今まで聞いたことの無いほどの底冷えする声で紫釉は言った。

 刺客が黙っていると、紫釉は男の首筋に剣を突きつけると、薄く傷つけた。

 なぞった後からつぅと微量の血が流れ落ちる。


「今ここでお前の首を刎ねても俺は構わない。あぁ、それよりも死んだ方がましだと思える拷問でもするか」


 紫釉の眼差しは冷たく、見るものを凍らせるほどの静かな殺気が込められている。

 さすがの刺客もその表情を見て、ごくりと唾を呑み込んだあと、吐き捨てるように言った。


「魯家のご当主様だ。魯楽雲とか言う男だよ」


 その言葉を聞いた紫釉は、嘲るように鼻で笑った。


「せっかくの好機チャンスだ、この機を利用することにしよう。泰然、今すぐに楽雲を捕縛してこい」

「どういうことだ?」


 泰然の疑問に、紫釉は淡々と答えた。


「現状、怪死事件については楽雲を公に捕縛することはできない。しかし、妃暗殺を企てた罪ならば、捕縛することができる。由羅の暗殺未遂について詮議しながら、怪死事件にも追及して、断罪することができるな」


「なるほど。そして、結果、楽雲に刑罰を科すことができる、と」


 紫釉は頷くと、誰を見るわけではなく睨みつけるような眼差しのまま吐き捨てるように言った。


「由羅を傷つけ、あまつさえ殺そうなどと、殺しても殺したりない。死にたいと思えるほどの罰を与えてやる」


 こうして、その日の深夜、魯楽雲は翡翠妃殺害未遂の罪で捕縛された。

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