15-1.刺客、襲来①
由羅は眠れずに、もう何度目かの寝返りを打った。
眠れない原因は明白である。
「結局、事件はどうなるのかしら」
夜になって、凌空が碧華宮に戻ってきたので、ようやく全員で事件について話すことができた。
梓琳の証言により、今回の妃候補怪死事件は魯楽雲の指示によるものだと分かった。
それに状況的に考えても、楽雲が主犯であることは間違いないだろう。
これで事件は解決、そう思った由羅の考えに反して、事はそう簡単に済む話ではなかった。
今回の怪死事件は被害者が全員病死扱いになっており、公での捜査は既に打ち切られている上、このまま楽雲を単純に捕らえても紅蘆派の妨害が入るのは目に見えている、というのが紫釉の考えだった。
それに対し凌空も泰然も同意を示した。
(もっと言い逃れできないように綿密な計画を練る必要がある、か……)
由羅は紫釉の言葉を思い出して反芻した。
犯人が分かっているのに逮捕できないもどかしさ。
だが由羅ができるのは、たぶんここまでだ。
これで事件は一旦解決を迎えることになり、あとは証拠固めをして楽雲を断罪するのは紫釉たちの仕事になる。
つまり、「怪死事件が解決するまでお飾り妃の役目を引き受ける」という紫釉との約束は果たされたことになる。
これで、由羅は晴れてお役御免となり、この碧華宮を出て宇航たちの元に戻れる。
嬉しいはずだ。なのだが……どうしてか心から喜べないでいる。
(どうして……? ここから出るために怪死事件を解決しようとしていたはずなのに)
目を閉じると何故か紫釉の顔が浮かんだ。
ここを出たらもう紫釉とは会えなくなる。そう思うと胸がぎゅっと締め付けられた。
その胸の痛みに由羅は驚いてしまう。だがなぜそうなるのかは、やはり分からない。
(なに今の? 変なの……)
たぶんずっと事件を追って疲労がたまっているのだろう。
早く寝たほうがいい。
そう思って目を閉じて、しばらくするとようやく眠りが訪れ、うとうとと意識がなくなっていくのを由羅は感じていた。このまま眠りに身を委ねようとした時だった。
その瞬間、人の気配がして一気に覚醒し、目を開けた。
窓の外に複数人の人の気配。それは普通の人間には感知できない気配であるが、由羅は曲がりなりにも黒の狼として訓練されている。
由羅は相手に気取られないように、枕の下に忍ばせていた短刀を握る。
そして刺客が窓枠に足を掛けたと同時に、それを素早く放った。
「うっ」
小さな呻き声と同時に、人が崩れ落ちる音がした。
それを聞くか聞かないか。由羅は勢いよく布団を剥ぐと、壁に掛けていた剣をするりと抜いて構えた。
「!!」
予想外の攻撃に一瞬だけ刺客が動揺を見せた。
「偶然だ! 女一人、抵抗などできるはずない。殺せ」
その声で刺客の一人が部屋へと侵入してきた。
黒い外套の下から双剣が見えた。男はそれを構える。刀剣が月明かりに照らされて鈍く光った。
「はああ!」
刺客は床を蹴って勢いよく由羅へと迫る。その攻撃を、由羅は正面から受け止めた。
男は怯むことなく攻撃を繰り返す。
双剣だけあって、息をつかせぬ攻撃で、由羅は防戦一方となった。
「はっ!」
由羅は身をかがめて攻撃を避けると、足払いをした。体勢を崩した刺客に今度は上段回し蹴りを食らわせた。
反動で男が倒れ込む。
陶器と家具が壊れる音が派手に室内に鳴り響いた。
「くそっ! なんだこいつは! ……全員でかかれ!」
(相手は4人……室内で戦うのは無理だわ)
由羅は隙を見せることなく剣を構えつつ、対応を考えていると、部屋の扉が乱暴に開いた。
「由羅! ……これは!」
紫釉は部屋の状況を瞬時に把握したらしい。
闖入者の登場に驚く刺客たちだったが、そのうち2人がすぐさま標的を紫釉に変えた。
だが紫釉はその攻撃を容易に受けた止める。
室内での戦いは不利だ。
このまま乱闘になれば、互いに互いの攻撃を邪魔する形になってしまう。
それに相手は複数人。いくら紫釉でもまともに戦って勝てるかは分からない。
(標的は私だわ。ならば!)
由羅は窓から身を躍らせ、外へ出た。
案の定、刺客の一人が由羅を追ってくる。
由羅は屋敷から離れると、くるりと急に方向転換し、追ってきた敵に向き直ると、そのまま地面を蹴って飛躍する。
そして加速をつけながら、その勢いのまま剣を振り下すと、相手もまた地面を蹴って真っ向から剣を受けた。
剣が交差し、火花が散る。
そのまま打ち合う事数度。剣戟の音が月下の元に響き渡った。
相手よりも早く剣を振るう由羅の攻撃に、男は次第に押されていく。
「たああああっ!」
由羅は大きく振りかぶり、一際強く剣を振り下ろす。
刺客はその剣を弾くと、そのまま飛躍して距離を取った。
そして再び体勢を整えて突っ込んできた。由羅はそれを右に薙ぎながら防ぎ、その反動で一回転しながら反撃する。
回転により加速度が付いた剣に、相手が剣もろとも吹き飛んだ。
地面へと叩きつけられた刺客は、そのまま二度三度と転がり、そのまま動かなくなった。
由羅は倒れた刺客を一瞥すると、小さく息をついた。
だが、安堵したのも束の間。すぐに殺気を感じてそちらを見ると、壁の上にもう一人の刺客がいるのが見えた。
その刺客は跳躍し、由羅の前に降り立つ。
由羅と刺客は示し合わせたように走り出した。
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