14-3.黒幕の正体


「梓琳様は葡萄柚を食べたことあります? この間調べたら、葡萄柚は美肌の成分が入っているらしいんです。紅玉薬も美肌の薬ですし、両方食べたらもっと美肌になりますよね」


「由羅の言う通りね。きっと2つ食べれば美肌の効果が倍増するかもしれないわ」


「あぁ、そうだ! よく考えれば私が懇意にしている商人に野菜と果物を専門に取り扱う商人がいたんだった! 声をかければ手に入るかもしれないです! ……ねぇ、その時は梓琳様も一緒に食べましょうよ」


 由羅の言葉に梓琳は息を呑んだ。

 茶器を握る手も小刻みに震えている。

 それに気づかないふりをして由羅は話を進めた。


「じゃあ明後日、3人で食べるのはどうですか?」

「私はいいわよ」

「梓琳様はご都合どうですか?」

「……明後日は都合が悪いの」


 視線をそらして梓琳が答えた。


「じゃあ、来週はどうですか?」

「来週も、用事が入っているわ」

「では、いつがいいですか? 梓琳様に合わせます」

「……えっと」


 俯いて言い淀む梓琳に対し、由羅は真っすぐに梓琳を見据えて口だけで薄く笑った。

 だが、目は嘘を見逃さないとばかりに鋭く梓琳を射抜く。


「梓琳様は、葡萄柚と紅玉薬を合わせて摂ることがお嫌なようですが、何かご存じなのですか?」

「それ……は……」

「この二つを飲むと、死んでしまうから?」


 由羅が言い逃れのできないように低い声で問いただすと、梓琳は驚愕の表情で由羅を見返した。


「なんで、それを……」


 その時だった。

 ガタンと椅子が倒れる音がしたかと思うと、気づけば樹璃が梓琳の胸倉を掴んでいた。

 そしてつんざくような叫び声をあげた。


「あなたが……お姉様を殺したのね!!」


 目は吊り上がり、瞳には強い恨みと憎しみの炎が燃え滾っている。

 今までの淑女らしく天女のような優しい雰囲気とはかけ離れた樹璃の姿に、梓琳も由羅も思わず息を呑んだ。


「よくも! あんなにあなたを慕っていたお姉様を殺したわね!! お姉様を返して!! 返してよっ!」


 余りにも苛烈な怒りをぶつけられ、梓琳は恐怖から動かずにいる。


「人殺し! 返せ! お姉様を返して!」

「し、知らなかったのよ! 私だって……まさか死ぬなんて思わなくて……」

「嘘よ!! あなたが持ってきたものでしょ? 知らなかったなんて信じられないわ!」

「本当よ! ……楽雲様に言われて。 わ、私はそれに従っただけで……」


 樹璃は梓琳の胸元を掴んで、狂ったように揺すりながら慟哭する。梓琳は蒼白な顔色で、力なく揺さぶられていた。


 そんな樹璃を由羅は押しとどめた。


「待ってください。樹璃様、落ち着いてください」

「由羅さん、この女を逮捕して! ねぇ人殺しは極刑よね。早く、この女を逮捕して死罪にして!」


 樹璃は泣きながら由羅に縋ると、必死に訴えた。

 その姿があまりにも痛々しくて、由羅は思わず樹璃を抱きしめると、樹璃はそのまま由羅の肩口に顔を埋めて号泣した。


 それを見ていた梓琳もまた混乱した様子で、首を振りながら由羅に訴えた。


「あれは偶然よ……私のせいではないわ!」

「でも、あの二つを渡した人たちが全員亡くなったことには、気づいてたんですよね」

「それは……」

「気づいてて、あの2つを翠蓮様たちに渡していたんですか?」


 由羅が鋭い声で尋ねると、梓琳はとうとうその場に崩れ落ちると、力なく項垂れた。

 そして弱弱しく話し始めた。


「最初は偶然だと思っていたの。でも次々に人が死んで……もしかしてって思った。でも、私怖くて……私のせいで皆さんが亡くなったって思いたくなかったの。だって……私が殺ことになるでしょう?そうしたら、私は極刑だわ。……怖くて……言えなかったの」


「では貴女が4人を殺害しようとしたわけではないのですね?」

「もちろんよ! 皆様とは仲良くしてもらって……お友達だったのよ。殺そうだなんて思わないわ! 信じて」


 その時、凛とした声が部屋に響き、一瞬にして場の空気を変えた。


「話は聞かせてもらいました。もう十分です」

「……凌空お兄様! あの女がお姉様を殺したのよ! 聞いていたでしょ? 早く、逮捕して……」


 樹璃の言葉に、梓琳は突然部屋に入って来たこの男が誰なのかを理解したようだ。

 目を見開き、身を固くした。


「凌空……宰相?」

「鄭 梓琳、もう一度確認します。葡萄柚を持っていくように指示したのは魯楽雲ですか?」


「は、はい……『葡萄柚プウタオヨウという珍しい果物が入ったから、持っていきなさいと』指示されました」


 梓琳は緊張しながら、なんとか声を絞り出すように証言した。

 それを聞いた由羅と凌空は頷きあった。


 葡萄柚と紅玉薬を持っていくように命じたのは魯楽雲で間違いない。


 そして、魯家が紅蘆派の人間と接触していることからも、妃候補殺害の動機がある。この2つの事実は、この怪死事件の犯人が魯楽雲であることを示している。


「死にたくない……死罪にしないでください……。私は知らなかったんです」


 梓琳は俯いて泣きながら繰り返しそう呟いていた。

 凌空はその傍らにしゃがんで言った。


「貴女の罪は死罪にはならないでしょう。ただ、相応の刑罰は覚悟してください」


 そう。梓琳は自分が持っていった葡萄柚と紅玉薬で人が死んでいることに気づきつつも、楽雲の命のまま、彼女たちに持って行った。


 魯家当主の命に背くことはできないのは分かるが、それでもしかるべきところに訴えることはできたかもしれない。

 やがて、凌空に呼ばれた泰然と刑部の武官がやってきて、梓琳を捕縛した。


 ここにきてようやく樹璃は落ち着きを取り戻したが、今度は気が抜けた幽鬼のようになって、まともに話せる状態ではなかった。


 由羅は樹璃に何か声を掛けたいと思ったが、どのような慰めの言葉をかければいいのか分からなかった。


『犯人が分かってよかったですね』『これで翠蓮様も浮かばれますね』


 そんな言葉が浮かんだが、そんな陳腐な言葉では樹璃の慰めにもならないだろう。


 凌空は樹璃にしばらく付き添うことになり、由羅は樹璃の様子が気になりつつも、泰然と共に皇城に戻ることとなった。

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